第20話 美少女を見るとついヒロインかどうか考えちまう。



『えー、先ほどのトラブルですが、南山選手が戦闘終了に気づかず北川選手に攻撃してしまったとのことでした。次回以降このようなトラブルが無いよう——』


 ——そう言うことになった。


 番組としても、もはや大会を続行させる以外に道はなかったのだろう。

 俺を気遣う口調ながらも、言葉の端々に大人の事情とやらを匂わせてきた。


 このままでは、南山くんが刑事罰に問われる可能性がある。両者が口裏を合わせてくれれば穏便に済ますことが出来る。もちろん、相手側には番組側からしかるべき対応をさせて貰うので安心して欲しい。下手に警察沙汰にするよりも、君にとっても安全になるはず……みたいな感じだ。


 正直俺も大事にしたくなかったし、大会が潰れて困るのはこちらも同じだ。

 ある意味警察などよりもよほど厄介で恐ろしい存在であるTV局が、しかるべき対応をする、安全を約束すると言っているのだから、任せるべきなのだろう。

 それに実況解説にはギルドの重野さんもいた。いくら口裏を合わせて刑事罰を避けたとしても、冒険者としてやっていくのは確実に不可能だろう。

 ならば俺から言うことは何もない。

 後のことは、観戦に来てくれていた両親とTV局、それに南山のご両親が上手く片付けてくれるはずだ。

 俺は別に南山が手錠をかけられて連行される姿が見たいわけではないのだ。俺の見えない場所で、大人たちがしっかりと罰してくれるというなら、精神衛生上、それに越したことはない。

 終始協力的な様子の俺に、あちら側もホッとしている様子であった。


 それに何より……南山については俺も落ち着いて考えてみたかった。

 俺や東西コンビを切り捨て、カーストトップグループだったはずのアイツがなぜこんなにも俺に敵意を燃やし、焦っていたのか……。

 そこに、俺の憧れていたスクールカーストトップグループという存在の、本当の姿がある気がした。

 まぁ、それも今は後回しだ。

 イライザの為にも、大会に集中すべきだろう。

 こうして、俺の大会初日は終わった。




 翌日。早朝から行われた二回戦であったが……俺は不戦勝となった。

 ……別に、汚い裏取引があったわけじゃない。試合でのロスト率にビビった学生の棄権が相次いだためだ。

 俺たちみたいな学生にとって、カードは換えが利く消耗品ではなく、極めて高価な代物だ。いつもテレビで見ているプロたちとは違う。

 彼らはスポンサーがバックについている為、勝っても負けても失ったカード代などすぐに取り戻せるのだ。

 それを、モンコロに出れる! と脊髄反射で飛びついた奴らが試合の様子を見てあまりのロスト率の高さに今さらながらビビったのだろう。

 参加した奴らの中には、南山のように冒険者という肩書を使ってクラスカーストで成り上がったものもいるはずだ。

 そんな彼らにとってカードを失うというのは社会的地位を失うのにも等しい。

 そういうわけで、俺は二回戦を戦わずに勝ち進んだ。

 ちなみに、これは全然関係ない話だが、二回戦も一回戦同様トラブルを避けるため対戦相手は教えられることはない。

 つまり、番組側が対戦相手を入れ替えても選手や観客はわからないというわけだ。いや、全然関係ない話だが。




 その日の午後と夜に行われた三回戦と四回戦。こちらは南山との試合以上に消化試合となった。

 三回戦の相手は、Fランクカード三枚と露骨に流してきた。おそらくもうカードを失いたくはないが、もしかしたら不戦勝で勝ち上がれるかもしれないと期待して棄権はしなかった、といったところなのだろう。

