第7話 星母の会

 



「————候補ってヒヨリちゃんかよ」


 翌日、アンナに引っ張られて職員室へ向かった俺は、彼女が指さした人物を見て思わずつぶやいた。

 俺たちの視線の先では、童顔で小柄な眼鏡の女教師がアタフタと机の上で書類と格闘している。

 彼女の名は、立花日和。うちのクラスの担任教師だ。


「いやぁ、ヒヨリちゃんはちょっと顧問とか無理だろ」

「え? どうしてッスか?」

「だってヒヨリちゃん、すでに担任の業務でいっぱいいっぱいだし。教師一年目なのに担任をやらされてるんだぜ?」


 俺は教師の世界には詳しくないが、それでも普通の会社で言う新入社員である新任教師に担任をさせるのは、ちょっとブラック臭いと思っている。

 案の定、普通の授業ですらまごまごしているのに、それに加えて担任の仕事までプラスされてしまったヒヨリちゃんは、常にアタフタしているイメージだった。

 ところがそれを聞いたアンナはニヤリと笑い。


「つまり、あの先生は相当追い詰められてるってことッスね?」

「え、そ、そうだけど……」


 コイツ、一体なにを企んでる?

 頼むから、これ以上ヒヨリちゃんを追い詰めて辞めさせたりしないでくれよ……。

 可愛くて実は結構おっぱい大きいってことで男子生徒からは人気高いんだからな?

 そんな俺の思いとは裏腹に、アンナはずんずんとヒヨリちゃんの元へと真っすぐ進んでいってしまった。

 仕方なく俺も後を追う。


「お忙しいところ失礼します。立花先生ッスよね?」

「え? そ、そうだけど、あなた一年よね? と、北川くんも一緒か」

「あ、はい。俺のこと覚えてるんスね」


 まだ担任になって日が浅いのに、もう俺の様に特徴のない顔の生徒の名前まで覚えているのか。

 ヒヨリちゃんも頑張ってるんだなぁ……と感心していると。


「そりゃあクラスカーストの頂点と底辺は最優先で把握……ごほん、ごほん。も、もちろん担任なんだからクラスの子の名前は全部おぼえてるわよー」

「あ、はい」


 やっぱ、先生もクラスカーストには気を払ってるのね……。


「で、何の用かな?」


 誤魔化すように問いかけてくるヒヨリちゃんに、アンナが満面の笑みを浮かべて言った。


「ええ、先生にはぜひ我が冒険者部の顧問を」

「ハイ無理。絶対に無理」


 ヒヨリちゃんは食い気味に断った。


「あの……」

「無理だから、マジで無理。私すでに限界なの。日々の授業の準備だけでも大変なのに、担任まで任されて、毎日家でも仕事してるのよ? 残業代出ないのに!」


 そう言うヒヨリちゃんは完全に涙目だった。


「あああ、なんでこんなことに。教師になれば社会人になっても長い夏休みがあるって動機で教師になった罰なの? それとも、教頭の呑みの誘いを断ったせい? でも目がやらしくて貞操の危機を感じたんだもん! 他の女性の先生も教頭には気を付けてって言ってたし!」

