第22話 冒険者の技術
『さあ大変お待たせしました。三日にわたる大会もいよいよ決勝戦、泣いても笑ってもここで決まる! 賞品のレディヴァンパイアを奪うのはどちらなのか! 選手の入場です』
俺が会場へと足を踏み入れると、予想外に大きな観客の声援が出迎えてくれた。
準決勝での戦いで、俺のファンも少しはできたようだ。最前列に両親と妹の姿を見つけたので、手を振りながら中央へと進む。
『まず現れたのは、若干二か月というキャリアながら二ツ星冒険者の北川選手! EランクからCランクカードまで幅広く活用し、ここまで勝ち残りました! 決勝ではベストメンバーで挑みます。対するは——』
実況が言葉を止めると、ゲートへとスポットライトが当たる。観客の歓声とともに現れたのは、神無月。まるで気負うところのない様子で悠然と歩いてくる。まるで主役の登場だ。
『一回戦からここまで圧倒的な力で勝ち進んできた神無月選手! 使用したカードはわずか三枚のDランクカードのみ。北川選手とは同学年でありながら約三年のキャリアの差があります。経験とテクニックの差がどうでるか! それでは両者、カードの召喚を!』
「召喚!」
俺が呼び出したのは、もっとも使い込んできた初期メンバー三枚。
【種族】クーシー(ユウキ)
【戦闘力】300(125UP! MAX!)
【先天技能】
・妖精の番犬
・集団行動
【後天技能】
・忠誠
・小さな勇者
・本能の覚醒
・気配察知
戦闘力はマックスの300まで成長し、下級のCランクカードの初期戦闘値に迫るほどとなった。
しかし、俺の心に余裕は全くない。なぜなら、Dランクカードのカンストなど、この戦いにおける前提条件なのだから。
神無月の呼び出したカードを睨む。
奴が呼び出したカードは、大柄な蜥蜴人間と、二足歩行の猫妖精、そしてとんがり帽子とローブ姿の小さな少女だった。
……リザードマン、ケットシー、ウィッチか。それぞれランクはD、D、C……。決して低くはないが、予想よりも低い。
最低でもCランクが二枚あってもおかしくないと思っていたのだが。さすがにCランクを二枚も持つのは難しかったのか、あるいは……。
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、実況だった。
『……おや、登録情報ではCランク四枚、Dランクカード六枚で登録している神無月選手ですが、決勝にはC、D、Dの組み合わせで挑むようです。こちらの方がランク以上に使い込んだベストメンバーということなのでしょうか?』
あ? 俺は実況の言葉に眉を顰めた。おいおい、ナメプかよ? 観客たちからも嫌なざわめきが走る。
そしてそれ以上に憤ったのが、俺のカードたちだった。
「チッ、舐めやがって……!」
「さすがに、面白くないですね」
自分を睨む俺のカードたちに、神無月は苦笑した。
「別に、君たちを舐めてるからってわけじゃない。この三枚が本当の意味で僕のカードだから、決勝はこの三枚で挑みたかっただけさ」
「あん? どういう意味だよ」
「残りのCランクカードは、死んだ兄の形見でね。まあ今のマスターはちゃんと僕なのだけど……皆が自分で手に入れたカードで戦っているのに、相続したカードで勝つってのも、さすがにね」
なるほどね……。意外とフェアなんだな、コイツ。
まあたとえそれが遺品だろうが親に譲られたカードだろうが、カードはカードだと俺なら思うが……まあ、そういう考え方も嫌いじゃない。案外、気が合うかもな。
俺がそう思っていると、神無月は爽やかに笑った。
「まあ、それでも優勝できそうにないなら使ったけどね。負けたら意味ないし。でも、どうやら使わずに済みそうだからさ」
安い挑発だ。普段だったら余裕でスルー出来る発言である。
が、今日、この時は流せなかった。顔が歪んでいくのが分かる。
それは俺のカードたちも同じのようで、蓮華が歯をむき出しにした。
「おい、マスター。ずいぶんナメられてるじゃねぇーか。アタシの知らないところで小便でも漏らしたのか?」
「心当たりはないな。お前こそ、さっきの試合でやらかしてないよな?」
「んなわけねーだろ。いずれにせよ、だ。見たいよな? 見たくねーか?」
「ああ、見たいね」
あのすまし顔が泣き顔に変わるところをよぉ……!
