第5話 話は聞いた! 人類は滅亡する!
「で、一体どういうつもりなんだよ」
放課後。俺はアンナと学校近くのファミレスへと来ていた。
あの後、教室を好奇と混乱の渦に叩き込んだアンナは、担任が来るとあっさりと去っていった。放課後に迎えにくると残して。
大変だったのは、俺だ。クラス中から、あのハーフっぽい美少女とはどういう関係なのかと問い詰められた。
誰かが、アンナがダンジョンマートの社長の娘だということに気づくと、勢いはさらに熱を増した。もはや熱狂の域だ。
クラスの男子たちからは嫉妬で人を殺せそうな眼で見られるし、散々だった。
そうして約束通り迎えに来たアンナをとっ捕まえると、俺は逃げるようにこのファミレスへとやってきたのだった。
「おい、聞いてんのか? そっちのせいで俺は大変だったんだぞ」
「へ? や、すいません、聞いてるッス」
なぜか興味深そうにキョロキョロと店内を見渡していたアンナは、我に返ったように頭を下げた。
どうしたんだ、コイツ。まさかファミレスが初めてってわけでもないだろうに……いや、もしかして。
「まさか、こういうところ来るの初めてとか?」
「いや〜、お恥ずかしながら。両親が過保護なもので」
恥ずかしそうに頭を掻くアンナ。
マジかよ……、ファミレス入ったことないとか。そういう家庭、本当に存在するんだな……。
俺はこの少女が本物の上流家庭であることを思い出し、戦慄した。
「え、じゃあ普段どういうところで食ってんだよ」
「まず外食自体が少ないッスね。基本は家で松本さん……あ、シェフが作ってくれるものを食べてます」
「シェ、シェフと来たか」
そりゃ、外食したりせんわな。
「年に数回程度外で食べる時は、せっかくなので半年くらい前から予約が必要なところで食べるッス」
「ほ、ほほう……」
あらやだ、この娘本当にお嬢様じゃない。
「ま、まあそんなことはどうでもいいじゃないッスか。本題に入りましょう」
「お、おお。そうだな。お前、あれはどういうつもりなんだよ」
いきなり冒険者部を作りましょうとか。ラノベの導入部かと思ったぞ。しかも、雑な奴。
「言葉通りの意味っすよ。ウチと先輩で冒険者部を作りませんか、って意味ッス」
「いや、だからそれが意味わからん」
「いやぁ〜、やっぱ高校生になったからには、こう、青春っぽいことしてみたいじゃないッスか? 新しい部活を作るとか、なんかよくないッスか?」
照れ臭そうにそういうアンナに俺は微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ……。
「ハイ、解散」
「ああっ、ちょっと待ってくださいッス!」
席を立つ俺をアンナが慌てて押しとどめる。
「ホラ、料理も来ましたし! ねっ?」
「しょうがねぇなぁ〜」
ちょうどその時料理が来たこともあって、俺はしぶしぶ腰を下ろした。
テーブルに、料理が並べられていく。俺が頼んだのは、「とろーり卵のオムライス」とサイドメニューのスモークサーモンサラダだ。
なんだかんだ言って、デニムズで一番おいしいのはオムライスだと思うんだよな。家で作るオムライスとも、ちゃんとした洋食屋で出されるオムライスとも違う、デニムズでしか食えない不思議なオムライスだ。
一方アンナは期間限定のハンバーグを頼んだようだった。
「いただきます。……おお! ウチが知ってるハンバーグと違う味がするッス」
褒めてるんだか貶してるんだかよくわからない感想を漏らすアンナに、俺は食べながら問いかけていく。
「で、マジでそれだけが理由なの?」
「まあそれも動機の一つですけど、マジな理由もちゃんとあるッス。一応聞いておきますけど、先輩は将来プロになるつもりはあるんスよね?」
「当たり前だ」
即答する。三ツ星まで来るような奴は、そのすべてがプロ志願者と言って過言ではない。
俺の答えを聞いてアンナは満足そうに微笑んだ。
「さすがッス。それでこそウチが見込んだ男。じゃあ、そんな先輩は当然プロになるための条件を知ってるッスよね?」
「ああ、もちろん」
三ツ星までの昇格とは違い、プロである四ツ星からは昇格の難易度が大きく上がる。
八枚以上のCランクカードの所持。百種以上のDランク迷宮踏破実績。各種法律に関する筆記試験に、プロ冒険者との実戦形式の対戦等のいくつかの実技試験……。
どれも一朝一夕にとはいかないものばかりだ。
一番時間が掛かるのは、百種以上のDランク迷宮踏破実績だろうか。Dランク迷宮の深さは二十一〜三十階。ハーメルンの笛を持つ俺ですら容易ではない深さとなる。しかも、昇格に必要なのは、別々の迷宮と来ている。東京都に存在するDランク迷宮の数は四十程度。どうしても他県への遠征が必要となってくる数字だ。
心理的なハードルが一番大きいのは、やはり筆記試験だ。これは、難易度自体は実技と比べたら簡単と聞くが、筆記試験と聞くだけで拒否反応が出るのは俺だけではないだろう。