 三回戦は、そんな様子の選手がチラホラと見られ、観客たちは露骨にテンションを落としていた。

 これはマズイと番組側も思ったのだろう。有力選手の紹介をしたり、盛り上がった試合のハイライトなどを流していた。

 一回戦は——選手たちの心が折れるほど——死闘が多く見どころのある試合が多かったため、会場は少し盛り上がりを取り戻した。

 そうして行われた四回戦。ベスト8ということもあって気合を入れて試合に臨んだ俺だったが、後味の悪いものとなった。

 なぜならば、相手がすでに戦えないほどボロボロだったからだ。

 二回戦を不戦勝で勝ち上がり、三回戦をろくに戦わずに勝ち進んだ俺と異なり、相手は二回戦三回戦もガチの相手と戦ったようだった。

 主力のDランクカードはボロボロ、残りの二枚はFランクカードと事実上戦力が一枚しか残っていないありさまだった。

 対して俺は、これに勝てばベスト4とあってイライザ、ユウキ、メアとDランクカード三枚で挑んでいた。

 こちらの布陣を見た相手の表情は……ちょっとしばらくの間忘れられそうにない。




 ベスト4が確定した二日目の夜。俺たちは食堂に集められていた。顔合わせと、賞品のDランクカードを選ぶためである。

 賞品のDランクカードは十六種と多めに用意されているが、希望が被った場合は選手同士の話し合いで決めることになる。

 なお、この様子もカメラで撮影されているため醜い罵り合いや妨害はできない。


『はい、それではここまで残った選手たちの紹介です。まずは、神無月 翼さんお願いします』

「はい」


 最初に指名されたのは、残った選手の中でもぶっちぎりの美形である神無月だった。

 俺なんかとは比べ物にならないイケメンである。まず名前からして格好いい。アイドルでもちょっと見ないレベルで顔だちが整っている。もはや人間よりもカードの顔面偏差値に近い。

 顔の線は細く綺麗な卵型のラインを描いており、目元は怜悧でいかにも頭がよさそう。色素の薄い髪には天使の輪っかが出来ており、長めの髪が似合っていた。スタイルも細めで足がスラリと長い……いや、長すぎじゃね? 日本人の体形じゃねーぞ。外国人のフィギュアスケーターみたいだ。

 一見男装の麗人にも見えるほどのイケメン……いや、本当に女なのかもしれない。名前も中性的で判別付かない。

 だが、こいつが女だろうが男だろうが俺には関係ない。

 おっぱいがまるでないからな。可愛ければ巨乳でなくとも妥協できるが、さすがにここまでないと無理だ。胸板はおっぱいではない。俺が西田の性癖を理解できない最大の理由だ。ロリにおっぱいはないからな。

 いや、違う。そうじゃない。雑念が混じった。やり直し。

 ——だが、こいつが女だろうが男だろうが関係ない。

 それはコイツが同じ選手だからだ。優勝は一人。ならば相手が誰だろうと関係ない。

 俺は内心でシリアスにやり直した。


『この大会における意気込みをお願いします』


 司会がそう言うと同時に、「爽やかなコメントをお願いします」とカンペが出た。

 おっ、なんかTVっぽい! 俺は密かに目を輝かせた。

 そう言えば、俺っていまマジでTVに出てるんだなぁ。このシーンもTVに流れるのか。

 ……ヤベェ、今さらながら髪型とか気になってきた。しまったな、美容院行っておけばよかった。迷宮攻略が忙し過ぎてまったくそう言うところに気が回ってなかった。鼻毛とか出てないよな!?

 一人でテンパっている俺を他所に、カンペを見た神無月がニコリと笑った。


「カンナヅキ、ツバサです。意気込みというほどではないですけど、優勝は絶対に僕がします。これまでの試合を見た感じ、まず間違いないですね」


 うぉ!? こいつ滅茶苦茶言うじゃねぇか。俺は結構素で驚いた。

 普通こういうところでは無難にコメントするだろうが、今時ビッグマウスで炎上してもなんの得もないぞ。ネットで叩かれるだけだ。

 番組スタッフもカンペを無視して挑発するようなことを言う神無月に戸惑っている。

 おそらく、このルックスからして番組もこいつをこの大会のヒーローにしようと言うシナリオだったのではないだろうか。

 コイツの試合は俺も見たが、よく使いこまれたDランクカード三枚で優勝の可能性は十分にあるように見えた。

 神無月の言葉に、他の選手たちも気色ばむ。


『い、意気込みは十分ということですね。神無月さんはなんと中学一年から冒険者をやっており、現在高校一年生にしてすでに三ツ星冒険者とのこと。これは戦いが楽しみです』


 おい、マジかよ! 俺たちは驚愕して神無月を見た。

 中学一年は、今の日本の法律では最速スタートだ。三ツ星冒険者というのもヤバイ。

 それでDランクカード三枚だあ? 確実にCランクカードを温存してやがる。ヤバイ、全然ビッグマウスじゃなかった!

 コイツ、本当に自分が優勝するだけの理由をもってやがる!

 俺たちが神無月への警戒を高めているのを他所に、司会が次の選手を指名する。


『はい。では、佐藤 勇刃さん』

「……はい」


 神無月の後という罰ゲームのような出番となってしまったのは、大柄で厳つい顔をした青年だった。神無月の後だからか特徴が薄く見える。至って普通の少年って感じだ。名前だけちょっとキラキラしてるが。

 本人も自分のキャラが薄いとわかっているのか、ちょっと顔が引き攣っている。心なしか眼が泳いでいた。

 ……おい、まさか何かインパクトあること言おうとしてないよな? やめとけ、俺らみたいなモブキャラが上手いこと言おうとしても滑るだけだぞ!

