第19話 そんなに恨まれることした……?
『さあ第一回戦、六戦目。まずは選手の入場です!』
アナウンスに促され、ゲートを通ると眩しいほどのライトが俺を出迎えた。
ローマの円形闘技場を意識した内装は、いざ自分が立ってみると実に殺伐とした印象を受けた。土埃の臭いがそれに拍車をかける。
観覧席は、閲覧チケットの当たった観客たちで隙間なくうまっており、その中には見つけることはできなかったが俺の家族もいた。
俺の入場から数秒遅れて、南山が姿を現す。奴は、凄まじい形相で俺を睨みつけていた。
マジで南山が出てやがる。アイツ、そんなことおくびにも出さなかったくせに。
『次の二人はなんと、同じ高校に通うクラスメイト同士! 普段は机を並べて勉強する二人が、運命のいたずらにより戦いを強いられることとなってしまいました。解説の重野さんは、この二人の冒険者登録にも立ち会ったとか』
アナウンサーの声に、思わず実況席を見る。え、重野さん? あの人何やってんの?
『そうですね、二人のことは印象に残っていますよ』
『ほう、元自衛官でBランク迷宮の踏破実績もある重野さんの印象に残りましたか。それはどのような?』
『南山くんは堅実な、北川君は博打好きな印象を受けましたね』
『ほう、博打好きと申しますと?』
『うーん、詳しいことは言えないんですが、目標のためにならばすべてを投げ捨てることが出来る意思の強さを持っていると言った感じですね。この手のタイプは早々に消えるか、圧倒的速さで上り詰めるかの二択なので、よく覚えています』
『ほうほう、情報によれば南山くんは冒険者歴半年以上で一ツ星冒険者、一方で北川君は二か月程度にもかかわらずすでに二ツ星冒険者となっていますね』
『二か月で二ツ星はかなりの速さですね』
『対照的な二人がどのような戦いを見せるのか、楽しみです』
……個人情報駄々洩れだな、と苦笑する。さすがに、俺がいきなりパックを買うという博打を打ったことまではバラさなかったようだが。
しかし重野さんが元自衛官だったとは。まあ考えてみれば不思議ではない、か。
ギルドでは、元冒険者を積極的に採用していると聞く。引退した高ランク冒険者が、安定を求めてギルドの職員になってもなんら不思議はない。いくらお金を持っていても、日本は若い無職に厳しいからな。その点、公務員と言う肩書は安心感が違う。
不思議なのは、ここに重野さんが呼ばれていることだが……まあどうでもいいか。解説に元冒険者が呼ばれるのはいつものことだしな。
そんなことより、だ。このアナウンサー……なーにが運命のいたずらにより戦いを強いられることとなった、だ。思いっきり仕込んでるだろうが。一回戦でいきなり知り合いと当たるとか、どんな確率だよ。
だが、まぁいい。俺としても、心のどこかで南山と決着をつけたかったことは確かだ。
かつて、南山が俺たちに放った言葉は、今も心の中にしこりとして残っている。
ヤツも俺に思うところがあるようで、にらみ合う俺たちの緊張感は加速度的に高まっていった。
『それでは、試合開始!』
ベルが鳴ると同時に、俺たちはカードを呼び出した。
『両者同時に召喚! 北川選手はグーラーと、ザントマンに……おや、もう一体の姿が見えませんね』
『どうやらスキルで隠れているようですね』
『一方南山選手のモンスターは、ボアオークとハイコボルト二体のようです』
俺は南山の呼び出したモンスター、特に猪頭の獣人を見て小さく舌打ちした。
ちっ、増殖パーティーか。
ボアオークとハイコボルトは一定時間ごとに下位種族を呼び出す能力を持つ。以前戦った水虎と同じような能力で、一体一体の能力は落ちるが質を数で埋められるのが強みだ。
対処方法は二つ。相手の召喚限界が来るまで粘るか……速攻でケリをつけるか。
俺が選ぶのは、当然後者!