いずれも時間が掛かるものばかりとあって、俺はじっくり取り組んでいくつもりだった。なんせ、一番簡単と思われる八枚以上のCランクカード所持すら満たしていないのだから。
「じゃあ、これはご存知っすか? 迷宮踏破実績は、チームでの合計でも良いってことは」
「えっ、いや、知らなかった」
「まあ、これはギルド側からは広報されてない情報ッスからね。一応、この方法には制限もありますし」
アンナ曰く。
冒険者ギルドには、チーム制度と言うものがあり、個人の評価とは別にチームごとの評価が行われているらしい。
たとえ本人の評価が三ツ星であっても、四ツ星クラスのチームに参加していればチームでの活動に限り四ツ星冒険者として扱われる。また、チームで活動中の実績は個人としての実績に加算されていく。
つまり、チームで百種のDランク迷宮を踏破しても、個人で百種のDランク迷宮を踏破しても昇格には関係ないということだ。
個人と複数、どちらが簡単かなど考えるまでもないことだ。なんせ、事前に報告さえしていればバラバラの迷宮に潜っても実績としてカウントされるのだから。
「でもそれじゃあ百人のチームを作って一人一ヵ所ずつ踏破すればノルマ達成ってことにならねぇか?」
「その方法でもチームとしては問題ないッスけど、チームから抜けたら三ツ星に戻っちゃうんで究極的には意味ないッスね」
「他の奴が稼いだ実績は、個人には加算されないってことか。じゃあ、なんでチームなんて組むんだ?」
「そりゃあもちろん、本来の自分のランクより上のランクの迷宮に潜るためッス。Dランク迷宮をいくら潜ったって、Cランクカードなんてドロップしないッスからね。Cランクカードのドロップ率知ってます? 0.1%ッスよ? Dランク迷宮の主狙いじゃあ一生かかっても自力じゃあ無理ッス」
「そ、そうだな……」
「……?」
すでにDランク迷宮から三枚もCランクカードを手に入れている俺は、曖昧に言葉を濁すしかなかった。
「……となると、Cランクカードを手に入れるには買うしかないわけッスけど、それも金銭的負担がデカすぎる。できれば自力で手に入れたいところッスよね? となると……」
「Cランク迷宮に潜るしかない、と。そこでチームが関係してくるんだな」
「その通りッス。ちなみに、試験とかも誰かがクリアしてればOKらしいんで、そこも人気の理由ッスね」
「ほう!」
試験嫌いの俺としては助かる制度だ。
そんな俺を見て、アンナがニヤリと笑う。
「ちなみに、ウチは既に筆記試験をパスしてるんで、あとはカードと実績、実技だけッスね」
「マジかよ!」
コイツやるなぁ、と俺は素直に驚いた。
「つまり、ウチとチームを組めば、四ツ星まではあとは迷宮を潜っていけばいいってことッス」
「なるほど……いや、待て待て。なんでお前とチーム組む話になってんだよ。別にすでに四ツ星のチームに入ればいいだけじゃね?」
俺の言葉に、アンナは軽く鼻で笑った。
「それができるならやればいいんじゃないッスかね?」
「なんか感じ悪いな。そう言うってことは難しいってことか?」
「まあ男の場合は特に。ウチみたいな美少女だったら入れてくれるでしょうけど、そういうのはごめんッスね」
「……なるほど」
そういう感じか。
「というわけで、基本的にチームは入るものじゃなくて作るものなんスよ。下手なところに入ると逆に辛いッスよ〜。中には上納金みたいのを要求されることもあるらしいッスから」
「マジか」
なんか排他的なんだな……。
というか。
「まあチームのことはわかったよ。それと冒険者部のなにが関係あるんだよ」
部活にする必要なんてねぇだろ。俺とアンナでチームを組めば良いだけだ。
「まあただのチームを作るだけならそうッスね」
とアンナは頷き、そこで表情を引き締めた。
「……先輩は迷宮終末論って知ってますか?」
「迷宮終末論……」
それは、一種の人類滅亡説だった。
迷宮がこの世界に現れてからというもの、その数は世界中で増加の一途を辿っている。
日本だけで言っても、当初百個前後だった迷宮は、この二十年間で七千個という驚異的な数字となっていた。
その最大の要因は、アンゴルモアだ。迷宮の数は、第一次アンゴルモアで一気に千個に、第二次アンゴルモアでは五千個に増加している。このことから、アンゴルモアは迷宮の繁殖行為であるという説が有力だった。
迷宮の総数の増加は、時間経過による自然発生の量にも影響を与えた。
第二次アンゴルモア以降、それまで一年で十個程度だった迷宮の増殖速度は劇的に加速し、この十年で二千個も増加している。
およそ一年に二百個。これは、ある日突然自分の学校や勤務先が迷宮化しても不思議ではない数字だった。
その一方で、人類は迷宮を消滅させる方法もまだ見つけていない……。
もし、もう一度アンゴルモアが起きれば、迷宮の数は一気に数万個増加すると言われている。それに伴い自然発生の量も今の数倍になるとも……。
このままでは、地球上を迷宮が埋め尽くしてしまうのでは?