 同類の気配に勝手に親近感を抱いていた俺は、内心でそう呼びかけた。


『意気込みのほどをお願いします』

「サトウ、ユウジンです。えー、まず言いたいのは、おい神無月、あんま調子に乗んなよ? ってことです。カードバトルは顔だけじゃ勝てないということを教えてやるよ」


 が、無駄……っ!

 俺の心の声は残念ながら届かなかったようだ。神無月を見下ろしながら言う佐藤だったが、そのセリフはつっかえつっかえで全く迫力がなかった。

 あまりの痛々しさに、誰も何もリアクションが取れないほどに。名指しで指名された神無月ですらどう反応したものか、戸惑っているように見えた。

 佐藤は可笑しくなってしまった空気にキョドった後、「い、以上です」と言って椅子に座った。

 哀れ……だが俺はちょっとだけ好感度が上がったぜ。人をあんまり貶したり馬鹿にしたりするのに慣れてないってのがヒシヒシと伝わってきたからな。


『はい、佐藤さんですが現在高校三年生。キャリアはまだ一年ほどですが、将来はプロの冒険者になるのが目標とのこと。準決勝でどのような戦いを見せてくれるのか、期待が高まります。————それでは十七夜月 杏菜さん』

「はい!」


 佐藤の紹介はさらっと流され、次に指名されたのはこの場に唯一の女子選手だった。

 俺が一番気になっていた人物でもある。

 それは、この十七夜月という女子が赤髪碧眼の美少女だったから……ではない。

 いや、その容姿自体はもちろん気になっていた。俺も思春期の男子高校生だからな。

 年頃は俺と同い年か少し年下くらいだろうか。フワフワの赤毛をポニーテールにしており、大きな青い瞳がキラキラと輝いていてすごく可愛らしい。

 肌も透き通るように白く、まさに日本人が思い描くハーフの美少女といった感じだった。小柄で細身なのに胸が結構ありそうなのも個人的に評価が高い。

 ぶっちゃけかなりタイプだ。

 佐藤がイキってしまったのも、この子の存在が影響しているのではないだろうか。可愛い娘がいるとつい張り切ってしまう……男の悲しい性だ。

 だが容姿以上に俺が気になったのが、十七夜月という珍しい苗字だ。この珍しい苗字を、しかし最近は良く聞くことがある。

 なぜなら、十七夜月はあのダンジョンマートの創業者と同じ苗字だからだ。

 十七夜月社長は、なんというか目立ちたがりでしょっちゅうTVなどに出てくる……俗にいう名物社長という奴だ。ニュース番組のコメンテーターのレギュラーもやっており、結構過激な発言をすることでファンとアンチが一定数いる人物である。

 それ故に十七夜月と聞くとどうしてもあの名物社長を連想してしまうのだ。


『意気込みのほどをお願いします』

「カノウ、アンナ。中三ッス! こんな見た目ッスけど、日本生まれ日本育ちッス! マスターとしてはまだまだッスけど、ウチのカードは優秀なんで期待していてくださいッス!」


 コイツ、後輩系キャラか! 発言内容ではなくキャラで勝負してくるとは、やりおる!

 司会もようやく待ち望んでいたコメントが出てきたからかテンションが上がっている。美少女というのもTV的に強い。


『おお、元気がいいですね! 十七夜月さんは、あのダンジョンマートの創業者の娘さんとのこと。キャリアも神無月さんと同じ中一からということで期待が高まります』


 やはり、ダンジョンマートの創業者の娘だったのか!

 俺たちはやはり、という顔と驚きの混じり合った顔で彼女を見た。

 それに十七夜月は、顔をムッと顰めた。


「パパは関係ないッス! そりゃあ登録するときはパパにカードを一枚買ってもらったッスけど、それからはお小遣いも貰ってないし、あとは自分でお金を稼いでカードを揃えてるッス! 一枚目のお金もそのうち返すつもりなんで!」

『そ、そうですか、それはすいません』


 ……ん、やっぱ有名人の子供って言うのは、いろいろ大変なんだろうか。十七夜月からは生まれに対するコンプレックスを感じた。

 十七夜月にこのことを言うのはやめておいた方がいいな。いや、むしろ試合中なら良い挑発になるか?


