第21話 Q:美少女が話しかけてきたら? A:ドッキリを疑う
『お待たせしました〜! いよいよ準決勝、第一試合を開始します』
実況の声と共に、会場のざわめきが大きくなる。グダグダの試合が多い中、それでもベスト4には期待が集まっていた。
とりわけその中でも注目が集まっているのは……。
『まずは赤ゲート! 十七夜月杏菜選手の登場だぁ!』
美少女ハーフの冒険者、十七夜月杏菜だった。
会場中から、ファンの男どもの応援の声が飛ぶ。
それに手を振って答えながら十七夜月が闘技場の中心に立った。
『ここまで三枚のDランクカードを駆使してストレート勝利! 魔道具もあと三回使用権を残しています。さらには、この試合ではメンバーをがらりとチェンジ。温存していたメンバーで決勝を狙います!』
スタッフに促され、俺も歩き出した。
……十七夜月の戦略通り、準決勝の相手は俺となった。TVとしても、決勝はできれば画面映えする神無月と十七夜月の戦いとしたかったのだろう。
俺と佐藤は噛ませ犬というわけだ。
『対するは、白ゲート! 北川歌麿選手!』
俺が姿を見せても、十七夜月のような歓声はない。まあ、当然か。ここまでほとんど戦わずに進んでいるしな。もっとも、それは他の選手も似たり寄ったりだが……違いは十七夜月や神無月には華があるということ。
それでも、チラホラと応援の声が聞こえるのは有り難かった。
『北川選手は、DランクカードとEランクカードを上手く使い分け勝ち進んできています。ここにきて隠し玉のCランクカードをメンバーに入れ、魔道具の使用回数もすべて残っています!』
こちらを見る十七夜月の眼に、侮りの色はない。俺もCランクカードを持っているとは予想していなかったのだろう。
対して、俺は向こうがオールCランクでもおかしくないと覚悟を決めてきている。その分、俺には精神的な余裕があった。
『十七夜月選手と北川選手ですが、昨夜の賞品選びの際希望のカードが被り、この大会の成績で決めるという約束をしているそうです。偶然にも準決勝にて当たることになってしまったため、この試合でケリをつける形となってしまいました』
おお、と会場にどよめきが奔った。
俺と十七夜月の目が合い、お互いに微かに苦笑する。実況の白々しさには苦笑いしか出てこない。
『それでは、両選手。カードの召喚を行ってください』
実況の声に、俺たちは同時にカードたちを呼び出した。
これまでは試合進行を迅速に行うため試合開始してから召喚だったが、準決勝からはカードの紹介を観客に行うため試合開始前に召喚する形にするとスタッフから事前に伝えられていた。
蓮華、メア、イライザの三枚が姿を現す。
【種族】座敷童(蓮華)
【戦闘力】410(100UP!)