人力でのアンゴルモア対策もいつかは追いつかなくなり、世界中の迷宮からモンスターたちが溢れ出してきてしまうのではないか。
その時こそ、人類滅亡の時である。
……というのが迷宮終末論だった。
「お前、あれを信じてんのか……」
「おや、先輩は信じてないんスか?」
「信じてないというか……」
確かに、増え続ける迷宮とそれを消す方法が見つかってないことには、若干の危機感を覚える。
だが、一年や二年で迷宮が地球上を埋め尽くすというわけでもなし、それまでには頭の良い人たちが迷宮を消す方法を見つけ出すだろうとなんとなく思っていた。
迷宮からは役に立つモノが色々発見されているし、そんなに悪い結末は迎えないんじゃないだろうか。
それが、俺を含めた一般の人々の考えだった。
「先輩、それはマスコミにだいぶ思考誘導されてるッスよ……」
ところが、俺の考えを聞いたアンナは呆れたような哀れなものをみるような眼で俺を見てきた。
「な、なんだよ」
「いいッスか? 先輩が思ってる以上に世界は迷宮に関して危機感を募らせてるんスよ。はっきり言って世界の富裕層は、迷宮による文明崩壊は防げないものと見なしてるッス。なぜ、CランクカードやBランクカードが値崩れしないどころか値上がる一方なのかわかるッスか?」
「え……プロを目指す奴が多くなって供給に対して需要が大きくなってきたから、じゃねぇの?」
「それはニュースの報道ッス。需要は確かに増加してるッスけど、供給はもっと増えてるッスよ。冒険者が世界的に増えてんスから。答えは、国や富裕層がガンガン買い取ってるからッス。市場に出回ってるのは、供給に対するごく一部なんすよ。一部の魔道具も同様ッス」
「マジか……」
これが、そこら辺の一般人が言っていたなら俺は鼻で笑っていただろう。
だが、長者番付にも載る大金持ちの一人娘が言っているとなると、言いようのない説得力があった。
「先輩はその気になれば中学生でも冒険者になれることを不思議に思ったことはないッスか? 命の危険があるのに……普通だったら絶対許可しないッスよ、こんな制度」
「確かに……」
未成年が危険な迷宮に潜ることをよく社会が許可したな、と思ったことはあった。健康に害があるという理由で、未だに酒やたばこが二十歳からとなっているにもかかわらず、だ。
「つまり、それだけ政府も焦っているということッス。少しでも冒険者を増やしてアンゴルモア対策をし、またその一方で迷宮消滅の方法を探る……。これが今の世界各国の方針ッス。ニュースでは報道されないッスけどね。マジで切羽詰まってきたらそのうち徴兵染みたことまで始めるんじゃないッスか?」
「……………………」
「一応、火星のテラフォーミングも進められていますけど、迷宮が溢れ出すのとどっちが先か……。仮に間に合ったとしても、移住できるのは限られてるでしょうね。大多数はモンスターであふれかえる地球に取り残されるでしょう。ゴキブリが進化して住めなくなるなんてイレギュラーが発生する可能性だってある。その時に必要なのはなにかわかりますよね?」
いつの間にか、ッスという語尾が消えているアンナ。それだけマジで話しているということなのだろう。
俺は唾を飲み込みながら答えた。
「バグズ手術……」
「じょうじ……ってなんでですか! いや、さりげなくネタを振ったのは自分っスけど、これ一応真面目な話なんで! ちなみに自分はアドルフが一番好きッス」
ちなみに俺もアドルフが一番好き。
リテイクを要求された俺は、今度は真面目に答えることにした。
「……身を守る力か?」
「その通りッス。そして力とはカードだけじゃなく、信頼できる仲間のことでもある……」
「それを、部活動という名目で誘うって?」