『最後になってしまいましたが、北川 歌麿さん。意気込みの方をお願いします』


 俺が最後になっちまったか。参ったな。どいつもこいつもキャラが強すぎて、やりづらいにも程がある。

 ……どうせカットされるだろうし、適当に済ますか。


「キタガワ、ウタマロです。絶対に負けない……と言いたいところですが、もうすでにキャラで皆さんに負けてて参ってます」


 番組スタッフから小さな笑い。お、やった、少しウケたぞ。

 俺はそこで不敵な笑みを浮かべると言った。


「でも俺のカードは結構良いキャラしてるんで、楽しみにしていてください」

『はい! ありがとうございます。北川さんは、キャリアが二か月程度と短いにもかかわらずすでに二ツ星冒険者とのこと。イレギュラーエンカウント討伐実績も有り、キャリア以上の経験があるようです』


 司会は、俺の薄いキャラを厚くするためか、あるいは初戦のトラブルの詫びか俺を持ち上げるようなコメントをしてくれた。

 他の選手たちも俺を意外そうな眼で見た。

 え、数合わせのモブだと思ってたのに、やるじゃん……という眼だ。

 どうやら俺は彼らの印象にまったく残っていなかったようだ。まあ碌に戦ってないからな。


『それではお待ちかねの賞品配布のお時間です。ベスト4の賞品はこちら!』


 司会の発言と共に食堂にトランクケースが運ばれてくる。スタッフが一枚一枚頑丈なクリアケースに入ったカードをテーブルに並べ始めた。

 俺たちはそのカードたちを見て目を輝かせた。

 さすがに賞品になるだけあって、どのカードも人気カードばかりだ。

 半分ほどが強さを重視したカードで、もう半分が女の子モンスターというラインナップとなっていた。後天スキルも癖のない良いものが揃っている。


 さて、どうするか。強さを重視するならドラゴネット、天狗、水虎。

 女の子モンスターならアルラウネ、ネコマタ、ハーピー、シルキー、アマゾネス、エンジェル、鬼人か。女の子モンスターでも黄泉醜女は要らん。いや、強いが。水虎よりも強いが。

 みんなも黄泉醜女には見向きもしていなかった。

 完全に好みで選ぶなら、ドラゴネットとかネコマタ、シルキーだ。


 ドラゴネットは、小型のドラゴンでドラゴンモンスターの中では最弱となる。それでもDランクカード最強というあたりドラゴンがモンスターの中でも最強種族というのをよく表していた。

