第3話 シンクロリンク

 



 月明りだけが照らす夜の森の中。俺は、虫の鳴き声に混じる無数の獣の息遣いと、微かに漂う血の臭いを感じとっていた。

 最下層へと転移した俺たちを出迎えてくれたのは、無数の獣たちによる肌をピリつかせるほど濃厚な殺意だった。

 冒険者を始めた頃の俺だったら、それだけで怖気づいていたであろう威圧感に、俺は微かに笑みを浮かべる。

 最近、このピリついた空気を感じると『本来の場所』に戻ってきた……という感覚すら覚えるようになっていた。

 俺も徐々に冒険者が板についてきたということなのだろうか、と思いつつ俺は転移してしまったことで切れてしまったリンクを繋ぎ直していった。

 見えないラインで意識がつながり、感覚が拡張していく。

 眼を開けると、自分の手も見えないほどの暗闇の森は、多少薄暗い程度の視界へと変わっていた。

 ヴァンパイアであるイライザの視界をリンクで共有したのだ。

 そうしているうちに、他のカードたちの視界も追加されていく。メアが仲間たちにビジョン……暗視の魔法を掛けていっているのだ。

 一分もしないうちに、俺たちは無数の視界を束ねた一つの生物となっていた。


「よし、行くぞ」


 階段付近の安全領域を一歩出た瞬間、『待て』を解かれた犬のように獣たちが襲い掛かってきた。

 夜の闇に溶け込むような漆黒の巨大な犬……Dランクモンスターのライラプスだ。狙った獲物は逃がさないという逸話を持つ女神アルテミスの猟犬である。

 猟犬ということから、実際に見るまでグレイハウンドのようなシュッとした体形をイメージしていた俺だったが、実物は馬並みの体格を持つマスティフのようにムキムキの身体つきをしていた。

 つまり、可愛らしさの欠片もない化け物ということだ。

 ライラプスたちが一斉に飛びかかってくる。


「キャハハ、鬼さんこちら♬」


 野生の本能でこちらの最も弱い部位である俺を狙ってきたライラプスたちが、突如その方向を一斉に変える。

 向かう先は、嘲笑うように手を打ち鳴らす赤毛の美女……鈴鹿だ。目隠し鬼のスキルで敵のヘイトを一身に集めたのだ。

 四体もの魔犬たちが、肉付きの良い肢体へ食いつかんと、殺到する。


「キャハハ……!」


 歪な笑みを浮かべ目を爛々と輝かせた鈴鹿が、ライラプスたちを迎え撃つ。素早い身のこなしで敵の攻撃をかわしつつ、その細腕からは想像もできぬ怪力でライラプスたちを叩き伏せ、あるいは吹き飛ばしていく。

 確かな見切りの技術と、鬼の怪力、それらを万全に活かす武の技の賜物だ。

 叩き伏せられ隙だらけとなったライラプスたちは、一匹また一匹とウチのカードたちが止めを刺していく。

 ユウキが一噛みで首を噛み千切り、イライザが抜き手で心臓を抉り出す。蓮華とメアは上空を飛び、周囲の警戒と戦場の俯瞰を行っていた。


(マスター、おかわりみたいだよ!)