「お前ら、召喚だ!」
「ザントマン!」
命令は同時。敵側三枚のカードが召喚の遠吠えを上げる寸前に、ザンドマンの眠りの砂が周囲へと撒かれた。
Dランクカードのボアオークは一瞬だけ上体を揺らしたがレジスト。しかしEランクのハイコボルト二体は、グルリと白目を剥くとドサリと倒れ伏した。
「な、ハイコボルト!?」
『おーっと、南山選手の眷属召喚に対し北川選手の状態異常魔法が炸裂! ハイコボルト二体を眠りに落とした!』
『ザントマンの行動が早いですね。良く仕込んであるのか、何かのスキルか』
『しかしボアオークはレジストし、オークを一体呼び出したぞ。ハイコボルトたちも叩けば簡単に起きてしまう。さあどうする!』
アナウンスの声に、南山もそれに気づいたのか指示を出す。
「ハイコボルトをさっさと起こせ!」
それにボアオークと呼び出されたオークがハイコボルトを起こしに向かうが、あまりに遅い。
すでにイライザがオークたちへと迫っていた。
疾走の勢いそのままに、オークを蹴り飛ばす。弱体化した眷属オークでは、カンストしたグーラーの一撃に耐えられるはずもなく、血反吐をまき散らし一発で消滅した。
そのまま、ボアオークへと接近するイライザ。
『北川君のグーラーが一撃で召喚されたオークを蹴り殺した! 凄まじい威力!』
『おお、あのグーラーは良く仕込んでありますね。下級のアンデッドは育成が難しいのですが、これは見事です。ですが、ボアオークの方がグーラーより初期戦闘力は高い。どうなるか』
迫るイライザへと向けてボアオークが鉄製の斧を構えた。あの斧……持ち込みではないな。現れた時から持っていた。ならばボアオークの初期装備。つまり、特殊効果はない。
両者が間合いに入る。先に仕掛けたのは屈強な猪頭獣人。リーチの差を活かし、ゴウッと斧を振り下ろす。それに対し、金髪の美しい屍食鬼は滑るような動きで相手の懐へと入ると、その膝裏を押すようにして蹴った。ガクリ、と体勢を崩すボアオーク。そこへ、彼女は足を天まで振りあげて踵落とし。分厚い鼻へと叩き付けられた足刀は、勢いそのままにその巨体を地面へと叩き付けた。
一連の流れるような動きを見た会場の人々から「おおっ!」という歓声が漏れる。
『グーラー、戦闘力の勝る相手を華麗な技で撃破! 強い、そして美しい! 重野さん、わたくしグールを使う冒険者はあまり見たことがないのですが、これほどまでに強いカードなのですか?』
『いえ、グーラーはDランクカードの中でも最弱に近いカードです。初期戦闘力が低く、自我がないため複雑な動きもできません。しかし今のグーラーの動きは生身の人間と同等、いやそれ以上に滑らかなものでした。これは明らかにスキルによる補正。その上あの一連の技は明らかに仕込まれたもの。命令らしい命令もなかった! ここまで育成されたグールは見たことがありませんよ!』
『重野さん大絶賛! これは早くも決着がついたか? だがまだハイコボルト二体が残って、いや、待て! ハイコボルトの姿が消えている! 一体いつの間に!』
『あの黒い靄は……そうか、ナイトメア。おそらく、ハイコボルトが眠りにつくと同時に憑りついたのでしょう』
『北川選手の三体目のモンスターが見えないと思っていましたが、なるほど、ナイトメアだったのですね』
『ザントマンで速攻眠りに落す。グーラーで時間稼ぎをしているうちに、ハイコボルトをナイトメアが始末する。これが北川君の作戦だったのでしょう』
実況の解説を聞いた南山が俺を憎々し気に睨む。
「北川ぁ……!」
「…………………………」
それに対し、俺は無言で次の指示を出す。もはや勝負はついた。だがここで降参しろと言っても南山は聞かないだろう。
故に。
「イライザ」
俺の名前を呼ぶだけの短い指示に、彼女は的確に応えた。
脚で押さえつけていたボアオークから素早く離れ、南山へと向かう。
ボアオークが起き上がるよりも早く、一撃を叩き込んだ。
「ひっ……!」
頭を庇うようにしゃがむ南山の周囲に半透明の壁が現れる。選手全員に配られた、防御用の魔道具だ。一瞬の抵抗ののち、壁が木端微塵に砕かれた。
俺の、勝ちだ。
……正直、あのままボアオークをロストさせることもできた。だが、それはいくらなんでもやり過ぎだ。友人ではなくなったとしても南山はクラスメイト。カードを割るほど憎んではいない。ダイレクトアタックは、俺なりの慈悲だった。
『決——着! クラスメイト同士の戦いは、北川くんの勝利に終わりました! カードのランクはどちらもD、E、E。しかし終わってみれば北川君がスルスルと勝った印象でしたね』
『そうですね、やはり経験の差が大きかったというところでしょうか。北川君が見せたザントマン、ナイトメアのコンボは、Eランク迷宮を潜っているとたまに見るものなんです。Dランクカードを含むパーティーであっても壊滅する危険性がある組み合わせで、初心者には要注意な組み合わせです。キャリアは長くとも一ツ星冒険者の南山くんはそれを知らず、逆にキャリアは短いがEランク迷宮を知る北川君はそれを知っていた。それが勝敗を分けたというところでしょうね』
『なるほど、敗れてはしまいましたが、健闘した南山くんに拍手を!』
会場からまばらな拍手が送られる中、俺は俯く南山を見ていた。
正直、拍子抜けした……というのが俺の偽らざる思いだった。
対戦相手が南山だと知った時は衝撃が走った。俺よりも半年以上も早くやっているのだから俺以上にカードを使いこんでいてもおかしくない、と。