 ネコマタとシルキーは、Dランクカードの中でも弱い方なのだがDランクカードの中でも超人気カードであり、両方とも一千万円近い値がついている。猫耳とメイドは強い……。


 実利面を重視するなら、ドラゴネット、天狗、ハーピー、エンジェルが候補に来る。

 やはり、飛行系はそれだけで価値がある。遠距離攻撃を持たない地上系モンスターなら一方的に無力化できるうえに、迷宮の罠の多くをスルー出来るのが強みだ。

 反面、撃たれ弱くロストの恐怖が常に付きまとうのが欠点か。

 また飛行系は頭が悪いか、逆に頭が良すぎて気位が高いという特徴もあった。特にエンジェルは、相性の悪い種族が多すぎるという話もよく聞く。


 うちのパーティーの補強という観点で見るなら、アマゾネス、鬼人という選択肢もある。

 前衛2、後衛2と一見バランスよく見えるうちのパーティーだが、盾役をイライザに依存しているという弱点があった。

 ユウキも前衛なのだが、こちらは攻撃と素早さが高い完全なアタッカータイプだ。索敵役も兼任しており、ゲームで言うなら盗賊や忍者に前衛をやらせているようなものである。

 戦士役か騎士役をここに追加したいと前々から考えていたのだ。

 浪漫ならネコマタ、シルキー。実利面なら飛行系、戦力補強ならアマゾネス、鬼人か。

 俺は一枚一枚カードのスキルを見ながら思案した。


「……ん?」


 と、その時一枚のカードに目が留まった。

 鬼人のカードだ。イラストには燃えるような紅い髪と瞳を持った美女が描かれている。崩した和服から覗く深い谷間が何とも色っぽい。ビジュアルはかなりタイプだ。

 だが俺がより気になったのは、そのスキルだった。

 スマホを取り出し、詳細を調べてみる。


【種族】鬼人

【戦闘力】180

【先天技能】

 ・頑丈:頑丈な肉体を持つ。生命力と耐久力を常時向上させる。

 ・怪力:人外の力を持つ。筋力が常時大きく向上する。

 ・自己再生

【後天技能】

 ・目隠し鬼:鬼さんこちら。対象の敵意を自分へと惹きつけることが出来る。

 ・武術:戦闘技術に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正。

 ・見切り:相手の動作を読む技術。回避、反撃の際、行動にプラス補正。


 頑丈と怪力、武術、見切りのシナジーに加えて、目隠し鬼というスキルが面白い……。

 これはゲーム的に言うならヘイトコントロールスキルだろう。盾役に必須のスキルで、しかも回避型というのが良い。

 耐久援護型のイライザに、回避挑発型の鬼人と言うのは、相性の良い組み合わせに思えた。

 よし、決めた。これにしよう。これほどのスキルを揃えたカードと巡り合うことはそうそうない。おまけに女の子モンスターで見た目も超好みだ。

 俺が鬼人のカードに手を伸ばしたその時。


『ん?』


 横から伸びた手が重なった。

 目が合う。サファイアのような蒼い瞳がこちらを見つめていた。……十七夜月だ。


「お、あなたもこれが狙いッスか?」

「あ、ああ。……できれば譲ってくれない?」


 俺が愛想笑いを浮かべながらそう言うと、十七夜月はニンマリと笑った。ネズミを弄ぶチェシャ猫のような笑み。なんか……嫌な予感。


「いやぁ、それはちょっとできない相談ッスねぇ。ウチもこれがかなり気に入ったんで! 見てください、この見事な赤毛と妖艶さ。ウチにそっくりッスよね?」


 そう言って、ふふんとセクシーポーズをとる十七夜月。

 ええ……? いやぁ、赤毛は一緒だけど、妖艶さは全然……。

 十七夜月はどっちかと言うと健康的な可愛らしさが前面に来るタイプで、色気とかあんまりなかった。

 そんな心の声が漏れたのだろうか、十七夜月はムッと唇を尖らせた。


「異議アリって顔ッスね?」

「ハハッ」

「いや、例の鼠の真似しても誤魔化されないッス。……ちょっと上手かったですけど。どうでしょう、ここは一つ勝負と行かないッスか?」

「勝負?」

「はい、ここは保留として、試合で勝った方がこれを頂くというのは」


 そう言うと、十七夜月はぐるりと周囲を見渡した。

 気づけば、カードを選び終わった選手や番組のスタッフたちがこちらを注視していた。

 これは……。


「ん、勝った方がとは言うけど、どちらかが当たる前に負けたらどうするんだ?」

「ああ、そうッスね。では大会の成績が良かった方ということで」


 可愛らしく微笑む十七夜月に、ちょっと意地悪な質問をしてみる。


「もし両方とも準決勝で負けたら?」

「その時はあなたが持って行っていいッスよ」

「へぇ、気前がいいんだな」

「はい! どうせウチが優勝するので!」


 コイツ……さっきは、自分はまだまだ未熟なんて言っておいて。

 だが、読めたぞ。コイツの狙いが。

 十七夜月の狙いは、ズバリ準決勝で俺と戦うことだ。

 彼女は、神無月の奴を今大会における最大の障害と見なしたのだろう。

 いずれ戦わないといけないにしても、準決勝ではなく決勝で戦いたい。

 そこで、十七夜月は俺に因縁をつけることで、準決勝で自分と当たるように誘導しているのだ。

 TV的に考えても、このようなイベントがあったのに十七夜月も俺も準決勝で敗退しました。お互い負けちゃったのでカードは北川君のものです、ではまるで面白くない。

 ならば、どうせ北川君は優勝できそうにないから準決勝で十七夜月と当てて少しでも盛り上がらせたい。

 そう考えるのではないだろうか。

 おそらく、十七夜月が鬼人のカードを選んだのも偶然ではない。俺が選ぶのじっと待っていたのだ。

 つまり。

 十七夜月は俺ならば簡単に勝てると思っているというわけで。

 それは俺のカードたちを雑魚だと思っているということであり。


「よし、じゃあそう言うことで」

「お、さすがッス。お互い頑張りましょう!」


 絶対泣かす。

 握手を交わしながら俺はそう決意したのだった。



【Tips】モンスターのランク

 モンスターはその初期戦闘力によって大まかにランク分けされている。また、ランクが高いほどスキルも凶悪化していく傾向にある。

 モンスターのランクはその土地や文化に強い影響を受け、同じ種族のモンスターであっても国によってランクが変わる。日本においては妖怪は強化されて出てくる。例えば座敷わらしは日本ではCランクだが、西洋諸国ではEランクモンスターである。

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