第6話 高校デビューは諸刃の剣



 部活を作る。

 言葉にすると簡単そうに見えるが、実際やるとなるとそう簡単なことじゃなかった。

 まず、部員を集める必要がある。我が校の校則によれば、創部にあたって必要なメンバーは五名。ただの数合わせではなく、一年は継続して所属し続ける部員が必要となる。

 次に、顧問を見つけてこなくてはいけない。これが、一番の難関だ。

 教師にとって部活の顧問というのは一文の得もない罰ゲームみたいなもんだ。なんせ、残業代が出ない上に責任だけは増すというのだから。ベテラン教師はみんな避けたがるし、意欲がある人達や押しに弱い先生は既に顧問を引き受けているし、新任教師は仕事に慣れるのにいっぱいいっぱいで顧問なんてやる余裕がない。

 最後に、これらの要件を満たした上で生徒会に提出して認可を貰う必要がある。生徒会はさらに学校側に認可を貰う必要があるらしいのだが、顧問が見つかっている段階でこれはまず通る。

 というわけで、俺たちがやることはまず部員探しと顧問探しなのだが……。


「————全然見つからねぇ」


 昼休み、屋上にて。

 俺は東西コンビと昼飯を食いながら頭を抱えていた。

 目の前に置かれた創部届には、『部長・十七夜月杏菜』『副部長・北川歌麿』の二名だけしか名前が載っていない。

 アンナとの再会から二日。俺たちは未だ一人のメンバーも見つけられずにいた。


「マジ? ウチのクラスでも結構話題になって、かなりの人数が集まったって聞いたけど」


 俺の言葉を聞いた東野が、意外そうに言った。


「数だけは集まったけどさ、部長様が全部撥ねちまったんだよ」


 東野の言うとおり、部員募集の紙を張りだしたところそれなりの人数が集まった。

 純粋に冒険者に憧れている者、アンナにお近づきになりたい者、俺のように冒険者となって成り上がりたい者、中には校内に存在する少数の冒険者も来た。

 が、アンナはそのすべてを簡単な面接で落としてしまった。

 曰く、「プロになれるほどの情熱も才覚も感じなかった」とのこと。

 確かに、冒険者部の真の目的である「世界滅亡を生き抜けるだけの勢力作り」を考えると、生半可なものたちを入れないというのはわかるが……。


「プロになれるような奴だけって、プロになれる確率がどれだけだと思ってんだ……」


 日本に存在する全冒険者十五万人のうち、プロと呼ばれる者たちはわずか百数十人程度。0.1%以下だ。

 それを、この七百人足らずの高校から五人も探すとか……。すでに二人いる時点で相当な奇跡である。

 俺の嘆きに、西田が苦笑する。


「そりゃあ、集まらんわな。人数足りないようなら俺らが数合わせだけしてやろうかと思ってたけど……その条件じゃ無理そうだな」

「なんなら、お前らもマジで冒険者になるってのはどうだ?」


 もし、マジでこいつ等が冒険者を目指すというなら、売却予定だったDランクカードを融通してやっても良い。

 そんな気持ちでした提案だったが……。


「いやあ、俺らには無理だわ。一見華やかそうだけど、実は相当重労働みたいだし」

「なにより、命の危険がな……。マロに憧れて冒険者になったって奴の中にも、一回迷宮に行っただけで心が折れた奴もいたみたいだぜ?」

「む、そうか……」


 苦笑気味にそう言う二人に、俺は引き下がらざるを得なかった。

 いくらDランクカードがあればFランク迷宮では高確率で安全といえど、それと迷宮内における恐怖は全く別の問題だ。

 お化け屋敷は安全だが、それでも怖い……そう言うことなのだろう。

 冒険者の光当たる部分にだけ惹かれて冒険者になった者が、実際のモンスターを眼にして心が折れる、というのはよく聞く話だった。

 と、そこで東野が思い出したように問いかけてきた。


「つかさ、なんで部長がお前じゃなくて後輩の女の子なんだ?」

「あ、そうそう、それ気になってた。なんで一年が部長なんだ? 普通上の学年がやるもんじゃね?」

「あ〜……」


 二人の質問に、俺は苦笑しながら答えた。


「アイツ曰く、こういう特別な部活は美少女が部長やるものでしょ! だそうだ」


 完全にオタクの発想である。さすがの東西コンビもこれには苦笑していた。

 しかし、これじゃあマジで人が集まらないぞ。どうにか新入部員の合格ラインを妥協させね〜と……。

 俺がそう思っていると、アンナからラインが届いた。それを見た俺は、思わず「おっ?」と驚きの声を漏らした。


「どうした?」


 西田の問いかけに、俺はラインの文面を見せ、言った。


「部員、一人見つかったってさ」




 放課後になると、俺はアンナとの待ち合わせ場所へと向かった。

 場所は、以前アンナと話をしたデニムズである。

 アンナはこのファミレスが気に入ったのか、待ち合わせ場所には決まってこのデニムズを指定するようになっていた。

 店に入るとすでにそこには特徴的な赤毛がテーブルで待っていた。

 出迎えてくれた店員さんに、連れが待っていることを告げてテーブルへと向かうと、アンナの隣に見知らぬ少女が座っていることに気づいた。

 黒髪をショートカットにした、アンナと同じくらいの少女だ。遠目にもわかるくらい、制服を改造している。フリルやらいくつものベルトやら……ゴスロリパンクとでも言えばいいのか、凄く厨二的な服を着ている。いくらウチの高校が制服のアレンジ可とは言え、ここまで弄っているのはちょっと凄かった。