「せ、先生落ち着いてくださいッス!」


 いきなりブツブツと呟きだしたヒヨリちゃんに、アンナは冷や汗を掻きながら肩を揺すった。


「……ハッ、ご、ごめんなさい。最近先生よく眠れなくて……。で、顧問だっけ? 絶対無理だから」

「うーん、しょうがないッスね。先生のためと思ってのことだったんスけど。それじゃあ失礼しました」


 思いのほかあっさりと引き下がったアンナがクルリと背を向けると、


「——ちょっとまって? 私のためってどういうこと?」


 怪訝そうな顔をしたヒヨリちゃんが呼び止めた。

 その瞬間、俺は見た。

 アンナが「かかった!」という感じの黒い笑みを浮かべたのを。


「いやあ、今は先生も新任だから部活の顧問とか大変だろうしできないわけじゃないッスか?」

「う、うん」

「でも来年は? 再来年はどうッスかね?」

「そ、それは……。でもそういうのはベテランの人からやっていくんじゃ」

「ハハッ!」


 眼を泳がせながら言うヒヨリちゃんに、アンナは妙に不安になる甲高い笑い声を漏らした。うーん……結構似てる。


「言っておきますが、自分から希望している教師以外、部活の顧問なんて罰ゲームみたいなもんッスよ。まさにサービス残業ッスからね」

「だ、だから私も断ったんじゃない」

「想像してみてくださいッス。ベテランも嫌ときたら、どんな立場の人にその役割が回ってくると思うッスか?」

「ま、まさか……」

「そう、逆らうことができない弱い人物ッスよ。あなたが新任で担任を任されたようにね!」

「ひぃぃ!」


 頭を抱えてか細い悲鳴を上げるヒヨリちゃんに、アンナが耳元で囁きかける。


「知ってるッスか? ちょうど、女子バレー部の顧問をやってたおばあちゃん先生が、来年定年退職するらしいッスね。あーぁ、バレー部の先生なんて大変だろうなぁ。女子バレー部なんだから当然顧問は女性ッスよね? あれ? 候補は、お局の山本先生と……?」

「えっと、えっと……わ、私!?」


 職員室を見渡して、候補者を探したらしいヒヨリちゃんは世界が終わったような顔をした。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、アンナはイヤらしい手つきで肩を撫でまわしながら、ねっとりと言う。


「立花先生ぇ、今日の晩は空いてるかね? 担任のこととか大変だろう。いろいろと相談に乗るよ。あ、嫌? ふーん、それならいいんだ。私も暇じゃないからね。あー、来年のバレー部の顧問のことを考えないとなー。忙しいなぁ〜」

「ちょ、ちょっと待ってください教頭!」

「ん? なにかね?」

「……えへへ、ご一緒させてください」

「ふ、安心したまえ、悪いようにはせんよ」


 ……なにをやってるんだ、コイツラは。

 俺は突然怪しい寸劇を始めた二人を呆れた目で見た。

 教頭をなんだと思ってるんだ。いくらなんでも悪者にしすぎ。たしかにホネガラのようにやせ細ってて悪党面で、ハゲてて、すれ違う女性のお尻とかよく目で追いかけてるけど……。


「先生、もしこんな未来を避けられる方法があるとしたら?」

「!? 教えて、十七夜月さん!」

「簡単なことですよ。簡単な部活の顧問になってしまえばいいんスよ。顧問の話をされても、すでに顧問をやってて忙しいのでと言えばいいんッス。さすがに顧問を掛け持ちでやれとは言わないはずッスからね」


 なるほど、そういうことか。アンナの奴やるなぁ。


「さあ、どうするッスか? バレー部の顧問をするか、教頭の女になるか……冒険者部の顧問になるか」


 いつの間にか、ヒヨリちゃんのバレー部顧問が確定のことみたいになってやがる。

 が、それはヒヨリちゃんにとって十分リアルな未来だったようで、彼女は相当に追い詰められた顔をしていた。

 そんな彼女の背中を押すように、アンナが囁く。


「ちなみに、ウチの高校は冒険者の副業はOKッスよ」

「ッ! ……ります」

「ん?」

「顧問に、なります!」


 そうやけくそ気味に叫ぶヒヨリちゃんに、アンナは「計算通り!」と黒い笑みを浮かべたのだった。





「おっそろしい奴だな〜、お前は」


 放課後のファミレスで、冒険者部のメンバーで集まりながら。

 俺はテーブルの向かいに座るアンナへとそう言った。


「え? 何がッスか?」

「いや、何がって、あのヒヨリちゃんの追い込み方だよ。完全にヤクザの手口じゃねぇか」

「そんな……人聞きの悪い。ウチはただ、哀れな新任教師に救いの手を差し伸べただけッスよ」

「救いねぇ……? 実際のところ、ヒヨリちゃんに言ったことはどれくらい本当なんだよ」

「ああ、あれは大体本当ッスよ。あのまま行けば、来年にはヒヨリちゃんがバレー部の顧問にされていたと思うッス。経験で言えば山本先生のはずなんスけど、山本先生はヒステリー持ちで依怙贔屓する癖があると評判ッスから、県大会でも良いところまで行くバレー部の顧問には向いてないッス。それならまだ新任でも生徒にストレスを与えないヒヨリちゃんに顧問の話が行くはずッスから」