口に出さずとも、俺たちの思いが一つになったところで。
『それでは、試合開始!』
開戦のベルが鳴った。
「ぶっ殺す!」
蓮華が速攻で弾幕を放つ。同時に、イライザとユウキが駆け出した。
迫る弾幕に対し、青みがかった黒髪をショートボブに切りそろえた少女——相手側のウィッチが前に出る。手を翳し、半透明の壁を生み出した。弾幕が、ことごとく防がれる。
……中級補助魔法のシールドバリアか。ウィッチは、魔法のスペシャリストであり、中等魔法使いの先天スキルを持っている。
故にシールドバリアを使ったことに驚きはないが、蓮華の弾幕をすべて防ぐか……。やはり純粋なマジックキャスターなだけあって魔力はあっちの方が上だな。
「今度はこっちの番だ」
神無月がそう言うと、濃緑色の鱗を持った怪人と、黒の毛並みに白い手足を持った二足歩行の猫がこちらへと襲い掛かってきた。
リザードマンは、高いレベルで能力を保ったバランス型。ケットシーはスピードよりのアタッカーだ。
「ユウキ、ケットシーだ!」
その指示だけで、イライザがリザードマン、ユウキがケットシーという担当をカードたちは理解する。
肉体のリミッターが外れた金髪の屍食鬼と大柄で屈強な蜥蜴の亜人が身体ごとぶつかり合う。肉と肉が激突したとは思えない重い音が響き……イライザが吹き飛ばされた。地面を転がり、すぐに跳ね起きるが、そこへリザードマンの追撃の回し蹴り。イライザは咄嗟に両腕で防御……出来ない。またも軽々と飛ばされる。
これは……戦闘力の差もあるが、体格の差が出ているのか?
2メートルを超える蜥蜴の亜人と、成人女性相応の体格のイライザでは、どう考えても彼女に分が悪い。
イライザ単体では無理だ。何らかの援助を、そう考えた瞬間、小さな影が彼女へと襲い掛かった。
ケットシーだ! 俺の目では線にしか見えない速度でイライザの周囲を飛び回り切り刻む!
なぜ、ここにケットシーが! ユウキはどうした!
俺の疑問と同時に、ユウキが駆けつけケットシーへと爪を振るう。それを軽々と躱すケットシー。
クソッ、速さで抜けられてきたのか。
ケットシーは、ユウキの攻撃を避けつつイライザへと攻撃する余裕すらあった。無論、リザードマンも見ているだけではない。イライザと格闘戦をしつつ、ユウキにまで隙あらば殴りかかる。ユウキはリザードマンへと警戒を割かざるを得ず、余計にケットシーを捉えられない。
そこへ、一つの光弾がケットシーへと飛来した。蓮華のフォローだ! 光弾を躱したケットシーが、一旦距離を取り警戒する。追撃の光弾が降り注ぎ、ケットシーは軽やかに躱していく。その先には、リザードマン! 一瞬動きが鈍るケットシーに、蓮華の光弾が迫る。ついに捉えた!
その瞬間、光弾を黒い魔弾が打ち落とした。最初は何が起こったかわからなかったが、一拍遅れて理解した。ウィッチの妨害だ。
だがあのタイミングで、ピンポイントに魔法を打ち落とす? ウィッチの方が遠いんだぞ。一歩間違えれば、ケットシーにあたっていたのはウィッチの魔弾の方だ。なんという弾道予測、そして精密射撃。
その凄まじさを蓮華も理解したのか、頬を一筋の汗が伝った。
……なんだ、これは。イライザがリザードマンに勝てないのはわかる。だが、クーシーとケットシーの戦闘力はさほど変わらないはず。スキルの差なのか……? ウィッチも何かおかしい。さっきから感じているこの違和感は……そうか、連携力だ。奴らの動きがあまりに連携が取れていて、まるで一つの生き物のようなのだ。
これが、俺と奴の経験の差なのか……?