 この場にいた五体目のライラプスを始末したところで、メアからそう思念が伝わってきた。見れば、六体ほどの増援がここに迫ってきているようだった。


『蓮華』

『はいよ』


 蓮華の返答と共に、こちらへ向かってきたライラプスたちの足が止まる。遅れて悲鳴が聞こえてきた。


「ギャンッ! キューン……!」


 それは、モズの早贄に似ていた。

 突如地面より現れた無数の岩の槍がライラプスたちを下から貫いている。哀れな魔犬たちは、宙でバタバタと脚を泳がせ血反吐を吐き散らしていた。

 蓮華の中等攻撃魔法アースピアーズだ。

 幸運にも躱すことが出来た個体も、メアと蓮華たちの追撃で頭を吹き飛ばされていく。


「うん、終わったな。行くか」


 ものの数十秒でライラプスたちを始末した俺たちは、何事もなかったかのようにドロップアイテムを回収すると先に進んだ。

 何十、何百回と戦ったことのある敵だ。今さらこれくらいの数を始末したところで達成感などない。

 そんなことよりも、この程度の戦闘では脳にまったく負担がかからなくなったことの方に、俺は成長を感じていた。


 ——リンクの第一段階、テレパス。カードと感覚、感情、思念を共有する技術。


 この数か月で、俺はリンクの初歩ぐらいは完全に使いこなせるようになっていた。

 感覚の共有くらいでは何時間継続してもなんともないし、人間の何倍も速いカードたちの戦闘スピードにも意識が追いつけるようになってきた。

 まぁ、それ以上となると目下練習中なのだが……。


「アオォォォォーーーーン!」


 森を進みながら襲い掛かる猟犬たちを次から次へと屍へと変えていくと、森全体を揺るがすような咆哮が突如響き渡った。

 どうやら鳴りやまぬ手下たちの断末魔に、親玉さんの方が先に我慢の限界を迎えたらしい。


「蓮華、そろそろ頼む」

「おう」


 霊格再帰——神々しい光が夜の森を照らし、ヤンチャな座敷童が美と幸福の女神へと姿を変える。


「我が主に祝福を」


 美貌の天女の微笑みと共に、暖かい光が俺を包み込む。肉体の隅々まで清めていく感覚。何でも出来そうな高揚感。今なら生身でだって主を倒せそうだ……。

 そんな慢心にも似た万能感をなんとか抑え込み、俺は前方を睨み据えた。

 全長三メートルを超える小山のような巨大な影が、周りの樹をなぎ倒しながら現れる。

 それは狼頭の巨人だった。耳まで裂けた口は俺の頭など軽く丸のみに出来るほど大きく、鋭い牙が並んでいる。両脚は丸太のように太く……。両腕の爪は、もはや大振りのナイフと言われた方がしっくりくるほどであった。


「グルル、ゴオォォォォォ、ウオオオオオンッッ!!!!」


 バリアが無ければ耳がお釈迦になっていただろう咆哮を浴びながら、俺は懐から蓮華とイライザのカードを取り出した。

 さて、今回はどちらで行くか。


【種族】吉祥天(蓮華)

【戦闘力】1200

【先天技能】

 ・吉祥天の真言:吉祥天の美と富と豊穣と幸運の権能を使用可能。

 ・二相女神:半身とも呼べる別の神の力を借り、変身することが出来る。

 ・アムリタの雨:不死の妙薬であるアムリタの雨を降らすことが出来る。ただし若返り効果はなし。高等回復魔法を内包。


【後天技能】

 ・霊格再帰

 ・自由奔放

 ・高等攻撃魔法(CHANGE!)

 ・詠唱破棄(CHANGE!)

 ・魔力回復

 ・友情連携

 ・高等状態異常魔法(CHANGE!)

 ・かくれんぼ


【種族】ヴァンパイア(イライザ)

【戦闘力】840(420UP! MAX!)

【先天技能】

 ・膏血を絞る:対象の血を啜り力へと変換する。血を消費することで肉体の再生や強化を行うことが出来る。蓄えた血が多いほど効果上昇。状態異常への耐性を持つ。

 ・夜の怪物:蝙蝠や狼、霧などの姿に変身できる。夜の間は頭と心臓を潰さない限り消滅しない。日光や聖なる光を浴びると一定時間このスキルは無効化される。

 ・中等攻撃魔法

【後天技能】

 ・絶対服従

 ・性技+演奏+罠解除

 →多芸(CHANGE!):数多くの技能を身に着けた証。技術系のスキルの習得率向上。性技、演奏、罠解除、礼儀作法(NEW!)、武術(NEW!)を内包する。

 ・フェロモン

 ・奇襲

 ・静かな心

 ・庇う

 ・精密動作

 ・中等補助魔法(NEW!)

 ・魔力強化(NEW!):魔法の威力を強化する。

 ・詠唱短縮(NEW!)