【先天技能】
・禍福は糾える縄の如し
・かくれんぼ
・初等回復魔法
【後天技能】
・零落せし存在
・自由奔放
・初等攻撃魔法
・友情連携
・初等状態異常魔法
今の蓮華のステータスは、名実ともにうちのパーティーのエースと言って良いものだ。
だが、今回は相手にもCランクカードがいる。それも、キャリアが俺よりも長い相手のだ。
キャリアの長さによる戦闘力の差が、どれほどか。それだけが心配だった。
「ふふ、いよいよメアのお披露目ね!」
エンプーサとなり、少しだけ大人っぽくなったメアが羽ばたきながら言った。
以前のメアは、手のひらサイズで十歳ほどの外見だったこともあり完全に動く人形のような印象だった。
だがエンプーサにランクアップしたことで人間大の身長となり、さらには肉体年齢も二歳ほどアップしたことで身体つきも丸みを帯び始め、大人になりかけの危うさを感じさせるようになった。
背中の蝙蝠の羽は以前と同じだが、お尻からは驢馬の尻尾が伸び、両脚は太ももの半ばから真鍮製となっている。一見すると金属質のニーハイを履いているようにも見え、それが何ともセクシーだった。
そんなメアを見て、蓮華が忌々しそうに吐き捨てる。
「テメェのお披露目とやらは四回戦に終わっただろーが」
彼女は、自分よりいろいろと大きくなってしまったメアのことが気に入らないようだった。
「あんな雑魚、ノーカンに決まってるでしょ!」
また、メアもイチャモンをつけられれば喧嘩せずにはいられない程度にお子様だった。
『おっと? 北川選手のカード同士がなにやら揉めているようですが?』
『カード同士の相性が良くないようですね』
実況のアナウンサーと、解説の重野さんがそう言うと、会場から小さな忍び笑いが漏れた。
ちょ、やめてくれよ……。
身内の恥に、俺は顔から火が出る思いだった。
『北川選手のカードは、今大会を通して使っているグーラーと、先の試合でも使ったエンプーサ、そしてここまで温存してきた座敷童のようですね』
『女の子モンスターで固めているのでしょうか。実に華やかですね』
……改めてみると、完全にハーレムパーティーだな。メアは狙って仲間にしたから別として、蓮華とイライザは偶然女だっただけなのだが。
会場の男どもからの、嫉妬の眼差しを感じるぜ。
『一方で十七夜月選手のカードは、エルフとユニコーン、リビングアーマーのようです』
『リビングアーマーがガード、ユニコーンがサポート、エルフがアタッカーかな? バランスの良いパーティーですね』
俺は目をすがめて相手のカードを見た。
エルフ……Cランクカードの中でもトップクラスの人気を誇るカードだ。
カードはどれも人間では太刀打ちできないほどの容姿を持つが、エルフやサキュバスはその中でも神がかった美貌を誇る。
十七夜月のカードは、そのエルフの中でも特に希少な女の子モンスターだった。
エルフやサキュバスほどのカードともなると、もはや普通に市場に出回ることはない。入手した冒険者が手放さないからだ。
たまに出回った時も、ギルドに売られるのではなくオークションにかけられる。
Cランクカードの相場は一千万から一億と一般的に言われているが、エルフやサキュバスの場合は、“一億円から”スタートすると言えばその人気っぷりが分かるというものだろう。
十七夜月のエルフは、その人気と値段に見合う美貌の持ち主であった。
年のころは、15、6才ほどだろうか。ストレートの金髪をショートボブにしており、全体的に知的な印象。
身体つきはスレンダーだが、この少女ほどとなると胸がないことなど全く残念に思わない。
むしろこの体型以外では違和感があるほどだ。これが、美の黄金律という奴なのだろう。
蓮華やメアと言った顔面偏差値の高い少女たちに囲まれるうちに、カードの美しさと言うものになれ始めた俺ですら、肌が粟立つほどの美しさ。
会場からも、感嘆の吐息が漏れるほどだ。
今までも動画やCMでエルフは見たことがあるが、生で見たエルフはちょっとレベルが違った。
ダンジョンマートの創業者が娘のために用意したカードだ……外見だけでなくさぞやスキルも優秀なのだろう。
ユニコーンとリビングアーマーもDランクでは上位のカードである。ユニコーンは回復と補助魔法のスペシャリスト、リビングアーマーも痛みを知らない頑丈なガード役として人気のカードだ。
カードの値段では完全に負けているな、と小さく苦笑した。
だが劣等感はない。
俺のカードの方が、絶対にすごい。
この会場のみんながそう思わなくても、俺はそう思っていた。
その証拠にホラ、俺のカードたちもまるで気にしてなんか……。
「糞が、ちょっとくらい人気があるからって調子乗りやがって。人の十倍高いからって十倍強ぇーのかよ? あ?」
「ねぇねぇ、あのエルフとメアのどっちが可愛い? 綺麗かどうかじゃなくて可愛いかどうかで答えてね? 可愛さならメアの方が上でしょ?」
メチャクチャ嫉妬丸出しだった。ジェラシーの塊。まさにルサンチマン。
完全に気持ちで負けてます。……これ、勝てるかなぁ? 俺は一気に不安になった。
『お互いの戦力は全くの互角。どちらが勝ってもおかしくない、良い戦いになりそうですね』
『それでは、試合開始!』
「——死ねやオラァ!」
試合開始と同時に蓮華が魔法を放つ。俺はギョッと目を見開いた。
ちょ、打ち合わせと違いますけど、蓮華さん!?