『神無月選手! 圧倒的連携力で北川選手を追い詰めます!』
『神無月選手はすでにリンクが使えるようですね。練度も高い、素晴らしいです』
『……? すいません、リンクとは? なにかの専門用語ですか?』
『ああ、すいません。主にプロの冒険者が使うテクニックの一つです。長くカードを使っていると、カードと特殊なつながり……ラインを得ることができるようになるんです。それを我々はリンクと呼んでいます。リンクをつなぐことで、言葉を介さずとも意思をカードに伝えられ、またカードたちもマスターの感覚を受信し、全体の把握をすることができるようになります。結果、連携力が飛躍的に上がるというわけですね』
『な、なるほど……そんな技術があったんですね』
重野さんの解説に実況がうなるように感心し、観客たちもざわめく。
……なるほど、ただの訓練では説明できないレベルの連携力は、そういう絡繰りだったのか。
俺は、険しい視線を神無月へと向ける。重野さんが解説している間動きのなかった神無月は、俺を見るとにっこりと笑った。
「そういうわけだから、僕と君との間には戦闘力以上に大きな差があるんだ。わかったら降参してくれないかな?」
「く……」
なぜ神無月が、カードのランクを落としても余裕だったのか。その理由が分かった今、俺はその爽やかな笑みに強い威圧感を感じていた。
……ここまで、か? 粘っても、神無月には勝てない。下手に足搔いてカードを失うくらいならば。
俺の思考が弱気に傾いたその時、蓮華が小さく呟いた。
「なるほどね……」
「蓮華?」
蓮華が、強い眼差しで俺を見る。
「テメェ、まさか降参しようとはしてねーよな?」
「いや……だが」
このままじゃ勝てないだろ。その言葉をなんとか飲み込んだ俺を、蓮華が嘲笑する。
「まー、テメェが顔も財力も冒険者の腕前も、その他もろもろ相手の足元にも及びませんって言うならそれでもいいけどよ」
顔は余計だろ、顔は。最初からそこで勝負しようとは欠片も思ってねーよ……。
「でも、降参の理由をアタシたちの安全のためにしようとしてんなら、絶対許さねーぞ」
「う……」
今にも殺人を犯しそうな目でこちらを睨む蓮華に、俺は怯んだ。
「力及ばず負けるのは、アタシたちが悪い。カードとして、土下座して謝るぜ。でも、アタシたちのためにマスターが負けるのは、逆だろうがよ」
「………………わかったよ」
やるだけ、やってみるか……。
俺が強く神無月を睨むと、奴は意外そうに眼を丸くした。
「おや、まだやるのかな?」
「生憎俺のカードたちはまだまだやる気満々でね」
「ふぅん……できればロストはさせたくないんだけどな。まあ仕方ないか」
その言葉と共に神無月が冷たい無表情となる。う、く、来るぞ!
「ユウキ、本能の覚醒!」
「ウオオォォォン!」
「本能の覚醒か。良いスキルを持ってるね、でも、それには弱点がある」
ユウキの咆哮を見た神無月が感心したように呟くと、ウィッチが無言で動いた。小さな魔女の手から放たれた黒い光がユウキを包む。
「本能の覚醒は、精神異常に弱い。少々迂闊だったね……むっ!」
何の異常も見られず自分へと向かってくるユウキを見て、奴が表情を険しくした。
ユウキは、小さな勇者のスキルにより本能の覚醒のデメリットを受けない。そこに蓮華の幸運付与があれば状態異常にはそうそう掛からない。
身体能力を増したユウキが、ケットシーへと襲い掛かる。その爪が猫妖精を捉える寸前、リザードマンが素早く割り込んだ。あの動き、庇うのスキルか。
蜥蜴亜人は、巧みな格闘術でユウキの腕をいなし、前蹴りを叩き込む。ユウキはそれを後ろに飛ぶことで威力を相殺したが、敵との距離が空いてしまった。
そこに飛来するウィッチの魔弾。ユウキは一転して防戦一方となる。その背後に迫る影――ケットシー。ユウキもそれに気づくが、対処する余裕はない。ユウキのわき腹をケットシーが抉る。ケットシーが更なる追撃を掛けようとした瞬間、蓮華の魔弾がそれを阻害した。