 彼女が、三人目の部員なのだろうか、と思いながら席へ着く。


「遅くなってスマン」

「いや、ウチらも今来たばっかなんで!」

「そっか。で……そちらが?」


 俺は彼女の隣に腰掛けていたゴスロリパンク風の少女へと目を向けた。

 中々整った顔立ちの、人形のような少女だ。可愛いというより、ちょっと冷たい感じのする美人系。後ろから見た時は気付かなかったが、どうやら髪の内側だけ青に染めているようだった。インナーカラーという奴だ。

 少女は、俺の視線に意味深に笑う。


「ふ、我の名が気になるか? いいだろう、教えてやる。我が名は——ゴフッ!」

「ゴフ?」


 奇妙な名前に首を傾げていると、ゴフさんがアンナを睨んだ。

 ……どうやら、アンナがわき腹を肘で突いたようだ。


「な、何をする!」

「いや、また暴走してるみたいだったんで。というか痛い目見たからもうそれ止めたんじゃなかったんスか?」

「う……」


 アンナがそう呆れたように言うと、ゴフさんは言葉に詰まったように俯いた。


「どういうことなんだ?」

「いや、この娘同じ中学だったんスけど、こんなキャラじゃなかったんスよ。むしろ地味目な感じで。それが高校に進んだらこんなんなっちゃって……」


 なるほど、と俺は頷いた。


「高校デビューってやつか……」

「…………………………」


 俺の言葉に、ゴフさんは耳まで赤くなった。

 高校デビュー。それは自分に自信のないものが高校生になったことをきっかけに自分を変えるべく髪を染めたりファッションを一新したりする一種の儀式である。

 中には成功してリア充グループに入ることができるものもいるが、中学までの冴えない自分を捨てようとするあまり、斜め上の方向へと突っ走ってしまう者も多い。

 このゴフさんも、盛大に斜め上へと突っ走ってしまった者の一人なのだろう。

 しかも彼女の場合はさらに厨二病も併発しているようであった。

 カードの整った容姿と振る舞いに憧れて厨二病を発症してしまう者は、俺たちぐらいの年齢層に結構多い。


「なんか、どうも地味な自分を変えたくて暴走しちゃったみたいで。おかげでクラスでも浮いちゃってるみたいなんスよ。それをどうにかしてあげようと思って今日ここに連れてきた感じッス」

「なるほど……ってことはこの娘も冒険者部に入れるのか?」

「はい、こう見えてこの娘も二ツ星の冒険者なんで」

「二ツ星!?」


 意外なランクの高さに俺はマジマジと彼女を見つめた。

 ってか中学で二ツ星冒険者なら高校デビューとか必要ねぇだろ。

 うーん、スクールカーストで成り上がるのが目的じゃなくて、本当に自分を変えたかっただけだとか?


「それで、ゴフさんは——」

「ご、ゴフじゃない! それはむせただけだから!」


 俺のセリフに被せるようにゴフ——もとい少女が小さく叫んだ。


「あ、ああ。そりゃスマン。えっと、本当はなんて言うんだ?」

「わ、我が名は、クリスティーナ・シュバルツ——」

「はい、嘘。あなたは織部(おりべ)小夜(さよ)ッスよね?」

「ちょ!」


 クリスティーナ改め、織部さんがアンナの口を塞ごうとする。


「別にそんな変な名前とは思わないが……」

「……だって、さよって古臭いし、苗字も戦国武将みたいだし……」


 どうやら本人にしかわからないコンプレックスがあるようだった。


「古臭いというか、雅な感じがするけどなぁ」

「み、雅……」


 俺の呟きに、織部さんは照れ臭そうに髪を弄り始めた。

 そんな織部さんを見たアンナがジト目をこちらに向けてくる。


「先輩、いきなりナンパッスか?」

「ちげぇよ」


 マジでそういうつもりの発言じゃあない。

 なぜなら……織部さんの胸元は非常にささやかであったからだ。


「ま、なんにせよ、これでようやく三人か。あと二人だな」

「それなんスけど、部員集めは一時休憩して顧問の確保を優先したいと思ってるんスよ」

「それはいいけど。なんでだ?」


 俺の問いに、アンナがメモ帳を開きながら答える。


「どうやら、調べてみたら三名以上の部員と顧問で同好会の申請自体は出来るみたいなんスよね。部と違うのは部室と部費がないくらいで。で、部室も部費もすぐにはいらないんで、とりあえず同好会から行こうかな、と。ある程度同好会の活動をしていれば部の昇格もスムーズらしいんで」

「お前がそれでいいならそれでいいけど……」


 と織部さんの方を見ながら言うと、彼女は無言でコクリと頷いた。

 しかしまずは同好会か。それは良いとして……。


「でも顧問を見つけるのは部員以上に大変だぞ」


 俺がそう言うと、アンナはニヤリと笑った。


「大丈夫ッス。そこはもう候補を見つけてあるんで」



【Tips】チーム制度

 冒険者ギルドは安全のため集団での迷宮攻略を推奨しており、チームで活動する冒険者に対し様々な優遇を行っている。一般公開されていない迷宮の一部開放や、魔道具のカード化や一部魔道具の割引、“クエスト”の斡旋など恩恵は多々に及ぶが、その最たるものがチームのランクに応じた入場制限の緩和である。

 これによりアマチュア冒険者であってもプロクラスの迷宮に入ることが可能となるが、悪質なチームの中には所属冒険者に上納金やカードなどを要求するところも存在する。

 それでもチームへの所属を望む冒険者が多いのは、プロクラスの迷宮は個人での攻略が非常に困難であるからである。

 三ツ星冒険者から四ツ星冒険者への昇格には大きな壁があるが、Dランク迷宮とCランク迷宮の間にはそれ以上の差があると言われている……。




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