予定ではまずは距離を取るはずだったのにもかかわらず蓮華が先制攻撃をかけてしまった。いや、良く見るとメアもだ!
カード二枚のいきなりの独断専行。しかし、これは……!
「なっ!」
「くぅ……!?」
「ブルルッ!?」
十七夜月が驚愕の声を上げる。同時に、エルフとユニコーンが苦悶の声を上げて地面に倒れ伏した。
『おおっと! 開幕早々北川選手の眠りの状態異常が決まったぁーー!』
実況の興奮の声が響き渡る。俺は素早く指示を出した。
「蓮華、ダイレクトアタックだ!」
「おう!」
最初は何してくれてんだ、と思ったがこれは好機だ。
まさか開幕状態異常が通ると思っていなかったのか、十七夜月も動揺を隠せない。そこへ、蓮華の光弾が迫る。
これは躱せまい! 勝った! 準決勝終了!!
俺が勝利を確信したその時。
「——アムド!」
十七夜月がそう叫んだ。リビングアーマーがバラバラに別れ、一瞬にして鎧となって彼女を覆った。深紅の鎧が蓮華の光弾を弾く……!
『なにぃィィィ!?』
思わず蓮華と二人、驚愕の声を上げる。
「マスター! あれは!」
「ああ、間違いない!」
蓮華の問いかけに、俺は頷く。実在したのか!
『〇ン・ベルク作の鎧化魔剣!』
俺たちが口を揃えて言うと、十七夜月が含み笑いを漏らした。
「ふふふ、驚いたようだな。その通り、これこそ伝説の鍛冶師○ンベルクが造りし鎧の魔剣! この鎧は防御力が高いばかりか、電撃以外のありとあらゆる魔法をはじくのだ!」
十七夜月はノリノリでそう言った。
……いや、ネタを振ったのはこっちだけど、それは鎧の魔剣じゃねぇだろ。リビングアーマーの先天スキル、装備化だ。
リビングアーマーは、マスターやカードの装備品になることもできる珍しいタイプのモンスターなのである。
ついでに言えば、リビングアーマーは魔法防御力が高いだけでありとあらゆる魔法を弾くわけでもない。
しかし、なんだ……。奴も相当な漫画好きのようだな。蓮華の奴も、同志を見つけて目が輝いている。
「そしてッ! ウチのパーティーに状態異常は無駄ッス!」
十七夜月は懐から瓶を取り出すと、ユニコーンとエルフへと振りかけた。
チッ、やっぱり状態異常対策は持っていたか。
ハッとした様子で十七夜月のモンスターたちが目を覚まし、同時にメアがはじき出されるようにエルフから出てきた。
眠ると同時に、メアがエルフの夢の中に潜入していたのだ。ネタを振ったのも、メアから注目を逸らすという思惑があった。
「キャア! あーん、もう少しだったのに!」
「な、いつの間に! なんて抜け目のない! いや、ここはさすがと言っておくッス」
かなり衰弱した様子のエルフを見て十七夜月はこちらを鋭く睨んだ。
「蓮華、メア、もう一度だ」
「そうはさせないッス。ユニコーン!」
蓮華たちが再度状態異常を仕掛ける前に、ユニコーンの角が光を放つ。十七夜月のモンスターたちが光を纏い、蓮華たちの状態異常魔法は弾かれてしまった。
「チッ、イミュニティか」
イミュニティ。状態異常の抵抗力を上げる中級の補助魔法だ。こうなると、十八番の状態異常コンボもあまり頼りにはならなくなる。
「ここからはウチのターンッス!」
十七夜月がそう言うなり、リビングアーマーが分離しこちらへと接近してきた。剣を上段に構え迫る無人の騎士を、イライザが迎え撃つ。
