第16話 それを 売るなんて とんでもない!②
「あーん、もう疲れたー!」
十何戦目かの闘いを終え、インプが叫ぶ。それはみんなの内心の代弁でもあった。
「い、一体いつまで続くんだよ」
蓮華が荒い息のまま吐き捨てた言葉に、ユウキが答えた。
「さ、さぁ、主を倒すまで、ですかね」
こちらも息が荒い。むしろ、蓮華よりも体力の消費は大きいように見えた。
かく言う俺も、疲労困憊。足もガクガクだ。
水牢に囚われての戦いは、俺たちのように宙を飛べない面々の体力を削っていた。
「……今ので、何体目の河童だ?」
俺は、全く息を乱していないイライザへと問いかける。この時ばかりは、敵を喰らって回復できる彼女が羨まし……いや、やっぱあんまり羨ましくないな。
「イエス、マスター。45体です」
「そうか……」
イライザの答えに、インプがウンザリした様子でため息を吐いた。
「うはあ、本当にキリがない。ねぇ、マスターもう帰ろうよぉ。魔力もあとちょっとしか残ってないしぃ」
「何言ってんだ、ここまで来たらあと一歩だ。もうちょっと頑張ろうぜ」
「でもよ、このままじゃじわじわ削られて負けだぜ?」
「いや、河童の数はもうほとんど尽きてる。そろそろ敵の親玉が出てくるはずさ」
俺の言葉に、イライザ以外の三人が怪訝そうな顔をした。
「なんでそんなことがわかるんだよ。もしかして……敵の正体が分かったのか?」
「ああ、敵の正体は十中八九、水虎だ」
俺だって、ただカードたちの奮闘を眺めていたわけではない。指示を飛ばしつつも、ちゃんと敵の正体を探り続けていたのだ。
水虎は、女の子カードでもないにもかかわらず一千万円近い額で取引されるDランク最強クラスのカードだ。
とは言っても、戦闘力自体は河童よりも多少上な程度でDランク全体から見ても中の上と言ったところ。
水虎をDランク最強クラスに押し上げているその最大の理由は、『同ランクのモンスターである河童を、最大で48体呼び出せる』というスキル『河童の大親分』にある。
数に限りがあるとはいえ、自分と同ランクのモンスターを召喚できるカード。
まさしく反則的な能力だ。
とは言っても、さすがに元々の能力はこれほど出鱈目なものではない。
呼び出される河童は幻影のようなもので、大体一戦闘ほどの時間で消えてしまう。戦闘力も本来の河童よりも落ち、48体のストックを使い切ればその日はもう使うことが出来ない。
おそらく、ここの水虎は河童を呼び出す能力を迷宮によって強化されているのだろう。
それが、Dランクモンスターが次々と湧いてくる絡繰りのタネだった。
「ヘッ、ってことはだ。後は数体の河童を倒せば糞野郎をぶちのめせるってわけだ」
「それは元気が湧いてくる話ですね」
「マスターって博識……カッコイイ」
蓮華とユウキが笑みを浮かべ、インプが俺に尊敬の眼差しを送る。
「ふふふ」
俺は意味深に笑いながら、そっとスマホを隠した。
ごめん、アプリで調べただけなんだ。
「マスター、噂をすれば親玉がしびれを切らしてやってきたみたいですよ」
「へぇ、最後まで眷属を嗾けてくるかと思ってたのに」
俺がそう言うと、蓮華が嘲笑を浮かべて言った。
「そりゃそうだろ。これ以上手下がいなくなったら一人で戦わなきゃいけないじゃねぇか。こんなねちっこい戦術を取る奴にそんな度胸がある訳ねぇだろ」
「なるほどね」
そんな俺たちの会話が聞こえたのか。
通路の奥から肉食獣のような咆哮と共に水虎と河童たちが現れた。
河童たちが成人男性並みの体格なのに対し、水虎は2メートルを超える体格とボディビルダーのような鍛えられた筋肉を持っていた。
敵の姿を見た瞬間、インプと蓮華が同時に叫ぶ。
『衰弱!』
友情連携のスキルにより、拡大強化された衰弱の魔法が敵全体へと振り注ぐ。
さらに続けてもう一度。今度は水虎単体に対してだ。
「よし、全員通った! あのデカブツには特に強力なのをくれてやったぜ」
「よくやった!」
……とは言っても、体力を消費しているのはこちらも同じだからな。消耗が同じくらいになるまで2、3分はかかるか?
