第4話 さよなら東西コンビ

 



「ふわぁぁあ〜〜〜」


 朝、通学路を歩きながら俺は迫りくる眠気と戦っていた。

 春の麗らかな陽気は、ポカポカと俺の身体を暖め睡眠に最適な体温へと誘ってくる。

 このまま学校を休んでどこかで惰眠を貪りたい、そんな欲求が湧いてくるほどだ。

 こんな時に頭に過るのが、学校行く意味ってあんのか? という問いである。

 学校とは、勉学を学ぶところである。現実的な話をするなら、学歴をつけて就職先を探すためのところである。

 大学に進学するにしても、高校を出てすぐ働くにしても、どっちみち高校は出る必要がある。

 だが、俺は将来を決めている。冒険者だ。冒険者に、学歴は必要ない。それは、高校生でありながらすでに一千万以上の金を稼いでいることからもわかるだろう。

 つまり、収入と言う面で言うなら俺は高校を卒業する必要などないのだ。むしろ今すぐにでも専業になった方が稼げるくらいである。

 そう考えると、眠気を我慢して学校に向かうのが余計億劫になるのだ。

 まあ、そんなこと言ってちゃんと行くんだけどね、学校。

 中卒プロ冒険者とか、絶対デビューした時にネットで笑われるし、親も絶対に許さないだろう。

 学校は学業を学ぶためだけの場所ではない、というのもある。

 それになにより……。

 俺は前方に見知った人影を発見して、軽く駆け出した。

 背後から明るく声を掛ける。


「おはよ、牛倉さん」

「あ、おはよ〜、マロくん」


 彼女はくるりと振り返ると、ほんわかした笑みを浮かべてくれた。俺も、満面の笑みを浮かべる。

 ……それになにより、学校には牛倉さんがいるもんな。それだけで行く価値があるってもんだ。


 冬が終わり。春休みを過ぎて二年生に進級した俺は、クラス替えにより再びモブへと戻ってしまった。

 ……なんてこともなく。

 俺は自然とカーストトップグループの仲間入りをした。

 やはり、TVにも出るレベルの冒険者という肩書は大きかったということなのだろう。

 しかも同じクラスには牛倉さん、四之宮さんもおり、俺はこれに運命的なものを感じずにはいられなかった。

 去年は、年の終わりの方にグループ入りしたということもあって、微妙に居心地の悪い想いをすることもあった俺だが、これからは違う。

 今度は、新学年の初めから牛倉さんと同じグループだ。

 あとから同じグループになるのと、最初から同じグループなのでは大分雰囲気が違う。

 しかも、周りが知らない顔ばかりという中で、元同じグループだった俺たちは去年以上に自然に話すようになった。

 ……残念ながら東西コンビとは別のクラスとなってしまったが、それを除けば俺は新クラスで良いスタートを切っていた。

 このまま、牛倉さんと徐々に距離を縮めてやるぜ……!

 俺は密かに決意を固めていた。


「今日、なんかあったっけ?」

「体力テストがあるって昨日先生が言ってたよ」

「あ〜、そうだそうだ」


 牛倉さんと何気ない会話をしながら歩く。

 こうして登校中に彼女に気軽に挨拶できる仲になるとは、一年前の俺がどう想像できただろうか。

 これまでは、俺は彼女を遠目にみることしかできなかった。冒険者にならなければ、今も、一年後だってそのままだっただろう。

 そう考えると、俺は着実にリア充への道を突き進んでいると言えるのではないだろうか。

 ……彼女が出来る気配は、まだ微塵もないが。



 雑談しながら牛倉さんと一緒に教室に入ると、クラスにはすでに大多数が揃っていた。

 ……人間関係がある程度リセットされる新学年のこの時期は、朝のHR前のちょっとした時間すら重要な物となる。ここを疎かにする奴らはなかなかに窮屈な思いをすることになるだろう。