リビングアーマーの切り下ろし。丸太も引き裂きそうな豪快な一撃……それを半身で避けつつ、イライザが蹴りを叩きこむ。……が、効果は薄い。リビングアーマーはわずかに体を揺らしただけで突きを繰り出す。イライザは腕に掠らせながらもそれを躱した。
……互角、いや若干分が悪いか。
リビングアーマーとグーラー、どちらもアンデッドモンスターだ。耐久力に優れ、状態異常にも強い反面、自我がないため単調な動きしかできないのが特徴である。
しかし、防御力による耐久性が優れているリビングアーマーと、屍食いによる回復能力で耐久性に優れるイライザでは、こちらの利点だけが打ち消されている。戦闘力も、リビングアーマーの方が上だ。
一方で、技術に関しては自我と精密動作がある分イライザの方が上か。頑丈さと膂力の差を、動きの精密さと多彩さでなんとか凌いでいるといった様子。
なんとか援護してやりたいところだが……。俺はチラリとメアを見る。
彼女は、ユニコーンと睨みあっていた。
イミュニティは長く続く魔法ではない。その切れ目を狙って再度状態異常を仕掛けようとしているのだろう。
しかしユニコーンも素早く魔法を発動しようと備えている。時折、牽制じみた魔法のやり取りがあるが、こちらも膠着状態だ。
一方蓮華は、エルフと激しくやりあっていた。魔法と弓の応酬が目まぐるしく行われている。
この試合のようにエースが上位ランクで突出した力を持っている場合、如何に敵のエースを封じつつこちらの決定打を当てるかが重要となる。
蓮華には事前に敵エースの牽制をメインに、隙をみて取り巻きを潰していくよう指示を出していたのだが……。
蓮華がエルフを狙って光弾を放てばエルフはそれを躱しつつ、イライザへと弓を放つ。蓮華はそれを打ち落とし、自分へと放たれた矢を躱す。十七夜月を狙う光弾をエルフが弓で打ち消し、メアを素早い連射で狙う。
そんな詰将棋じみたやり取りが淡々と行われている。
一歩ミスれば即終了。嫌な均衡状態が保たれていた。
俺と十七夜月、互いの視線が絡み合う。この膠着状態を動かせるのは、マスターしかいない。お互いに、どちらが先に動くか注視していた。
汗が顎を伝い、落ちた。
先に動いたのは————俺だった。
懐から一つの石を取り出し、「蓮華!」と呼び掛けてそれを地面にたたきつけた。
カッと閃光が世界を塗りつぶす。俺が使ったのは、閃光石という魔道具だった。
Eランク迷宮で手に入れたこの魔道具は、割れると凄まじい光を放つ。十七夜月に目を瞑らせない為、直前まで相手の眼を見ていた俺も、視界が真っ白になって何も見えなくなった。
十七夜月の「アムド! ……目が、目がぁ〜!」という声が聞こえる中、徐々に視界が回復する。
「む、……座敷童ちゃんの姿がないッスね」
視力の回復した十七夜月が周囲を見回しすと言った。
「かくれんぼのスキルッスか。ウチへのダイレクトアタックを狙ってるッスね? でもご覧の通りリビングアーマーでガードしてるッスから無駄ッスよ」
「さぁてね」
「……なにを企んでいるのかは知らないッスけど、こうすれば一発でわかるッス」
そう言うと、彼女はエルフへと素早く指示を出した。
「ダイレクトアタックッス!」
「ッ!」
やっぱ、そう来るよな!
