第2話 俺のカードになる奴に普通のキャラいない説②
『う……』
その声を聴いた蓮華とメアがギクリと顔を強張らせる。それをしり目に振り返ると、そこには美人だがどこか昏い雰囲気を身に纏った女が立っていた。
燃え盛る炎を連想させるような紅い瞳に波打つ赤毛と、そこから覗く一対の短い角。着物の衿は大胆に肩まで降ろされ、深い谷間が丸見えとなっている。目尻に紅が施された切れ長の瞳とぷっくりとした唇が何とも色っぽい。
特徴だけを上げるなら、力強さと妖艶さを兼ね揃えた美しき女の鬼と言った感じなのだが……どうにも彼女の表情と言うか、空気がそれを裏切っていた。
どこか世を恨んだような目つきと、陰湿さを感じる卑屈な笑み。声音自体は綺麗なのに、しゃべり方もどこかねっとりとしていて、どうにも全体的に病んだ空気を醸し出していた。
彼女の名は、鈴鹿。俺が大会で手に入れた鬼人のカードであった。
名前の由来は、日本で最も有名な女の鬼、鈴鹿御前から。
手に入れた当初は、外見のイメージから妖艶なお姉さん、あるいは快活な鬼らしい性格を想像していた俺であったが、その予想は大いに裏切られることとなった。
「あぁ、それってもしかして、この前の試合の映像ですかぁ? ……私が仲間外れにされた」
タブレットを覗き込んだ鈴鹿が、恨めしげな口調で言う。
それを聞いた蓮華とメアがうへぇという感じで顔を顰めるのをしり目に、俺は愛想笑いを浮かべて彼女へとフォローした。
「いや仲間外れにしたわけじゃ。ほら、ユウキだって出てないし……なあ?」
「そうそう、そうですよ」
すかさずフォローに回る忠犬ユウキ。しかし。
「……ユウキさんは元々出場枠じゃないでしょう? 人型じゃないんだから。となると候補は四枚。ほら、やっぱり私だけ仲間外れ」
じめじめと恨みがましい眼で俺を見る鈴鹿。
申し訳ないが、正直めんどくさい……。
「ちょっといい加減にしなさいよね、新入りのくせに!」
するとそこで、よどんだ空気に堪りかねたらしいメアが、鈴鹿へと食って掛かった。
「蓮華、イライザ、私とアンタの四枚じゃあ、役割的に考えても年功序列的に考えても私たち三枚が選ばれるに決まってるでしょーが。それとも、先輩であるイライザを差し置いて自分を出せって?」
かつて蓮華に「先輩だから何?」と言い放った自分を棚に上げ説教をかますメア。
「あぁ〜、そうですかぁ。そうですよねぇ、メアさんたちは先輩ですもんねぇ。そりゃあ私より優先されるべきですよねぇ。いいなぁ、羨ましいなぁ。……たまたま先にマスターのところに来ただけなのに、ランクアップもさせてもらって、試合にも出させてもらって……。私はずっと新人扱い、たった五枚しかいないのに、マスター以外誰も私と話そうともしてくれない、ずっと仲間外れにされてる……私だけずっと一人」
「うう……」
途中から誰に向けて話すわけでもなく、ブツブツと恨み言を零し始めた鈴鹿に、メアは冷や汗を垂らして周囲に助けを求めるも、助けを差し伸べる手はない。顔をこわばらせて、鈴鹿と目を合わせないようにしていた。涼しい顔をしているのは、イライザくらいだ。
『ま、マスター、助けてよぉ、やっぱコイツ怖いよぉ』
半泣きとなったメアから“リンク”で声が届く。俺は顎を指で掻きながら答えた。
『助けてって言われてもなぁ』
ぶっちゃけ、無理。彼女の嫉妬深さはもはや魂に染みついたものだ。
『だからあれほど関わるなって言っただろうが。何言っても自分を責めてるように感じるんだから、コイツは』
蓮華も呆れたようにリンクで声を届けてくる。
鈴鹿が仲間入りしてから数か月。今回のようなことは初めてじゃあなかった。
基本的に全方位に対して敵意……というかコンプレックスのようなものを抱いている彼女は、少しでも相手が自分よりも恵まれていると感じると強烈な嫉妬心を抱くのである。
それは、休憩中に配られるお菓子の量から始まり、蓮華の霊格再帰についてや、元グーラーだったイライザがヴァンパイアにランクアップしたこと、蓮華とメアの友情連携に、果てはユウキが迷宮内の移動手段として活用されていることにすら向けられているのだから筋金入りだ。
とにかく彼女は、少しでも自分が持っていないものを見ると羨ましくてたまらなくなるようであった。
特に大変だったのが、名付けに関してである。
俺は当初、頃合いを見て彼女に名前を与えてやるつもりだったのだが、この嫉妬に狂った鬼女は、一秒たりとも自分だけが名前を持っていないという状況に耐えられなかったようであった。
その頃の鈴鹿の嫉妬深さと言ったら……、まさに鬼の名にふさわしいものであった。
結局、名付けまでにまた紆余曲折があったが俺は彼女に鈴鹿と言う名前を与えて今も使い続けていた。