ホッと一息吐く間もなく、リザードマンの回し蹴りがユウキを襲う。そこへ、スキルを使用したイライザが駆け付けた。庇うのスキルで、リザードマンの一撃を受け止める。
同時に、ユウキのフォローをしたことで隙の生まれた蓮華へと、ウィッチの魔弾が襲い掛かった。躱す、躱す、躱す。蓮華はひらりひらりと舞いながら華麗に魔弾を躱し続けるが、仲間のフォローをする隙は無くなってしまった。
目まぐるしく変化する攻防に、俺は戦況を理解するのに精いっぱいで、とても指示を出す余裕などない。俺が言葉を発しようとしたその時には、その指示は二周、三周遅れとなっている。もはや、人間の言葉が割って入れる段階ではない。これが、リンクの有無か……。
俺が歯噛みしている間にも、皆の奮闘虚しく状況は刻一刻と悪化していく。
イライザとユウキの身体には裂傷が増えていき、蓮華の回避にも余裕がなくなっていく。
その時、ケットシーがユウキたちの傍から離れた。向かう先は、蓮華。離れたところにいる俺からは丸見えの動きだが、魔弾の動きに集中している彼女は気づいていない。
俺が「危ない」と声を出すまでの間に、ケットシーが蓮華へと迫る。
スローとなった世界で、俺はなんとか一瞬でも早く彼女に言葉を届けようと足掻いた。
だが、あまりに遅い。たった一言出すだけなのに、こんなにももどかしい。
「————危ない!」
なんとか声を絞り出したその時は。
すでにケットシーは蓮華へと跳躍していた。
そのナイフを数本束ねたような爪は、あっさりと蓮華の華奢な背中を切り裂くだろう。
未来予知のようにその光景が脳裏に浮かんだ瞬間、脳がカッと熱くなった。
バチン、と光が脳裏に弾けて————蓮華と何かが繋がったのを感じた。
「!!!」
蓮華が、見えないはずのケットシーの動きを躱す。そればかりかケットシーへと光弾を叩き込み、ウィッチの魔弾へとぶつける。まるで急に視野が広がったかのような動き。
蓮華がハッと俺を見る。俺は、蓮華を通じて俺を見た。蓮華もまた、俺を通じて自分を見た。
——これは、この心と心が繋がる感覚は、覚えがある。
ハーメルンの笛吹き男との闘いで、イライザがやられた時の、蓮華と深く感情を共有したあの感覚。
それをもっと強くした感じだ。
これが、リンクなのか?
蓮華が、俺を見てうれしそうに笑った。さすがアタシのマスターだ。そんな想いが、俺の胸へと届いた。
「……今のは、まさか。馬鹿な」
神無月が、何かを察したように険しい表情で呟く。
それを試すかのように、奴のカード三枚が同時に動き出した。
苛烈さを増す三位一体の連続攻撃に防戦一方となるイライザ、ユウキに対し、蓮華が自分への攻撃をいなしつつ、仲間のフォローを行う余裕があった。俺のカードの中で、蓮華の動きだけが際立って良い。
これがリンクの力か。
蓮華が叫ぶ。
「イライザ、ユウキ! 自分からマスターへと心を開くんだ。今のアイツに自分からラインを繋ぐほどの技量はない!」
「————ッ!」
まず、俺とラインがつながったのはイライザだった。心の隔意がない彼女とのラインは、こっちが受け入れてやるだけですぐ繋がった。すぐにユウキとのラインも繋がれる。
俺を中心として一本の線でつながれた彼女たちは、一転して神無月のカードたちに抵抗できるようになった。
ユウキへのリザードマンの攻撃をイライザが受け止め、イライザへと不意打ちを仕掛けるケットシーの動きを蓮華が牽制する。蓮華が撃ち漏らしたウィッチの魔弾を、ユウキは見もせずに躱した。
「う、ぐ……!」
だが、その代償は俺の脳へと負担となって掛かった。頭が熱い。テスト前に徹夜で一夜漬けした時のような脳のだるさ。
それがどんどん積み重なっていく。急激に増した情報量と使い方に、脳がまだ慣れていないのだ。
それに、抵抗できるようになったと言ってもあくまでようやく防御らしい防御が出来るようになっただけ。劣勢を覆せる力はない。