エルフが俺へと弓を向けた瞬間、俺はイライザの背後へと動いた。彼女も庇うのスキルで俺を守る。腕に矢を貫通させつつ見事に俺を守り抜いた。
「やるッスね! でもいつまで耐えられるッスか!?」
「次はない!」
俺がそう言うのと同時、どこからともなく飛来した光弾がユニコーンを打ち抜いた。悲鳴を上げて地に倒れ伏すユニコーン。
「ユニコーン!?」
「ッ、そこ!」
エルフが虚空へと矢を放つと舌打ちと共に蓮華が姿を現した。二の腕を抑えている。掠ったか。
だが、倒れ伏したユニコーンはピクリとも動かない。死んではいないようだが気絶させることには成功したらしい。——そしてすでにメアはユニコーンの中へと入りこんでいた。
蓮華がニヤリと笑う。
「これで、目障りな馬は直に消える」
「その前に貴女を始末すれば良いだけのこと」
エルフが鈴の鳴るような透き通った声で言った。
再び姿を消す蓮華だったが、エルフは大まかな位置がわかるのか弓矢を次々と放ち続ける。蓮華も光弾を放ち続けるが……。
「グッ……!? クソ!」
ついに捕捉されてしまった。
わき腹を抑えた蓮華が、地面へと座り込む。
エルフが冷たい笑みを浮かべた。
「フ、この程度ですか。所詮——」
エルフが嘲りの言葉を口にしようとした瞬間、蓮華が憤怒の表情で吼えた。
「誰がッ! ワゴンセールの半額処分品だァーー!」
「えっ!? そ、そこまでは——」
「隙あり!」
「な!?」
蓮華の逆恨み全開の叫びにエルフが動揺した隙をつき、ユニコーンから飛び出したメアが不意打ちを仕掛けた。巨大な犬へと変身したメアが、エルフを押し倒す。
エンプーサはユニコーンに掛かり切り。そう思い込んでいたエルフは、見事に不意を衝かれた形となった。
「く……、不覚」
一見、盤上から消えたようにも見えたユニコーンとメアだったが、その実メアの方は自由に動ける。
だが、誰がどう見てもこちらはこのままユニコーンを始末させた方がベストだ。
そのため、エルフはその選択肢を無意識に除外してしまったのだろう。蓮華の対応に集中していたというのも大きな理由の一つか。
しかしこちらはそもそも相手のカードをロストまでさせる気はなかったのだ。それゆえ、メアは常に奇襲の機会を窺っていたのである。
「お前! 私とキャラ被ってんのよ!」
「!? ど、どこが!?」
立ち上がるのも忘れツッコミを入れるエルフへと、人差し指が突きつけられた。……蓮華だ。
「動くな」
エルフがその秀麗な顔を屈辱に歪める。
「くっ、この私が……! こんな冗談のようなやり方で……!」
それを聞いた蓮華の表情が愉悦に歪む。なんとも邪悪な笑みであった。
「ようこそ、ギャグキャラの世界へ。そしてさようなら、だ」
蓮華が情け容赦なく止めを刺そうとしたその瞬間。
「待って!」
十七夜月の声が鋭く響いた。皆の視線が彼女へと集中する。
「……参ったッス。ウチの負けッス」
十七夜月はそう言うと、がっくりと項垂れた。
「アンナ……」
エルフも無念そうに俯いた。
それを見た蓮華は指を降ろすとつまらなそうに言った。
「ふん、そっちのマスターも、甘ちゃんみたいだな……」
『決ッ着ゥゥ! 何という目まぐるしい攻防! 張り巡らされた作戦! これこそモンスターコロシアム! 準決勝に相応しい名勝負でした!』
『お互いのモンスターのスキルを十分に活用した良い勝負でしたね』
その実況の声とともに、観客席から拍手と歓声が聞こえてくる。
……どうやら、退屈していた観客たちも今の勝負には満足してくれたようだった。
観客たちの拍手に見送られながら会場を後にすると、廊下で十七夜月とバッタリ遭遇した。いや、この様子だと、俺を待っていたのか?