扱い辛い彼女を売り払わずに使うことを決めたのは、売っても大した金額にならないというのもあるが、もしかしたら名前を与えてやればもう少し彼女も落ち着くかもしれないと思ったからだ。
……あとは単純に能力が高く、容姿も俺好みだというのもあった。
「あれれ? もしかして、内緒話ですかぁ? マスターまで私を仲間外れにしないよねぇ?」
一人恨み言を呟き続けていた鈴鹿が、不意に矛先を俺へと向けてきた。
しな垂れかかるように俺に身を預けてくると、その豊満な胸元で俺の腕を挟み込む。ふわりと鼻をくすぐる香の匂いと、柔らかく変形する魅惑の果実が俺を誘惑した。
……これが、どうにも彼女を手放す気になれなかった最大の理由であった。
この陰気な赤毛の鬼は、我がパーティーにおいて最大の胸部装甲を保有するのである。
その戦闘力は、グールからヴァンパイアとなったことでDからFへと進化したイライザを、さらに上回るものであった。
おそらく、小さく見積もってもG……H、いや、それ以上もあり得た。
いくら性格に難あるからと言って、このおっぱいを手放すなど、おっぱい星人として言語道断。
そもそも、何らかの欠点を持っているのはうちのメンバーでは当たり前のこと。欠点を長所へと変えてきたのが、ウチのカードたちの強みなのだから。
……それともう一つ、俺が彼女を受け入れた理由があるとすれば。
「——ねぇ、マスターならわかってくれるよねぇ? 同じモブ仲間のマスターだもんねぇ……」
「あ〜、まぁ、な……」
それは、どちらかと言うと俺も鈴鹿側の人間だということだろう。
蓮華はもちろん、うちのカードたちは何かしらの輝きを持っている。しかし俺にあるのは、彼女たちのマスターであるという一点のみ。
霊格再帰を発見したということで世間では持ち上げられてはいるが、すべては幸運によるもの。俺の才覚によるものじゃあない。
その幸運にしたって……。
……とにかく、俺にあるのは蓮華たちのマスターだということくらいで、人間として特別な何かを持っているわけではないということだ。
もちろんそれに不満を持ったり、カードに嫉妬したりはしないが、蓮華たちという才能あふれる同僚を持つ鈴鹿の気持ちも多少は想像できた。
そんな俺に鈴鹿としても何らかのシンパシーを抱いているのか、彼女は召喚された当初から俺にだけは嫉妬を向けることもなく——嫉妬する部分がないとも言うが——同じモブ仲間として友好的であった。口調もなぜかため口である。
まぁ……正直鈴鹿がモブキャラかと言われると首をかしげざるを得ないんだけどね。
どう見てもキャラ強烈だし。
そんな俺の内心を他所に、鈴鹿は機嫌よさそうに笑う。
「ふふ、マスターならそう言ってくれると思ってたよぉ。じゃあ、当然次のランクアップは私でいいよねぇ?」
「はぁ!?」
俺が何かを言うよりも早く反応したのは、メアであった。
「何言ってんの! 新入りのくせに生意気! 次はユウキに決まってんでしょ! そしてその次が先輩のメアよ! ね? マスター」
「マスター、モブ仲間の私を見捨てたりしないよねぇ?」
「あー……」
二人の視線の圧力にタジタジになりながら、俺は愛想笑いを浮かべるしかなった。
確かに順番で言えば確かにメアの言うとおりなのだが、彼女の次のランクアップ先はサキュバス。自力で手に入れるのは勿論、買うのすら困難極まるレアカードである。メアのランクアップに拘っていれば、彼女の後輩は誰もランクアップできなくなってしまう。
彼女には悪いが、メアのランクアップはよほどの幸運に恵まれない限り後回しとなってしまうだろう。
当然、ユウキよりも先に鈴鹿をランクアップさせるというのも論外である。
「あー、前にも言ったけど、まずはユウキのランクアップが一番だ。理由も言ったよな?」
俺の言葉に、メアたちは若干不満そうにしつつ頷いた。
なぜユウキのランクアップが一番先なのか……それは初期三枚のうち彼女だけがランクアップしていないから、ではない。
俺の持つカードの中で、ユウキの進化カードが最も簡単に手に入れられるからである。
俺たちが今いるDランク迷宮には、人狼の森という名がつけられている。
これは冒険者たちが勝手に付けた通称なのだが、その由来はここの主にある。
ここは、ライカンスロープが必ず主として出現する迷宮なのだ。
ちなみに、鈴鹿のランクアップ先として最有力候補の後鬼は遠い他の県にしか出現せず、メアのランクアップ先であるサキュバスに至ってはどこに出現するのかすらわからないありさまであった。
エルフやサキュバスといった人気のカードが固定で出現する迷宮は、国が独占して管理しているだとか、トップの冒険者チームに独占されているなんて噂が立つほど一般に情報が回らなかった。
