第16話 それを 売るなんて とんでもない!
それから程なくして、俺たちは最終階層への階段を発見した。
地図アプリを見てみれば、スタート地点からここまでそう離れているわけではない。あれほど時間をかけて探した階段が案外近かったことに脱力する反面、インプがいなければ未だ迷宮を彷徨っていたとも思い直す。
気を引き締めて階下に降りると、生臭い水の香りがまず鼻を衝いた。淀んだ川の香り……。
まさかまたイレギュラーエンカウントか! と後ろを見るも階段は存在している。そもそも風景自体はこれまでの石造りの回廊と変わっていない。
杞憂だったか……と胸を撫でおろして先に進む。
道は極めて緩やかな下り坂となっており、徐々に足元を水が浸食してきた。
靴裏、足首、ふくらはぎと水はどんどん深くなっていき、膝を超えると動くのも一苦労になってきた。
見かねたユウキが提案してくる。
「マスター、ボクの背中に乗ってください」
「おお……いや、でも戦闘になったら困るしな」
「すぐ下りれば大丈夫ですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺はそう言ってユウキの背に跨る。
牛並みの体躯を持つユウキの上は、思いのほか高く、ちょっとだけ怖かった。
しかしもこもこで柔らかい尻尾が俺をシートベルトのように包み込むと、その不安もすぐに消え去った。
……なにこれ、至福の感触。今度からユウキに乗って探索させてもらおうかな?
移動に苦労しなくなると、ここの主について考える余裕が生まれてきた。
まず敵のタイプについてだが、これは水棲系モンスターで間違いないだろう。迷宮のバックアップを受けてフィールドを作り替えているのだ。
Eランク迷宮の主ならば敵は当然Dランクモンスター。Dランクで水棲系となると、何がいただろうか。
水辺と聞いてパッと浮かんでくるのは、カエル、魚、蛇などか。カエルや魚のモンスターって何がいたっけか……。あと、スライムも水棲系ではあるよな。コイツはどこにでも出るけど。ミズチとかの水棲系サーペントも候補に入るな。あとリザードマンも水陸両用ではあるか。
頭の中で敵の候補を上げているうちにも水はどんどん深くなっている。水位はすでにイライザの股下辺りまで来ていた。
このまま先に進んだら完全に水没したりしないよな? そうなったら俺たちに踏破は無理だぞ。
そんなことを考えていると、ピクリと耳を動かしたユウキが鋭く警告した。
「マスター、敵が迫ってきています!」
「ッ!」
ユウキの言葉に一斉に戦闘態勢を取る仲間たち。俺も地面に降りてユウキをフリーにする。
……マズいな。予想以上に動きにくい。これは、ユウキとイライザはろくに戦えないんじゃないか? 撤退も視野に入れるべきだろう。いや、むしろもう引いた方が……。
そんな風にわずかに躊躇した数秒で、敵はすでに俺たちへと迫っていた。
「敵の姿を視認しました」
イライザの声に前を凝視する。
すると、凄まじい速度でこちらへと接近してくる亀の甲羅が見えた。
……敵は亀か?
そう思った次の瞬間、水面から勢いよく飛び上がった敵影がイライザへと襲い掛かった!