 やはりこうして見ると戦力として圧倒的なのは蓮華だ。戦闘力は1000を超え、スキルも凄まじい。

 一方で、イライザの成長力も素晴らしいものがあった。この数か月で一番成長したのは間違いなく彼女だろう。

 彼女の唯一にして最大の欠点であった戦闘力の問題が解決し、多くのスキルが引き継がれた結果、イライザは名実ともに我がパーティーのエースとなった。

 瞬間的な戦闘力……と言う面では霊格再帰を持つ蓮華に軍配が上がるが、安定感という意味ではイライザが上だ。

 やはりエースにはありとあらゆる面で役に立つカードで居てもらいたい。蓮華はそういう意味ではエースではなくジョーカーに近かった。

 ……よし、決めた。


『今回はイライザで行く』

『承知した、取り巻きは我らに任せよ』


 思念で短くやり取りを終えると、俺はイライザに意識を集中させた。

 他のカードたちとは感覚を軽くつなぐ程度にして、意識の大半をイライザへと重ねていく。

 まるで俺がイライザとなり、イライザが俺となったような錯覚。


 ————リンクの第二段階、シンクロ。マスターの意識をカードに乗せる技術。


 全身に力が漲っている。快感にも似た一体感が、つま先から頭のてっぺんまで駆け抜けた。

 ニヤリと笑みを浮かべ、『俺/イライザ』は怒り狂う人狼へと駆けだした。

 一瞬でライカンスロープの足元まで潜り込むと、その膝裏へと蹴りを叩き込む。

 膝を破壊するほどの膝カックンに、ガクリと体勢を崩す人狼。ちょうど良い位置へ頭が下がってきたので、そこへ掌底を叩き込んだ。鉄骨同士を打ち付けたような轟音。その結果を確認するよりも早く、詠唱していた魔法を解き放った。中等攻撃魔法、ライトニング。扇状に放たれた電撃がライカンスロープの全身を焼く。


「ガガガガガ……!」


 苦悶の声を漏らすライカンスロープ。……つまり、生きているということだ。死体は苦しまない。

 ギロリ、と野生の瞳が俺を捉えた。老人の心臓くらいなら容易く止めてしまいそうな眼光。

 しかしそんなことで『俺/イライザ』の【静かな心】は揺らがない。

 ライカンスロープの反撃。大木をも両断する爪撃を受け流すように防ぐ。【多芸・武術】のスキルが俺に最適な型を教えてくれる。

 脳裏に走る閃きに従って体を動かすだけで、俺は一時的に武術の達人となることができた。イメージと実際の動きの齟齬は【精密動作】が埋めてくれる。

 地面へと深い傷跡を残している人狼へと、カウンターの形で抜き手を放つ。ドクン、と右手が心臓のように力強く脈打った。これまで啜った数多の敵たちの血潮が、俺にさらなる怪力を与えてくれる。

 腕が深々とライカンスロープの眼へと突きたち、脳へと迫る。

 ————今だ。

 指先まで俺とイライザの意識が綺麗に乗った。『俺/マスター』から『俺/イライザ』へとエネルギーが流れ込み、溢れ出した余剰エネルギーが赤いオーラとなって噴き出した。その勢いのままに、雷を解き放つ。


「■■■■■■■■■■■————!」


 脳を致死の電流に焼かれた人狼が声にならない断末魔を上げる。

 最後の足掻きか、電流による肉体の反応か。頭を振り乱す人狼に、ミシリと腕の関節が嫌な音を立てた。このままでは腕が持っていかれると、慌てて霧へと変身する。

 その途端、バチンとブレーカーが落ちるような感覚とともに俺とイライザのシンクロが解けてしまった。

 体が霧になるというあり得ない感覚を、人間である俺の脳が許容できなかったのだ。

 小さく舌打ちして、すぐに気を取り直す。まあ、いいか。もう終わりだ。

 俺の視線の先で、大木が倒れるような音を立ててライカンスロープが倒れ伏す。

 徐々にその身体が薄れていき、そこには魔石と——一枚のカードが残された。

 良し! カードが落ちた! さて、結果は!?