 これはクラスカーストとか関係なく、これからの一年を楽しく過ごせるかと言う将来を占うものだからだ。

 例えばそこの机に伏せって寝ている奴……余裕ぶっこいてるとボッチな一年を過ごすことになるぞ。

 俺は一度も話したことのないクラスメイトに内心で警告を送りつつ、教室を見渡した。

 クラス替えから一週間。クラスの中には、すでにいくつかのグループが出来上がっているようだった。


 やたら声がデカイのは、運動部系のグループだろう。

 練習中やたらと声出しを要求される彼らは、可哀そうに地声がかなり大きくなっているのですぐわかる。

 このグループは基本的に男女に分かれているのだが、結構頻繁に男女間のやり取りがあったりするのが特徴の一つだ。

 そのため、実はカーストトップグループよりもリア充に近いのでは? という疑いを俺は持っていた。

 基本的に窓際を占拠しているグループでもある。


 次に、大人しめの男子、女子のグループ。文化系の部活や帰宅部の草食系が大体を占めるグループだ。

 ルックスは時々上の下くらいのが混じる程度で基本的には普通の顔だちが多い。

 このグループは、なぜか男女間であまり混じり合おうとしないのが特徴だ。とは言え、仲が悪いというわけではなく、むしろ異性には興味あり有りなのが透けて見える。

 運動部系に苦手意識を持っているのか、彼らとは対極の壁際を占拠している。


 教室の隅っこの方にいるのが、オタクグループだ。男しかいない悲しい集団である。

 女のオタクもクラスに存在するのだろうが、オタクグループではなく大人しめグループに普通に混じっている。男のオタクだけが、排除されるように徒党を組まされているのだ。

 教室の隅っこにいるのも、自分の席を他の奴らに奪われてそこにいくしかないからである。

 残念ながらカーストでは下に属する集団となる。休み時間などは俺もここに混じることもあった。他の連中からは見下されているが、みんな気の良い奴らである。


 この他にも、教室に点在するように誰ともツルんでいないものたちが存在するのだが、今回は説明を割愛させてもらう。集団の中にあって一人で居ることを選んだ、孤高の戦士たちだ。


 最後に、教室の中心で男女入り混じって談笑しているのが、カーストトップ勢とその取り巻きの一軍半たちだ。

 カーストトップ勢は、顔が際立って良かったりオンリーワンの一芸を持った者たちである。俺も一応この中に含まれている。

 現在のメンバーは、読者モデルの四之宮さんに、その幼馴染で親友の牛倉さん、現役冒険者の俺に、イケメンでテニス部エースの神道、それとお笑い担当の小野だ。

 そう、小野の奴もまた同じクラスなのである。なぜ東西コンビが別のクラスでコイツが同じクラスなのかと……。まあ今は、コイツのことはどうでもいい。


 一軍半たちは、ファッションや流行に敏感な者たちが多いグループだ。一方でトップに入れるほど顔が良かったりセンスが良かったりするわけでもないグループでもある。

 一軍半のグループは少し複雑な面があり、カーストトップ勢の取り巻き的なグループと、カーストトップ勢に成り代わろうという2つのグループが存在する。

 前者は主に四之宮さんや神道の友人たちで、後者は読者モデルの一条かおりとチョイ悪系イケメンの獅子堂率いる男女混合グループだ。


 ……これらのことからわかるように、一条さんたちのグループは、ポテンシャルだけはカーストトップ勢になることが出来るグループでもある。というか、実際一年の頃はカーストトップ勢だったようだ。

 ところが、新しいクラスには二人の上位互換と言える四之宮さんと神道が同じクラスに存在してしまった。

 結果、彼女たちは一軍半……というかナンバー2グループとなってしまったのである。


 当然、彼女たちはカーストトップ勢を敵視している。特に一条は四之宮さんを、獅子堂は神道を。

 一方、四之宮さんも神道もそれを全く気にしていない。四之宮さんは相手を完全な格下と見なし、天然なところがある神道は敵意にすら気づいていなかった。


 ……今日もクラスカーストは複雑怪奇なり。


 一年の頃はカーストトップになりたくて堪らなかった俺だが、実際所属してみると「コレジャナイ感」が日増しに高まっていく。

 正直、今の俺はもうクラスカースト自体には強いこだわりはない。見下されたくはないが、何が何でもこの地位をキープしたいという思いはなかった。今の俺の目標は、クラスカースト上位ではなくリア充になることと、冒険者として少しでも前に進むことだからだ。