「いやぁ、参ったッス。お約束通り、鬼人のカードはそっちに譲るッスよ」
「……ホントは、自分が勝っても俺に譲る気だったんだろ?」
俺がそう言うと、十七夜月は照れ臭そうに笑った。
「いやぁバレてたッスか? お察しの通り、あれは北川先輩と戦うための、まあ、仕込みッス。結局、策士策に溺れるという奴になっちゃったッスけどね」
「まあどう見ても神無月や十七夜月に比べたら俺はモブキャラだしな」
「いやいや、そんなことないッスよ。そりゃあ、昨日見た時はちょっとそう思いましたけど、いざ闘技場で対面してみたら驚いたッス。別人かと思いましたよ」
「え?」
「なんていうか、存在感が違うというか。まあ、そう言うことなんでしょうね。ウチが負けた理由って」
なにやら納得したように頷く十七夜月に、俺はチンプンカンプンだった。
「えーと、十七夜月」
「あ、苗字じゃなくてアンナでいいッスよ。ウチの苗字、なんかややこしいし」
「え? そうか? まあそう言うことなら……俺もマロでいいよ」
試合相手と言う気安さもあって、俺は気づけばそう言っていた。
「お、マロ先輩ってわけッスね。これからよろしくお願いしますッス。あ、ラインやってます? ID交換しましょう」
「あ、ああ」
何この子、すごいグイグイ来る。
なお、ラインの写真はエルフとアンナのツーショットだった。
……エルフと顔を並べてもブスに見えないって、改めて凄いなこの子。
IDを交換したのを確認したアンナは軽やかに去っていった。
「………………」
俺は一人になった廊下で誰もいないことを確認すると。
「いよぉぉっし! よぉぉし!」
全力で喜びを噛みしめた。
それは準決勝に勝利し、決勝に進めることへの喜び————ではない。
アンナのような超絶美少女ハーフとのラインを交換出来たことへの喜びであった。
家族を抜けば100%。それが俺のラインにおける男の占有率だ。
無論、クラスのグループラインには俺も入っている。が、その中の個別の女の子とは一人も連絡を取り合ったことがない。当然、友達リストにも入っていない。
見事なまでに男一色。妹に男色を疑われるほどに女子と縁がない。
それが俺の人生であった。
が、ここにきて初めて女の子が追加された。
それもハーフ! の美少女! しかも、冒険者で社長令嬢!
こんな奇跡ってある!?
まるで、まるでリア充みたいじゃないか!
そう思った瞬間、我に返った。
……いや、待て。出来過ぎている。落ち着け、冷静になって考えろ。
なぜ、リア充でもない俺にこんな素敵なイベントが起こるんだ? 俺はただのモブだぞ。もしや、何かの罠なんじゃないか?
もしかして、ドッキリ? その単語が頭に過った瞬間、俺は周囲を素早く見渡した。そうだ、ここはTV番組のテリトリー内! 同時にドッキリ企画が進行していてもおかしくない!
ふ、そうは行くか。さっきはちょっとばかし油断してしまったが、もう無様な姿は晒さんぞ。
どこかに仕掛けられているだろうドッキリカメラを警戒して神経を張りつめさせていた俺だったが。
俺なんかにドッキリを仕掛けても、撮れ高なんか稼げないことに気づき、我に返ったのだった。
【Tips】鎧化
名作漫画「ダイの大冒険」において登場する鎧の武器を装着するための呪文。剣でありながら鎧、しかも呪文を無効化するという設定は、恐ろしくロマンに溢れるものであった。
が、これはそれとは関係ない。
モンスターの中には、武具として他のモンスターやマスターが装備できる者も存在する。とりわけ人気なのが鎧化のスキルを持つモンスターたちであり、ダイレクトアタックを防げるということからデッキに組み込む冒険者も多い。
ダイレクトアタックが即敗北に繋がるモンコロは勿論のこと、マスターへの攻撃がパーティー全体への大ダメージを意味する迷宮内においても、鎧化を持つモンスターは重要度が高い。
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