俺のリンクはまだ入り口に立ったところ。あくまでカードたちの情報共有が出来るようになっただけであり、指示を出したりすることはできないのだ。
一方で、神無月もリンクが使える相手と戦うのは経験がないようで、どうにも攻めあぐねているようにも見えた。
しかし、時間が経つにつれて徐々にこちらの被弾が多くなっていく。神無月が、慣れ始めたのだ。
「……ふぅ、最初は驚いたけど、やはり経験の差は大きいね。まあこっちはこれをずっと練習してきたんだ。覚えたてにあっさり抜かされたら堪ったもんじゃない」
「う、く……」
「辛そうだね、僕も最初使った時はキツかったよ。二日くらい熱が出た。出来るようになったばかりなのに、こんなに無理したら後が大変だよ。もうその辺にしておいたらどうかな?」
「う、ぎ、が、ぁ……」
こんなちょっとした会話が、露骨に負担となって押しかかってくる。奴の言葉一つ一つが反響して脳に響き渡るよう……。
そんな俺を見て、神無月が苦笑した。
「本当にヤバそうだね。ここらでけりをつけてやるのも、先輩の役目か」
そう言うと、神無月が眼を閉じた。
なんだ? なぜ、眼を閉じる。そんなことしたら自分の視界をカードに繋げられなくなるだろうに。
そんな俺の疑問は一瞬で吹き飛んだ。奴のカードたちからの圧力が一気に増したからだ。
「ッ!」
イライザがリザードマンの連打を受けて吹き飛ばされ。
「ギャンッ!」
ユウキがケットシーに一瞬で全身を切り刻まれる。
「な……」
愕然と目を見開く。
これは……こんな、あっという間に。
まるで、神無月の意思がカードの動きを後押ししたような凄まじい動き。リンクは、こんなこともできるのか。
呆然と、仲間たちを見る。イライザは、手足を砕かれ地に倒れ伏し。ユウキは緑の毛並みを赤く染めて、身体を震わせている。
未だ彼女たちとのラインからは戦意が伝わってくるが、その身体はどう見ても戦える有り様ではない。
「な、イライザ、ユウキ!」
仲間の負傷に蓮華が動揺をあらわにする。
隙だらけだ。馬鹿、今は目の前の敵に集中しろ、冷静さがお前の売りだろうが!
俺がリンクでそれを警告する前に、彼女の感情がダイレクトに伝わってくる。
………………そうか。目を伏せる。リンクで仲間とつながっていた分、仲間の苦しみまで伝わってしまったか。それで、仲間想いの彼女は余計に動揺してしまった。
リンクは、仲間たちの力を引き出した一方で、彼女の思わぬ弱点も露呈させてしまったのだ。
しかし。それは。あまりに致命的な隙で——。
「ッ! ……ガハッ!」
「蓮華ァァァァ!」
雷の槍が蓮華を打ち抜く。地面へと滑り込んで、撃墜された彼女をなんとか受け止めた。
傷口を見て、思わず目を背けそうになる。
雷の槍は、少女のわき腹を見事に穿っていた。腹部は三分の一ほど失われており、全身を焼いた電撃が、皮肉にも止血になっているような有様だった。
すぐにミドルポーションを取り出して振りかける。だが、到底完治には程遠い。延命レベルの悪あがき。
蓮華の窮状は、ラインを通じて仲間たちへと伝わった。
「■■■■■■■■——!」
ユウキが、大気が震えるほどの咆哮をあげ、敵へと突進した。こちらが焼けるほどの、凄まじい怒りが伝わってくる。理性は完全に蒸発し、ありとあらゆる枷から解き放たれた肉体は、一回りも二回りも大きくなったように見えた。狂戦士さながらに暴れ回る。
イライザが、全身から蒸気を立ち昇らせて起き上がった。ラインを通じて、彼女の状態が伝わってくる。この仲間想いのグーラーは、自分の肉体を喰らうことで急激にダメージを回復させ、肉体を強化しているのだ。無論、長く続く状態ではない。このままでは、彼女は、彼女自身で、自らを食い尽くすだろう。だがそんな状態にもかかわらず、彼女は敵へと立ち向かっていった。
猛攻。自らの命を燃やし尽くすようなカードたちの奮闘は、ここに来て初めて神無月を圧倒していた。