そういうわけで、俺たちはこの三ヶ月ほどの間、この人狼の森に通い続けていた。
……その結果は今のところ芳しくはなかったが。
元々Cランクカードのドロップ率は0.1%と低く、雌が出現するか雄が出現するかも完全に運任せとなる。
性別が違えば、ユウキのランクアップには使えない。
俺たちはすでに二枚のライカンスロープを手に入れているが、そのどちらも雄のカードであった。
……では、俺たちがツイていないのかと言えばそれは違う。むしろ滅茶苦茶運が良いと言えた。
この三か月間で、俺たちがこの迷宮を踏破した回数は22回。それで本来0.1%しか落ちないはずのCランクカードが、二枚も落ちたのだ。ドロップ率は脅威の10%。これで運が悪いなんて言ったら世の冒険者たちに袋叩きにされるだろう。
このチート染みたドロップ率の絡繰りは、もちろん蓮華の能力にあった。
蓮華の霊格再帰は、幸運を司る女神である吉祥天である。吉祥天となった時の彼女は、不運を与える能力を失う代わりにより強い幸運を与える能力を持つ。
この幸運の加護を、迷宮主と戦う前に与えてもらうことでカードのドロップ率を上げてもらっていたのだ。
……ちなみに、蓮華のこのドロップ率を上げる能力、いろいろと調べては見たが、どうやら彼女固有の力のようであった。
普通の座敷童はもちろん、吉祥天にもドロップ率を操作する力などない。
霊格再帰を持つカードが特殊なのか、蓮華が特別なのか……。いずれにせよ、俺はこれについて誰にも漏らさないことを決めた。
このライカンスロープを売るのも、すべてをギルドにというのはやめておいた方が良いだろう。
いくらなんでも俺の冒険者ランクで、三か月間で二枚も売りに来るというのは多すぎるからだ。
なお、Cランクカードのギルドにおける買取価格は、定価の50%から80%が相場となっている。
一律定価の10%だったDランク以下のカードと比べて買取価格が跳ね上がるのは、それだけ需要に対して供給が少ないからである。
ライカンスロープは使いやすく人気のカードの為、雄であっても三千万円前後で取引されている。
最低でも一枚千五百万円で売れると考えると、思わず笑みが零れる。それを考えれば売る際の手間など気にもならなかった。
「なぁ、何でもいいけどよ、そろそろ行こうぜ」
そんな俺たちのやり取りを興味なさげに見つめていた蓮華が、お菓子を頬張りながら言う。
霊格再帰という確かなアイデンティティのある彼女は、他のカードのようにランクアップに拘らない節があった。
「お前は良いよね。Cランクカードだし、変身もできるしさ」
鈴鹿の雰囲気がうつったのか恨めし気なメアの言葉に、蓮華は珍しく顔を曇らせた。
あまり見ない珍しい表情に「お?」と思って見ていると。
「ああ……お前には申し訳なく思ってるよ。アタシみたいな選ばれし大天才が近くに居ちゃあ、そりゃあお前も劣等感を感じるってもんだよな。できればアタシのこの溢れんばかりの才能を少しでもわけてや「オラァ!」」
蓮華のセリフを遮ってメアの跳び蹴りが炸裂した。ぶへぇ! と吹き飛んだ蓮華だったがすぐに飛び起き、メアに食って掛かった。
「テメェ! 喧嘩売ってんのか!」
「それはこっちのセリフだ! 普通そこは謙遜したりアタシを慰めるところでしょ。なんでまるで悪びれずに自慢してんのさ!」
「ああ? ちゃんと慰めてやっただろうが!」
「どこが!?」
取っ組み合いの喧嘩を始める二人を、俺は手を叩いて止める。
「はいはい、そこまで。休憩は終わりだ。行くぞ」
隙あらばジャレあおうとするこのコンビに付き合っていたら、日が暮れてしまう。
「イライザ、ハーメルンの笛を」
「イエス、マスター」
さて、今日こそは目当てのカードが落ちますように。
俺は幸運の女神に祈りつつ、イライザの開いてくれた転移のゲートを通ったのだった。
【Tips】グラディエーターとギャンブル
この世界において一番人気のギャンブルは、競馬やパチンコではなくモンスターコロシアムである。人気の理由は、純粋に見ていて楽しいというのもあるが、その控除率の低さにある。競馬が25%、パチンコが12.5%なのに対し、モンスターコロシアムは5%と非常に低い。低い控除率は多くの参入者を呼び、またTV番組としてのスポンサーも多く集まるという結果を生んだ。
グラディエーターの報酬が高いのも、この豊富な資金源が理由である。一方高額な報酬目当てにグラディエーターとなるプロ冒険者が増えたことにより、冒険者制度の本来の目的であるはずの迷宮踏破が疎かになりつつあるという問題も提起されている。
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