「聞いたことがないッスか? 学生時代の仲間は一生の付き合いになるって。利益でつながっただけの仲間じゃあ弱い。絆でつながれた仲間が欲しいんスよ。プロ以上を目指すものたちだけを集めて、卒業後もチームを組んで活動する。後輩を組み込んでいくことで、新しい戦力も補充していく。先のことまで考えると、部活って形が一番良いんスよね」
「むぅ〜ん……」
言ってることはわかる。わかるのだが、どうにも理屈をこねているようにも見えた。
「で、本音は?」
「え、いや、今のが本音……」
「まあそれはそうなんだろうけど、それだけなら他にやりようがあるよな? 部活でやりたいってのは、お前のこだわりだろ?」
「う」
俺の指摘は図星をついていたようで、アンナは目に見えて怯んだ。
無言で見つめてやると、やがて観念したようにもじもじと語り出した。
「……とか、……っぽいから」
「え? なんて?」
「ッ!」
聞き取れず聞き返すと、アンナが耳まで赤くして小さく吠えた。
「新しい部活を作るとか、リア充っぽいからって言ったの!」
「お、おお……」
キーンと鳴る耳を抑えながら俺は頷いた。
「だ、だってラノベとかじゃ、いろいろ存在しない部活を作って、楽しそうにしてるじゃないッスか。だから、高校入ったらウチもそういうの作ってみたいってずっと思ってて……」
「…………………………」
心底恥ずかしそうに言う彼女に、俺は静かに瞑目した。
俺が高校に入る前のことを思い出す。
そう言えば、俺も高校に入るまでは漫画やラノベのような刺激的で楽しい日々が待っているかもと思っていた。
だが実際にはフィクションの世界のようなぶっ飛んだ部活などなく、ありきたりでつまらない部活しかなかった。強い権力を持った生徒会や美人の保健医なども存在しない。
入学して、サブカルに出てくるような部活やキャラクターなど存在しないと知った時、俺は「こんなもんだよな」と納得する一方で確かに失望していたのも事実だった。
ラノベや漫画みたいな部活をマジで作る、か……。
「……うん、面白そうだ」
「え?」
俺の呟きに、俯いていたアンナが顔を上げる。
「冒険者部、作るか」
「マジっすか!?」
「ああ」
美少女の後輩と部活作り、なんかめっちゃリア充っぽくていいじゃん!
大体、迷宮やモンスターが実在する世界で、ラノベみたいな部活がないのが可笑しいんだよ。
実現可能度で言えばそっちの方が低いだろ!
大学になら冒険者サークルがあるんだから、高校にあったって全く不自然じゃないはずだ。
実際に学校に認可されるかはわからないが……。
「俺たちはこれから冒険者部だ!」
「おほぉぉぉ! せ、先輩、超カッコイイッス!」
テンションマックスのアンナがバンバンとテーブルを叩く。
「せ、先輩、実はウチ、冒険者部の名前考えてあるんスよ! そのままじゃあんまり可愛くないんで!」
「なに? 冒険者部でもいいと思うが、まあ言ってみ」
俺がそう適当に頷くと、アンナはドヤ顔で言った。
「世界滅亡に向けて、お友達と一緒に、備える会。略してSOS——」
「黙れ」
【Tips】迷宮終末論
消滅させる方法も不明で年々増加する迷宮に対し、いずれアンゴルモア対策も追い付かなくなり世界中でモンスターが溢れかえってしまうのではないか……? という人類滅亡説。
迷宮終末論がくだらない陰謀説と違うのは、それが現実として起こりうる可能性が極めて高いことである。
政府が学生にまで命の危険がある冒険者を許可しているのは、少しでも時間稼ぎをしたいからでもある。
各国はマスコミをコントロールし民衆に不安を与えないようにしているが、一方で権力者や富裕層は来る文明崩壊に向けて着々と準備を進めている。
火星のテラフォーミングもそのうちの一つ。じょうじ。
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