ベストメンバーで登録しなかったことを本気で後悔したし、ボアオークにハイコボルト二体という質より量のコンセプトで構成されたパーティーを見て、本気だなと焦った。
実際、パーティー全体に状態異常への耐性があったら結構ヤバかっただろう。状態異常を治す魔道具を使ってくるかも、と手元をずっと注視していた。
だが、勝ったのは俺だった。終わってみれば余裕の勝利。重野さんが言ったように、状態異常の怖さを南山が知らなかったのが、勝敗の決め手だった。
つまり、マスターとしての腕で俺は勝ったのだ。
もしこれが蓮華やユウキを加えた最強メンバーだったならば、俺はそうは思わなかっただろう。
カードも俺の力であることには変わりない。だが、どうしても心のどこかでランクの差で勝ったと思ったはずだ。
だが、俺は南山と同じD、E、Eの組み合わせで勝った。互角の条件で勝ったのだ。
結局のところ、冒険者としては俺の方が努力していたということなのだろう。
俺は冒険者となってから毎日迷宮に潜り続けた。南山は、クラスの奴らと毎日のように遊んでいた。迷宮に潜るのは、月に数回程度。それを俺はクラスでの会話やSNSでの投稿から知っていた。
この二十日間にしたって、南山は必死に足掻いている俺を見て馬鹿にするような眼をしていた。
それが、勝敗を分けた。
「…………クソ、クソ!」
南山は泣いていた。見下していた俺に負けたことが悔しかったのか。もっと努力すればよかったと後悔しているのか。あるいはその両方か。
どちらにせよ、俺には本当の気持ちはわからない。……もう、友達ではないから。
南山を少し尊敬していた。俺と同じモブキャラの素質しかなかったのに、リア充グループの仲間入りをしたコイツに敬意を抱いていた。
そしてそれ以上に嫉妬していた。
アイツにできるなら俺だって。それが原動力だった。
だが、今は違う。
もう嫉妬はしていない。俺の方が努力していたと実感できたから。
「……じゃあ、南山。また学校でな」
そう言って、背中を向ける。
「………………んな」
「……?」
微かに何か言われた気がして振り向いた。
その瞬間。
「ふざけんなぁぁぁ! お前みたいなモブキャラが! 俺を、よくも! 俺は! お前とは、お前らとは違うんだよ!」
「!?」
え、ちょ、なにごと!?
突然の発狂に、俺は本気でビビった。顔を鼻水と涎でくしゃくしゃにし、眼を血走らせ、歯をむき出しにし、妙に甲高い声でヒステリーを起こす南山の姿は、ある種迷宮のモンスター以上の恐怖があった。
「み、みなみや……」
「ボアオォォォォーク!」
「なっ!?」
南山の怒声に応えたボアオークが、体を跳ね起こし俺へと目がけて四つ足で突進する。
————ヤバ、い。
混乱した頭で途切れ途切れにそう思った瞬間。
一瞬で駆け付けた金色の影があった。
イライザだ。彼女が庇うのスキルで駆け付けてくれたのだ。
トゥンク……。俺の胸が高鳴る。こんなん惚れてまうやろ。さすが、我がパーティーの黄金の盾、困った時のイライザさんや!
少女漫画のヒロインのようにトロ顔になる俺を他所に、イライザさんは合理的に行動する。
彼女は俺を片手で押しのけつつ、突進するボアオークの頭を押すように蹴った。蹴り脚がグシャグシャになるほどの威力に、ベクトルを強引に捻じ曲げられたボアオークは、その頭部を地面へと深々と埋めた。
地面から頭を引っこ抜く前に、すかさずイライザさんの追撃が入る。無防備な背中へと抱き着き、首筋を噛み千切ったのだ。
血しぶきが上がる。のたうち回るボアオークの身体を押さえつけ、二度三度と首筋を噛み千切っていく。
ドキン! 俺の胸が高鳴る。今度はトキメキではない、ホラー映画的光景に対する恐怖の鼓動だ。時折現れるイライザさんのバイオレンスな一面には、いつまでたっても慣れない。
やがてボアオークの動きが弱っていき……フッと消えさった。
会場に静寂が落ちる。
イライザさんが顔を上げ、俺へと問いかけた。
「マスターご無事でしたか?」
「あ、ああ」
俺がなんとか頷いた瞬間。
『あ、な……! スタッフ! はやく取り押さえて!』
アナウンサーの焦った声と共に会場からざわめきが復活する。同時に、スタッフや警備員たちがやってきて、南山を取り押さえた。俺も、連れ去られるように保護される。
選手用通路まで引っ張られていくと、番組のスタッフたちに取り込まれた。
口々に俺を心配するようなことを言いつつも、明らかに俺以上にテンパっている彼らの顔を見て、俺はとんでもないことになったなとぼんやり思った。
……これ、大会続行できるのか?
【Tips】迷宮の踏破報酬
迷宮の踏破報酬は、ランクが上がるごとに一層当たりの値段は上がる。
・Aランク迷宮:踏破出来たら100億円。
・Bランク迷宮:階層×100万。
・Cランク迷宮:階層×10万。
・Dランク迷宮:階層×3万。
・Eランク迷宮:階層×2万。
・Fランク迷宮:階層×1万。
踏破報酬をメインの収入とするプロの冒険者を、グラディエーターと区別してプロフェッサーと呼ぶこともある。彼らはお金以上に迷宮という存在の謎に魅了され、それを解き明かさんとしている者が多いからだ。プロフェッサーと呼ばれるようになった所以は、実際に大学の客員教授をやっている者もいることから。
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