「なるほど、教頭がヒヨリちゃんを狙ってるってのは?」

「それは、日ごろの視線からの推測ッス」

「偏見じゃねぇか……」


 俺が呆れたように言うと、織部さんから反論が入った。


「……あの教頭は我も、というか女子はみんな嫌いだぞ」

「すれ違うと露骨にお尻や胸に視線を感じるッスからね」

「そ、そうなのか……」


 教頭は意外と嫌われていたらしい。男子にはちょっとキツイだけの普通の教師なんだが……。

 学校の教頭職は、下手なブラック企業よりもブラックらしいので、少しだけ哀れだ。

 あと、女子ってやっぱりそう言う視線には敏感なのね……。


「そんなことより、部活の話をするッスよ、部活の話を」


 アンナがパンパンと手を叩きながら言った。


「えー、我が冒険者部は、本気でプロを目指す生徒たちが集まって切磋琢磨し、友誼を深めつつ、相互支援を行うことで全体の質を高める、というのが目的の部ッス」


 なんだか堅苦しい言葉を使っているが、まあ言わんとすることはわかる。

 俺たちがうんうんと頷いていると、アンナはカッと目を見開き、拳を握りしめた。


「が、それは表向きの目的! 我が冒険者部の真の目的は、来る人類滅亡に向けて生き抜けるだけの勢力作りッス!」

「おお!?」


 織部さんがパッと目を輝かせる。

 冒険者部のどこか厨二臭い真の目的が、彼女の琴線に触れたらしい。

 しかし、アンナの連れてきた娘だからとっくに知ってるものと思っていたんだが、初耳だったのね……。


 それからアンナは、織部さんへと、先日俺にしたような話を滔々としていった。

 アンゴルモアの影響により、迷宮数は年々増加傾向にあること。それに対し、人類はいまだ迷宮を消去させる方法すら見つけていないこと。このままではいずれ、迷宮が世界中を埋め尽くし、アンゴルモアの発生を食い止められなくなること。世界の富裕層は、人類滅亡の時にむけて備え始めていること。


「まあ、今は全部を信じてくれとは言わないッス。ただこれだけは断言できるッス。これから十年、二十年、カードや魔道具の需要は増加し続けるッス。そして、腕の良いマスターの需要も。冒険者ブームは一時のものじゃあない。冒険者部で必死になって努力することは決して無駄にはならない、ということを約束するッス」


 アンナは、最後にそう締めくくった。

 すべてを聞き終えた織部さんが、意味深な笑みを浮かべる。


「くくく、人類滅亡に備えて力を蓄える秘密結社か。なんとも胸躍る設定ではないか。いいだろう、この我がこの冒険者部を世界征服へと導いてやろうではないか……」

「はいそこ、設定とか言わない! あと世界征服とか一言も言ってないから!」


 と、そこで俺たちの注文していた料理が続々と届き始めた。

 六人掛けのテーブルに、所せましと料理が並んでいく。


「お、来ましたね。えー、ゴホンッ。……何はともあれ、これで三名の部員と顧問が見つかりました。同好会届けも提出しましたし……後は生徒会の承認を待つだけ。一足早いッスけど、ここに冒険者部の発足を宣言するッス! 冒険者部の未来を祈って、乾杯!」

『乾杯!』


 アンナの突然の思い付きにより行われたお祝いパーティーであったが、思いのほか話が盛り上がり楽しいものとなった。

 冒険者としての活動の話から、自分のカード自慢、今一番欲しいカードについての話題。そこから徐々に話は個人的なものに移っていき、最後には好きな漫画やアニメについてダラダラと語り合っていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 そろそろ出ないと家についた時本気で遅くなる……とファミレスを出た後も、話し足りないとばかりに俺たちの口は止まらなかった。


「そういえば知ってます? 先輩のカードたちなんですけど」

「ウチのカードがどうかしたか?」

「次の夏コミで結構同人誌が出るみたいッスよ……」

「ぶほっ、ごほっ、ごほっ……!」


 思わずむせ返る。


「なんだそれ!?」

「モンコロなんかで人気の出たカードはオタクどもの餌食になりやすいッスからね〜」

「うむ……女の子カードの悲しい宿命というやつか」

「特に蓮華ちゃんとイライザさんが人気みたいッスよ。……あとユウキちゃんも少々」

「ユウキも!?」


業が深すぎる……!