 とは言え、興味が無いからとクラスでの人間関係を疎かにすることはできない。

 妬み嫉み……転落の火種はいくらでもそこらに燻っている。今の地位に胡坐をかいてふんぞり返っていれば、その先に待つのは都落ちだ。

 それは、いざとなればいつでも一人で生きていくことが可能な俺ですら例外ではない。

 これは、勉強なのだ。

 いずれこの学生と言う集団から旅立った時に、別の集団に移った際に排斥されぬようにするための術を学ぶ場所……それが学校であり、スクールカーストなのである。

 軽く教室を見渡してクラス内のパワーバランスに変わりがないことを確認した俺は、牛倉さんと二人教室の中心へと向かう。


「おう、師匠! おはようさん!」


 真っ先にそう挨拶してきたのは、怪しい関西弁の男、小野だった。

 一年の頃から勝手に師匠師匠と呼ばれ続けた結果、すっかりコイツの師匠役というのが既成事実化してしまった。

 もはや当人である俺がいくら否定しようと覆らないほどだ。


「おはよう。師匠じゃないけどな」


 でも一応はちゃんと否定しておく。たとえ手遅れでも俺がちゃんと否定しないと認めたことになってしまう。

 そんな俺の悪あがきに小野はニヤニヤ笑いながら言う。


「またまたぁ、そんなこと言って僕の二ツ星昇格にもしっかり協力してくれましたやん」

「う……」


 痛いところを突かれたと、俺は言葉を詰まらせた。

 そうなのだ、なんだかんだ言って俺はこの似非関西弁野郎に少しばかり手を貸してしまっているのである。

 要らないD・Eランクカードを相場よりかは割安で売ってやったり、Eランク迷宮に役立つ装備を教えてやったり……。

 その甲斐あってか、コイツもこの春休みに無事二ツ星となっていたのだった。


「冒険者にはあんまり詳しくないんだけどさ、やっぱ二ツ星になるって難しいのか?」


 そう問いかけてきたのは、二年に上がってから同じグループになった神道 光一だった。

 高身長かつ甘いマスクの爽やか系のイケメンで、なおかつ性格も良くテニス部のエースという完璧超人だ。

 まさに人々の思い描くリア充の見本のような奴である。


「そりゃあもう! 金を払えばなれる一ツ星と、試験を受けなきゃなれない二ツ星とじゃあ全然格が違うわ」


 神道の言葉にここぞとばかりに食いついたのは小野だった。二ツ星になるのがいかに大変だったか、滔々と語り始める。


「まず二ツ星からは迷宮に罠が出現するねん。これがえげつないもんばかりでなぁ、カードのバリアとボディーアーマーが無ければ何度死んでたかと……。師匠も確か胸にボウガンの矢が突き刺さったことがある〜とか言うてなかったか?」

「ん? ああ……」


 俺が頷くと、周囲のクラスメイト達から「おお!」とか「やべぇ〜」というざわめきが漏れる。


「迷宮の深さも一ツ星の頃とは段違いや。

 日帰りで攻略することも不可能じゃあなかったFランク迷宮とは違って、Eランクでは泊まり掛けでの攻略が基本になるさかい冒険者の身体に掛かる負担も大きいんや。僕の潜ったEランク迷宮も、踏破すんのに三日かかったわ。

 しかも一発やなく、三度目のチャレンジでようやくクリアって感じやったわ。春休みじゃあなければ正直無理やったな」

「うへぇ〜、そんなに時間かかるのかよ」

「しかもキャンプとかじゃなくてモンスターの出る迷宮の中ででしょ? アタシじゃ絶対無理だわ〜」


 クラスメイト達の反応に気をよくした小野はさらに続ける。


「それだけやないで。モンスターのレベルもぐんとあがるのがEランク迷宮や。道中までのモンスターは、まあDランクカード一枚でも事足りる。

 でもボスは同じDランクカード、しかもボス補正持ちや。一対一じゃあ勝ち目がない。つまり、最低二枚、できれば四枚のDランクカードが必要ってことや。

 僕はなんとか三枚のDランクカードを用意してクリアした感じやな。あと一枚でも少なかったら多分一枚はロストしてたと思う」

「ロストって……Dランクカードって一枚数百万だろ? きっつ〜」

「そういやぁ、二ツ星の合格率は50%とかってTVで言ってたの聞いたことあるわ。しかもその半分がそのまま二ツ星になるのを諦めちまうんだってよ」

「やっぱ冒険者って旨味もあるけどリスクも高いな〜」


 その後も如何に二ツ星昇格試験が過酷だったかを、実感を込めて語る小野。

 すると、徐々にクラスメイト達の小野を見る眼が変わっていくのがわかった。

 これまで、クラス替えをしたばかりで小野のことをよく知らないクラスメイト達にとって、小野はどうしてカーストトップにいるのかよくわからない奴という感じであった。

 ぶっちゃけ四之宮さんや俺たちとのコネでグループ入りしているお調子者のデブ……それがクラスメイト達の小野に対する評価で、虎視眈々と奴の座を狙う空気がクラスにはあった。