勢いそのままに押し倒そうとしてくる敵に対し、冷静沈着な我がグーラーは腕を素早く掴み己の力を加えて壁へと投げつける。
それに対し敵は意外なまでの身軽さを発揮し、くるりと身体を回転させると足から壁に着地。そのまま水へと再び潜水した。
すい〜、と離れていく亀の甲羅を見ながら、俺はわずかに垣間見えた敵の姿を脳裏に再生した。
体格は成人男性なみ。肌は暗緑色で、手には鋭いカギ爪と水掻き。頭部には毛髪が生えていたが頭頂部は陶器のような質感で、一見すると禿げているようにも見えた。
……間違いない。日本人ならこの敵を見誤ることはないだろう。敵は、河童だ。
参ったなDランクの中でも結構強いモンスターじゃねぇか。泳ぎは達者で、力も有り、背中の甲羅は防御が硬く、相撲も得意な技巧派でもある。
陸上では長時間活動できないという欠点がある為あまり人気はないが、一方でこうした水のフィールドではランク以上の力を発揮するモンスターだ。
それが、水棲系などの環境依存型の強みであり弱みだった。
どうするか。主の正体が水棲系だった以上、ここは引いても良い所だ。試験会場はここだけではない。一月待てば、次の迷宮を紹介してもらえる。
今回手に入れた宝石を売って、こちらもDランクの水棲モンスターを買うという手もあるだろう。
俺の気持ちが撤退に傾いたその時、蓮華が言った。
「……おい、なにボサっとしてんだ? さっさと追撃しようぜ。今なら弱ってるだろうからよ」
「なんだって?」
「おいおい、もう忘れたのかよ。さっきアタシが手に入れたスキルはなんだった?」
「! まさか……状態異常が通ったのか?」
「ああ、だから奴は慌てて逃げたのさ」
「ちょっと一人だけの手柄みたいに言わないで! マスター、私も協力したんだから!」
「ヘイヘイ」
「状態異常の種類は?」
俺の問いかけに二人はニヤリと笑う。
『衰弱』
「よし、でかした。すぐ追撃をかけるぞ!」
イライザをカードに戻しユウキの背に跨る。この水のフィールドではイライザはカードに戻した方が早い。
ユウキは中途半端に浅いこの水の中を、床を蹴るようにして泳ぐことで素早く移動していく。
移動すること一分ほど。荒い息を吐き壁にもたれかかる河童の姿を見つけた。すばやくイライザを呼び戻す。
衰弱は、体力を急激に削る状態異常だ。毒のように命を蝕むものではないが、ただでさえ体力の消耗が大きい戦闘中に、さらに体力を奪われるというのは毒にも等しい効果だ。
特に今回はスキル連携により、蓮華の状態異常魔法をインプの妖精悪魔の補正により強化してある。さぞや辛かろう。
こちらに気づいた河童は、先ほど同様に水中からの強襲をかけてきたがその動きは見る影もなく精彩を欠いたものだった。
イライザが、しっかりと両腕を掴んで拘束する。河童はそれに噛みつきで対抗しようとするが、そこにユウキの爪が襲い掛かった。
河童の頭の皿は、簡単に割れるほど脆いものではないが同ランクのモンスターの一撃を耐えられるほどのものではない。
頭の皿ごとかち割られた河童は脳漿をぶちまけ、やがて姿を消した。
「やったー! 勝ったぁ!」
インプが喜びの声を上げる。
……勝った、か。これで俺も二ツ星——いや待て、おかしい。
ハッと周囲を見渡す。俺の予想を裏付けるように、三枚のカードたちは顔を引き締めている。
俺の目線を受けた蓮華がコクリと頷く。
「ガッカリ箱が現れない。まだ終わりじゃないようだぜ」
「え? なに?」
何のことかわかっていない様子のインプに、俺は簡単に説明してやった。
「コイツは主じゃなくて眷属だったってことだ」
だが、どういう絡繰りだ?
普通、眷属として呼び出せるのは下位のモンスター。ここでならEランクのモンスターが限度のはず。それがなぜDランクの眷属を呼び出せる?
俺は必死に頭を巡らすが、敵はそんな余裕を俺たちに与えてくれないようだった。
「マスター、敵の気配が近づいて来てます! 数は……六体です!」
「マジかよ、糞」
小さく毒づき、指示を飛ばす。
「イライザとユウキはまず敵の足止めをしてくれ。蓮華とインプは全員に衰弱をかけろ。全員に掛かったらインプはスリップで援護、蓮華は魔法攻撃で攻撃に参加だ」
『了解!』
全員がそう返すのと同時、バシャッと言う水音が前方から聞こえてきた。
そこに居たのは、六体の河童たち。
……おい、インチキも大概にしろよ?
俺は激戦の予感に顔を引き攣らせたのだった。
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