だが、それは長くは続かない。まさに回光返照の、儚い、一瞬の煌めきだ。神無月もそれがわかっているから、無理をせず防御に徹している……。
「……………………」
もはや、ここまでか。グッと歯を食いしばる。
完全敗北、だった。
これ以上は戦えない……。
直に、俺のカードたちは自滅と言う結末を迎える。
そもそも、実力が違い過ぎたのだ。
思えば、奴は最初から手加減をしていた。
それに最初は憤りを覚えたが、今となっては感謝するしかない。
蹂躙されるはずの試合は戦いの形となり、リンクと言う新しい技術を得た。
カードたちも、今ならロストを免れる。
これらはすべて神無月の思いやりだ。
冷たい容姿で勘違いしていたが、冷静になってみれば結構いい奴じゃないか……。
ここまで手加減されちゃあ仕方ない。
優勝と、ヴァンパイアのカードは奴に譲ろう。
これが、俺の初のモンコロの終わり……。
【Tips】リンク
カードとマスターの間には、見えないラインが存在している。マスターに対するダメージの肩代わりなどはこのラインを介して行われている。リンクはそのラインを利用して感覚や感情の共有を行う技術である。
これにより、カードたちに迅速な指示が出せるようになる他、カード間の連携能力が飛躍的に向上する。
しかしそれらはまだリンクの入り口に立ったに過ぎない。
リンクにはさまざまな可能性が秘められており、リンクを使えない、使いこなせない冒険者はただカードを所有しているだけとも言える。
【追記】
Q:なんでリンクが一般に知られてないの?
A:天空闘技場で念の存在が知られていないのと同じ理論。
主人公は、リンクの存在は知りませんでしたが、「プロはまるで手足のようにカードを操ることが出来る」「同じカードを使っても、プロの方が圧倒的に強い」ということぐらいは知っています。
では、なぜリンクという単語を知らなかったのか。
大きな理由は三つあって、一つは、リンクが基本的に秘匿されているから。カードの遠隔操作が可能となるリンクは、一見モンスターの襲撃に見せかけて他の冒険者を襲うことも可能となる為、一般には秘匿されています。このTVも、リンクについての情報はカットして放送されますし、SNSなどでリンクという単語を使うと不適切な単語として投稿できなくなります。ではなぜ重野さんがそんなことを普通に言っちゃったのかというと、彼が本職の実況ではないからです。重野さんも、このあとギルドで上司からしこたま怒られます。
二つ目の理由。それは、リンクを使える冒険者の数は圧倒的に少ないから。SNSなどでリンクという単語が使えなくても、こういった技術があるらしい的なことは書き込めてしまいます。人の口に戸は立てられぬという奴です。それでも広く知られていないのは、それを使える人が少ないから。一つ星や二つ星の、ただカードを持ってるだけで満足している冒険者たちは、リンクの存在を知っても「なにそれ、それどうやって使うのよ。俺使えねぇんだけど、デマじゃね?」となってしまいます。リンクの存在を知らないままグラディエーターになり、モンコロでフルボッコにされる者も結構多く、それを人は「洗礼」と(以下略)。
三つ目の理由。これが最大の理由なのですが、……ぶっちゃけモンコロはリンクの存在を知らなくても楽しめるからです。現実のプロスポーツを見てても、選手たちの超高度な専門技術を知らなくても、雰囲気で楽しめます。これが、主人公や観客たちがリンクの存在を知らなかった最大の理由です。プロが手足のようにカードを使うのも、経験の差だろうと思っていた感じですね。
……そんな感じの裏設定で適当に書いていたのですが、微妙に矛盾が生じるし、本編内で説明不足過ぎるので、あとで適当に書き直します。
なので、今は「天空闘技場で念が知られていないのと同じか」ぐらいの感覚で受け入れてくださると嬉しいです。
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