 小野もそれを察していたし、またクラス替えによってこうなることを予想していた。

 故に小野は、春休みに俺に土下座してまで二ツ星になったのだ。

 あの時は……マジで度肝を抜かれた。

 これまでの人生で他人に本気の土下座をされたのなんて、あれが初めてだったからな。そのインパクトたるや……もはや一種の脅迫ですらあった。

 しかしそれだけに小野の真剣さが伝わってきて、俺もコイツに協力してやろうと思ったのだ。

 そして見事に二ツ星試験に合格して見せた。

 俺の知る限り、誰よりもクラスカーストと言うものに真剣なのは、間違いなくこの小野だった。


「……マロっちも面倒見がいいよねぇ。あんな奴ほっとけばいいのにさ」


 クラスメイト達に囲まれる小野を見ていると、四之宮さんがそう囁きかけてきた。


「まあ俺にも色々メリットがあったからさ」


 俺が小野に売ったカードは、定価の二割引きという値段だった。

 奴はギルドで買うよりも安く、俺はギルドに売るよりも何倍も高く売ることができるというWIN-WINの取引だったのだ。

 さらには、小野とは今後ギルドではなく俺から優先的にカードを買うという契約を結んでいる。

 おまけにその取引も現金ではなく迷宮で手に入れた魔石払いとなっていた。

 現金でのやり取りとなるとどうしても税金の問題が絡んでくるが、魔石ならば足がつかない。

 冒険者の税金は収穫物を現金化した際に初めて生じるからだ。

 そして俺がその魔石を売却する際は、同時にカードを購入してしまえばその分税金の控除を受けられる。

 これが冒険者の間で知られているちょっとした節税テクニックであった。

 とその時、不意に小野と目が合った。奴はニヤリと笑うと。


「いや〜、やっぱ冒険者の星は一つ違うだけで別世界やで。一ツ星から二ツ星になるだけでリスクもリターンも大違いになったからなぁ。二ツ星になるだけでこれなんやから、三ツ星はどんだけすごい世界なんやろうなぁ」


 小野の誘導により、クラスメイト達の俺に対する視線が「よくわからないがTVにも出てる凄い奴」かられっきとした敬意へと変わっていくのを感じた。

 これも奴なりの恩返しの一つなのだろう。これでおそらく一年は、俺はカーストを意識せずとも今の地位をキープできるはずだ。クラスカーストなどの煩わしいことに気を取られることもなく、俺が冒険者に専念できるように、という小野からのメッセージだ。

 まあ、その裏には自分の後ろ盾を強化するという思惑もあるのだろうが。

 まったくコイツは……。

 俺が小野の抜け目のなさに苦笑していると、ガラリッと力強く教室の扉が開いた。

 もう担任が来たのかと、クラス中の視線が集まる中——しかしそこに立っていたのは教師ではなく、鮮やかな赤毛をした美少女だった。

 小柄で細身ながら起伏のある身体つきに、日本人離れした肌の白さと宝石のような碧眼。その整った容貌とあいまって、まさに人々の憧れるハーフの美少女と言った感じであった。

 ……って、あれ。あの顔、どこかで見たような。

 赤毛の少女は、クラスをキョロキョロと見渡していたが、俺と目が合うとパッと顔を輝かせた。


「先輩! お久しぶりッス! いやぁ、探しましたよ」


 真っすぐにこちらに向かってくる彼女に、俺は動揺を隠せない。

 な、なんでコイツがここに……。


「ウチのこと覚えてます? 十七夜月 杏菜っスけど」

「あ、ああ……久しぶり」


 実際に会ったのは大会以来だが、気まぐれのようにたまにラインが来ていたのでその存在は覚えていた。

 だが……。


「な、なんでここにいるんだ?」

「ふふん、この制服を見てわかんないッスか?」


 そう言ってクルリと一回転するアンナ。ドヤ顔を浮かべて俺を見る。


「もしかして、うちに入学してきたのか? え? なんで?」

「それはもちろん先輩がいるからに決まってるじゃないッスか!」

『おお!?』


 アンナの言葉にクラスがざわめいた。皆の眼が輝いている。

 突然ハーフの美少女が上級生の教室に乗り込んできたと思ったら「あなたに会うために入学してきました」と来た。インパクトは十分だ。

 俺は衝撃を通り越して眩暈までしてきた。

 いや、ちょっと、まって、気持ちの整理が……。え? もしかして、そういうこと?

 俺の思春期な心が暴走しかけたその時、アンナが満面の笑みを浮かべていった。


「先輩、ウチと冒険者部を作りましょう!」





【Tips】魔石払い

 冒険者間でカードの売買を行う際に使われる節税テクニック。冒険者のカードの購入は経費として計上されるが、経費として認められるのはギルドなどの公認カードショップや公式のネットオークションで購入した物だけであり、個人間で売り買いしたものは経費として認められない。結果、相場よりも安く手に入れたとしても結局税金の関係で高くついてしまうことがある。

 これを回避するため編み出されたのが、現金ではなく魔石で取引をする魔石払いである。

 これにより税金の発生を防ぐことができるが、一方でカードの持ち逃げや偽魔石の混入など様々なトラブルが発生する可能性が高くなる。

 あくまで信用できる知人相手の取引に使うのが望ましい。

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