「つか肖像権とか名誉侵害はどこ行った!?」

「カードは非実在青少年なので……」

「え? カードって著作権上そういう存在なん? 実在してんだろ」

「うーん、そこらへんはまだ法整備とか色々と未発達ッスからね〜。欧米なんかじゃちょっとずつカードの人権についても議論されつつあるみたいッスけど」


 そんな話をしていたその時。


「……ん?」


 なにやら、駅前が騒がしい……。どうやら、立川駅前の広場に結構な数の人だかりができているようであった。


「んー? 選挙演説ッスかね?」

「いや違うっぽいぞ……。星母の会——ダンジョンカルトだ」


 俺が眉を顰めながらそう言った瞬間。


『皆さんごきげんよう。人々を愛し愛されるカルト宗教、星母の会でございます』


 その声の主は、妖精のように可憐な少女だった。アルビノ特有の白い髪に、白い肌、薄い赤の瞳。身に纏うシスター服も純白で、人形のような顔だちと相まって幻想的な雰囲気ですらあった。


『突然ですがクイズです。皆さんは1999年7月7日が何の日かご存知でしょうか?』


 マイク越しでも尚、透き通るような声で問いかけてくる少女に対し、戸惑いがちにポツリポツリと答えが返ってくる。


『七夕? 残念! 1999年であることが重要ですよ〜。ノストラダムスの大予言? 惜しい! かなり良いところ突いてますよ。え? なになに? そう! そこの貴方、大正解! 1999年7月7日は、何を隠そう私の誕生日でございま〜す!』


 少女の語り口は、妖精のような外見に反し、どこか道化師染みたものだった。大げさな身振り手振りに、おどけたような表情と、軽快なトーク。

 ダンジョンカルトの聖女様ということもあってどこか警戒を纏っていた空気もいつの間にか緩み、軽いショーを見るような感覚となっていた。


『とまぁ、詰まらない冗談はここまでにしておくとして、本当の正解を言うとしましょう。1999年7月7日は、皆さんもご存知の通り、迷宮がこの世に初めて現れた日です。そして————』


 一拍の間。少女が群衆たちの顔を一人一人見渡す。赤い瞳と、眼があった。

 ドキリ、と心臓が跳ねる。


『——この世界から大きな“不幸”が消えた日でもある』


 一気に空気が引き締まるのを感じた。集団の気配が急速に遠ざかり、まるで世界に彼女と自分しかいないような奇妙な感覚……。

 その錯覚を覚えたのは俺だけではなかったのだろう。

 気づけば、織部やアンナを含めその場にいたすべての人々が、物音一つ立てずに少女の話に聞き入っていた。


『あなた方はご存知ですか? 迷宮が出現してからの二十年、一度も死者の出る災害が起こっていないことを。あれほど争いの絶えなかったこの世界から、戦争がなくなったことを。貧困にあえいでいた発展途上国が、徐々に豊かになりつつあることを。事故や病気で亡くなる方々の数が、激減していることを……』


 確かに、この二十年……大きな戦争や災害は一度も起こっていない。世界各国の関心は、他国の土地や資源よりも自国の迷宮へと向けられている。

 迷宮からいくらでも発掘される魔石は、肥料として使えば砂漠を徐々に緑地化させるほどの力を持ち、燃料としても原子力発電所以上のエネルギー効率を持つ。

 ポーションやそれを利用した医薬品の開発により、治療不可能と言われた難病は一つまた一つと姿を消していき、即死でない限り不慮の事故による死者はほぼ出なくなった。

 今、世界は歴史上最も平和な時代と言えるだろう。


『そう、もうおわかりですね? これらはすべて迷宮によるものなのです。迷宮とは、この世のさまざまな悲劇を吸収し、魔道具と言った恩恵として還元してくれる神の御慈悲なのです』


 微笑みながら言う少女の言葉に、いくつもの反論が浮かんでは消えていく。

 アンゴルモアによる被害は一体どう説明するつもりなのか。増え続ける迷宮の先に待つ末路は?