「ダメかぁ……」


 鋭い目つきのイケメンが描かれたカードを見た俺は、がっくりと項垂れた。

 カードが落ちたことは嬉しい……嬉しいが、これが女の子カードだったらと思うとどうしてもコレジャナイ感が湧き上がってくる。

 自分でも贅沢な話だとは分かってはいるのだが……。

 微妙な顔をする俺の元にイライザがやってきて、なぜか頭を下げた。


「申し訳ございません、シンクロが解けてしまいました」

「いや、ありゃ俺の方のミスだ。やっぱ霧になる感覚は人間には想像し辛いな」


 シンクロは、自分の意思をカードに乗せることで思い通りにカードを操る技術だ。

 これによりテレパスによる指示よりもずっと繊細な行動をカードにさせることが出来る。

 が、その反面人間の体ではありえない肉体の変化などには対応しにくいという側面もあった。

 例えば獣型のモンスターや、体の一部分が他の生物になっているようなモンスターだと、カードに動きを任せた方がよっぽど上手く行くことも多い。

 とは言え、それはあくまでシンクロの表面的な部分に過ぎない。

 この技術の神髄は、カードの真の力を発揮させることにある。

 通常、カードはその力を50%程度しか発揮できていないとされている。

 これは、カードの力が常に半分程度マスターのバリアに使われている為だ。

 シンクロは、そのバリアに使われているエネルギーをカードに戻すことで、戦闘力の制限を解除する技術なのである。

 意識の共有などは、あくまでその副産物というかオマケでしかないのだ。

 ……当然、これにはマスターのバリアが薄くなるという欠点がある。

 そのため、シンクロによる戦闘力の向上はここぞという時の切り札として扱われるのが普通だ。

 例外は、魔道具によってマスターが保護されているコロシアムなどで、ここではむしろシンクロを使いこなせなければ戦いにすらならない……と『師匠』は言っていた。

 シンクロはテレパスに比べてかなり難易度が高く、俺などはまだ一体ずつしかシンクロすることができない上、その力も7〜80%程度しか解放できていない。

 これが熟練者ともなると、パーティー全体にシンクロを使うことができるとも聞く。

 ……カードについての技術を知れば知るほど、『師匠』の凄さを思い知る。

 つくづく、大会で優勝できたのは運が良かったのだと実感していた。


「さて、じゃあガッカリ箱を開けて帰るか。……あんま期待できないけどな」


 蓮華の祝福は、運の前借りみたいなところがある。カードが落ちなかったらガッカリ箱は少しアタリが出やすくなるが、逆にカードが落ちた時は中身が微妙……みたいなのがいつもの流れだった。

 それがみんなもわかっているのか、あんまり期待した空気はなかった。

 ところが。


「おお、マジックカード!」


 そこに入っていたのは、『遭難』のマジックカードだった。

 マジックカードとは、一回限り人間でも魔法が使えるというカード型の魔道具である。

 迷宮内でしか使えないという制限はあるものの、人間でも魔法が使えるようになることでグッと戦略の幅が広がるため、人気の魔道具であった。

 『遭難』は、『転移』の下位互換というか真逆の効果を持った魔法で、自分がまだ足を踏み入れていない階層にランダムで転移することができる。

 初めて入る迷宮で、最初の方の階層を攻略するのがめんどくさいな〜という時に、あわよくば奥の方に飛ぶことが出来ないかな? という軽い運試しのように使われることが多い。

 そんなイマイチ使い勝手が悪い魔法なのにもかかわらず、『転移』とは異なりモンスターカードの魔法系スキルに存在しないこと、また迷宮からドロップする確率が低いことから、より使い勝手の良い『転移』のカードと同額の値段がするという冒険者からはクソ魔法扱いされているカードだった。

 とは言えそれは買う側の場合の話であって、自力で入手した側にとってはそこそこの値段で売れるアタリのアイテムではあった。


「やりましたね! アタリですよ、ご主人様!」

「お、おお」


 無邪気に喜ぶユウキに対して、俺は喜ぶに喜べない。

 なぜなら……ちょっと運が良すぎるような気がしていたからだ。

 Cランクカードをドロップした上に、高額で売れるマジックカードまでとなると、少し幸運の揺り戻しが怖かった。


「ほお、これは……なるほど」


 後ろからカードを覗き込んだ蓮華が意味深に呟いた。


「な、なんだよ」

「いやなに……」


 顔を引き攣らせる俺に、蓮華はなんとも妖しげな笑みを浮かべた。


「どうやら……今年も退屈せずに済みそうだな、マスターよ」



【Tips】テレパスとシンクロ

 マスターとカード間の感覚や感情を共有する技術をリンクの中でもテレパスという。テレパスはリンクの初歩中の初歩の技術であるが、これをさらに深化させることにより感情や感覚だけでなくマスター本人の意識そのものまでカードに乗せることができるようになる。これが、リンクの第二段階――シンクロである。

 マスターとカードが同一化を果たすことにより、マスターは自分を守るバリアからカードへとエネルギーを回せるようになる。これにより通常はバリアの維持により半分程度の出力しか出せていないモンスターが、本来の力を発揮できるようになる。

 初歩にして奥義となる技術。テレパスとシンクロを極めれば他のリンクは不要と言う冒険者もいる。

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