敵も、時間経過が自分たちの不利になることを理解したようで、一気にギアを上げて襲い掛かってくる。
どれを迎え撃とうと両サイドから立ちふさがったイライザとユウキの脇を抜け、二体の河童がこちらへと向かってきた。水中からの視線が俺を射抜く。
————俺狙いか!
イライザは水虎を、ユウキは河童Aの相手をしておりこちらへは手が回らない。
ザブザブと水を掻き分け後ろへと後退するが、水中を自在に泳ぐ奴らに比べてあまりに遅い。
脚が空を切る感覚。疲れ切った足では体重を支え切れず尻餅をつく。
致命的な隙。力を振り絞るように加速した河童たちが急速にこちらに迫り————停止。
一拍遅れ、青い血煙が水中を漂い始める。
ニヤリと笑う。
馬鹿どもが事前に張り巡らせておいたワイヤートラップに引っかかったのだ。
そこへ、蓮華たちの連携状態異常魔法が襲い掛かる。麻痺の魔法。体を硬直させ、身動き取れなくなった河童を、一体ずつ始末していく。
これで、まずは二体。
伊達に45体もの河童と連戦したわけではない。すでに俺たちの間には河童駆除のノウハウがある程度確立されていた。
河童共はよほどこの水のフィールドでの機動戦に自信があるのか、複数で襲い掛かってきたときは必ずと言っていいほど俺へのダイレクトアタックを狙ってきやがる。
最初は面喰ったその奇襲も、来るとわかっていればむしろ飛んで火にいる夏の虫。おかげですっかり無様に後退する振りが上手くなってしまった。
一方で、敵は未だにこちらの情報を一切持っていない。襲い掛かる敵をすべて皆殺しにし続けた甲斐があったというものだ。
さて、残りは水虎と河童のみ。イライザは……苦戦しているか。
Dランク下位の彼女と、主として強化されたDランク最上位の水虎では、さすがに後者に分があった。それでも、頭だけは庇い必死に食らいついている。
が、一方でユウキは河童を見事に封殺していた。時間経過とともに動きに精彩の無くなってきた河童を、少しずつ削り取っていく。そこへ、蓮華の光弾が加わり、最後の河童も脱落した。
これで残りは主だけ……。
だが、ここで焦ったりはしない。時間は俺たちの味方だ。
ユウキが加勢したことで、イライザと水虎との闘いは膠着状態に落ち着く。そこへ、蓮華たちが麻痺の状態異常魔法を掛けていく。
主の状態異常耐性補正と麻痺が状態異常魔法の中では重い方であることも手伝って、なかなか通らない。
が、焦らず二度、三度と重ねて駆けていく。そして四回目。ついに麻痺が通った。
体を硬直させる水虎。そこを、全員で袋叩きにしていく。それで、ようやく戦いは終わった。
水が、潮が引くように消えていく。
あとには、水虎の落とした魔石と、ガッカリ箱が残された。
『お、終わった〜』
みんなのため息交じりの声が重なった。
なにこれ、クッソ疲れたんだけど! これがEランク迷宮? は!? いきなり難易度上がり過ぎだろ!
そりゃ新人の半数以上がEランクで躓くわけだわ。
ただ一つ言えるのは、この迷宮はEランクの中でも間違いなく難しい方だということだ。
Dランク最上位の水虎が、眷属召喚能力を強化されて出てくるとか……Dランクカード一枚を主力としている平均的一ツ星冒険者では、間違いなく踏破は無理だ。
引き際を間違えたら、普通にカードをロスト……というか死んでもおかしくないだろう。
別に、ギルドがわざとそういう主が出る迷宮を選んでるとかそう言うわけじゃない。
この手のスタンダードなタイプの迷宮は、属性がないため出てくるモンスターが完全なランダムなのだ。それは主も同じこと。
だがそれでDランク最強クラスの水虎が出てくるとか……やっぱ俺って運が悪いのか?
水虎もカードを落とさなかったしな!