 しかし、そのどれもが言葉には出なかった。

 ……結局、俺も迷宮の恩恵を受けているものの一人だからだ。

 迷宮が危険なものだと思っていても、それがもたらす恩恵を無視することはできない。

 俺は、蓮華たちと出会わせてくれた迷宮に、感謝していた。

 そんな俺の内心を覗いたかのように、俺と目があった少女がニコリと笑う。


『皆さん、迷宮へ感謝の祈りを捧げましょう。迷宮こそが、私たちの待ち望んだ救世主……そのものなのですから』


 と、その時少し離れたところから怒号と悲鳴が聞こえてきた。

 半ば少女に飲まれかけていた俺は、ハッと我に返るとアンナたちと顔を見合わせた。


「なにが感謝の祈りだ! ふざけんじゃねぇ!」

「落ち着いてください! ちょ、暴力はやめてください!」

「カルト団体は引っ込めー!」

「聖女様を逃がせ!」


 不穏な気配に、不安げな顔をしたアンナが俺の袖を引っ張ってきた。


「先輩、マズイッスよ、ダンジョンヘイトです」

「あ、ああ……逃げるか」

「う、うむ」


 慌ててその場を離れる。

 ……マイナーな宗教団体だった星母の会が一般に知れ渡るようになったのは、数年前に起こったダンジョンヘイトたちとの大規模な衝突がきっかけだった。

 迷宮至上主義を掲げる星母の会の主張は、アンゴルモアなどで身近な人たちを失った遺族たちにとって受け入れられるものではなく、ある日一部の過激なダンジョンヘイトたちが星母の会へと殴り込みをかけたのだ。

 そこで、数人の死者が出たことから小さな宗教団体であった星母の会は一躍全国区の知名度となった。

 とは言っても、その段階では危険なカルト教団という風には見られていなかった。

 死者が、星母の会の入信者であった母親とその小さい娘であったことから、むしろ被害者と見られていたからだ。

 だが、その後一部の信者が逮捕を逃れたダンジョンヘイトの襲撃者グループを拉致し、迷宮にて殺害したことで、星母の会は一気にカルト教団扱いされた。

 殺害の際に、迷宮に生贄を捧げるような儀式めいたことをやっていたことが発覚したためだ。

 これ以降、星母の会は迷宮至上主義を掲げる危険な宗教団体……ダンジョンカルトの代名詞のような存在となった。

 一般人にとっては、ダンジョンヘイトもダンジョンカルトも関わり合いたくない存在としては同じようなものだった。

 実際、星母の会の言ってることは無茶苦茶だ。

 ありもしない危険や悲劇を語って危機感を煽るのは、カルト教団の典型的な手法である。

 皆さんの祈りで第三次世界大戦を回避しましょう、みたいな。

 本当は大災害が地球を襲うはずだったんだけど、迷宮のおかげで回避できたよ! なんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 そんなことを考えつつ、何となく後ろ髪を引かれ振り返ってみると。


「ッ!」


 赤い瞳と、眼が合った。

 すぐそばまで鬼気迫った表情のダンジョンヘイトたちに迫られながらも、彼女は落ち着いた様子でこちらをまっすぐに見つめている。

 それに異様な迫力を感じた俺は、ダンジョンヘイトからではなく少女から逃げるようにその場を離れたのだった。




【Tips】ダンジョンカルト

 この世界では死者が出るような大きな災害は、迷宮発生以降一度も発生していない。

 小さな紛争はあれど戦争らしい戦争も世界から消えた。

 また、この世で最もクリーンなエネルギー源とも称される魔石から生成された燃料は、一切の大気汚染等の環境破壊を引き起こさずに、原子力以上のエネルギーを生み出す。魔石から作られた肥料は地球上から徐々に砂漠を消し去りつつあり、近い将来に砂漠は観光用のものだけを残し姿を消すだろう。

 ポーションやそれを利用した医薬品の開発により治療不可能と言われた難病は一つまた一つと解消され、即死でない限り不慮の事故による死者もほぼ出なくなった。

 これらすべては迷宮のおかげであり、神の御慈悲である……というのが星母の会の主張である。

 確かに迷宮の出現によって多くの『不幸』が消えたが、同時にアンゴルモアという新たな脅威が生まれたことを忘れてはならない。


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