いやまぁ、Dランクカードのドロップ率って1%だから落ちないのが普通っちゃ普通なんだけどさ。
それでもこれだけ苦労すると見返りが欲しくなるというのが人情というもので。
あ、そうだ、見返りと言えば……。
「忘れてた。ガッカリ箱を開けないとな」
重い腰を上げてガッカリ箱に向かうと、思い思いの格好でだらけていたカードたちも集まってきた。
どれだけ疲れていても、やっぱこの瞬間だけは疲れを忘れる。
「よし開けるぞ」
そう一声かけて箱を開ける。踏破報酬の箱には罠がないので、安心して開けることができた。
中に入っていたのは魔石と……液体の入った試験管だった。
おい、この流れ前も見たぞ……。こんだけ苦労してまたポーションかよぉ〜。
しかもこれ、何か青白く発光していてちょっと口に入れるには抵抗ある色合いをしている。飲んだら被曝しそうな予感がしてくるというか。
もしかして、これ大ハズレなんじゃ……。
そう俺が内心で落ち込んでいた時、ふらふらとビンに手を伸ばす影があった。
「……蓮華?」
「!」
ハッとした様子で我に返る蓮華。
「どうした? なんか様子おかしかったぞ」
「あ、ああ……いや、なんでも、ない」
そう言いながら、彼女の眼はポーションにくぎ付けだった。
一応他の面々の様子を窺うも、特に変わった様子もない。蓮華を怪訝な顔で見ている。
「もしかして、これが何か知ってるのか?」
なんとなく問いかけると、蓮華は珍しく目を泳がせ、自信なさげに答えた。
「……たぶんだけどアムリタ、だと思う」
『アムリタ!?』
アムリタとは、インド神話に登場する不老不死の薬である。
無論、これはお話のアムリタとは違い不老不死の効果はないが、若返りの効能と瀕死の状態からでも全治する治癒の力があった。
治癒の力だけでもポーションとして最高級とわかるが、人々を熱狂させたのは若返りの能力の方だ。
一瓶につき一歳。それがアムリタの若返り効果。たかが一歳、されど一歳。権力者が追い求めるには十分な価値がある。
なんせ、一年に一本飲めば永遠に生きていられるのだから。
それ故に、アムリタは馬鹿みたいな値段でやり取りされている。
ギルドにも、一本一億円で買い取りますとデカデカと書かれてあった。
あくまで買取価格でそれだ。実際に市場に回った時、いくらで取引されているか……想像もつかない。
金があれば手に入れられるものでもないらしく、直接取引ならその何倍もの値で買い取ってくれるだろう。
……もっとも、ちゃんとお金を支払わせる力がその当人にあるならば、だが。
しかし、とんでもないものを手に入れてしまった。
いや、まだこれが本物のアムリタと決まったわけではないだろうが、こうしてみれば何とも神秘的な色合いをしているではないか。まるで地球という星をそのまま液体にしたかのような神々しさだ。
ど、どうしよう。すぐにでも売った方がいいかな? そうすれば一気に億万長者だ。カードの戦力強化も一気に進む。
あるいはとっておくか? いつ死ぬかもわからない冒険をしているわけだし、万が一のためにとっておくというのは全然ありだ。家族になんかあった時のためのお守りというのもいいだろう。
いや、しかしもし俺がアムリタを持ってるのがばれたら殺してでも奪おうとしてくる奴らが出てくるんじゃ……。やっぱり売った方が……。
そんなことを考えていると、蓮華がじっと俺を見ていることに気づいた。
いや、見ているのは俺ではなくアムリタだ。
そこでようやく、なぜ彼女がこんなにもアムリタに執着しているのか、そしてこれをアムリタと見抜けたのかという疑問が湧いてきた。
「なあ蓮華……なんでこれがアムリタと思ったんだ?」
「え? いや、なんでかわからないけどこれを見た瞬間頭にアムリタって湧いてきたんだよ」
「ふむ……」
蓮華……いや座敷童とアムリタは関係があるのか? いや、そんな逸話は聞いたことがない。
いっそ蓮華にアムリタを飲ませてみれば謎が解けるかもしれないが、そのために一億を棒に振るつもりはさすがにない。
が、気になる。すごく気になる。
やっぱこれは取っておくことにしよう。本当にアムリタかわからないし、もしそうだったとして急に億の金が入るのは……ちょっと怖い。
売るのはいつでもできるわけだし、それまでは頑丈なケースの中に保管しておくことにしよう。
俺はそう決断すると、迷宮を後にしたのだった。
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