第16話 それを 売るなんて とんでもない!③
突然だが、最近Twitterを始めた。
いや、Twitter自体は前から当然やっている。そうでなきゃ、学校で話題についていけなくなるからだ。クラスメイト用のオフィシャルな奴と、趣味用のプライベート奴の二つを持っていた。
そこに、この度冒険者用のアカウントを始めたのだ。
理由は特にない。
強いて言うなら、クラスメイトの奴らにカードを自慢できなかったフラストレーションをどこか発散したかったと言ったところか。
女の子カードというだけでフラフラと寄ってくる羽虫どものおかげで、開始二週間でフォロワーはあっという間に1000を超えた。ここから一万の大台をいかに超えるかが腕の見せ所といったところか。
これまでは、三人娘の冒険中の何気ない風景を撮ったり、蓮華の食った菓子のレビューをしたり、イライザの演奏動画——むろんハーメルンの笛ではない笛で——を載せてきた。
あざとい可愛さやお色気、収入に関する情報は極力排除するよう努力している。
変な客層や要求が増えるからな。
反応が良いのは、蓮華の歯に衣着せぬお菓子のレビューだ。
若干ヤンキー入っている座敷童というギャップと、意外に鋭く的確な感想が若い女性を中心にウケているようだった。
逆に男性層に人気なのはイライザの演奏風景で、自我がないとされるグーラーにここまで仕込んだことを称賛するコメントが多い。
コメントの中には同業者からと思われるものも多く、中にはうちのカードを売ってくれという者もいた。まぁこれは名前をつけていることを公開したら無くなったが。
今回の投稿は新しく入った仲間……インプについてだ。
笑顔の一枚と共に簡単な性格についても載せる。
蓮華とのお菓子を巡る喧嘩やその後の仲直りエピソードについても、攻略情報に触れないよう簡略化して書いた。
投稿したばかりだが、反応は上々だ。
そうしてコメントに返信して時間を潰していると、自分が呼ばれていることに気づいた。
昨日晴れてEランク迷宮を踏破した俺は、学校帰りにライセンスの更新に来ていたのだ。
「番号札67番の方。北川さん、いらっしゃいませんか?」
「あ、はーい」
慌てて受付へと向かう。俺の顔を見た女性職員が、にっこりと笑う。
「大変お待たせしました。おめでとうございます、こちらが二ツ星ライセンスになります」
「ありがとうございます!」
頭を下げ、ライセンスを受け取る。
簡素な白地の一ツ星ライセンスと異なり、二ツ星ライセンスはブロンズカラーの少し高級感あふれるものへと交換されていた。
表面には、大きく星二つと俺の顔写真、氏名、住所、登録した場所が記載されている。
裏面には、俺の実績が載っており各ランクの迷宮の踏破実績と賞金首の討伐実績が書かれていた。
俺の場合は、【☆ハーメルンの笛吹き男(F)】と書かれている。Fランクの迷宮でハーメルンの笛吹き男を倒しましたよ、という意味だ。
ライセンスは、身分証としても使えレンタルビデオ店の会員カードだって作れる。
銀行の通帳を登録することで、換金した魔石や賞金なども振り込んでもらえるうえ、ギルドでの買い物はこのカード一枚で済ますこともできた。
カードを胸ポケットにしまい、その場を後にする。
……ふふふ、これで俺も二ツ星冒険者か。セミプロと言われる冒険者まであと一歩。そしたら大手を振ってクラスの奴らにも自慢が出来るだろう。
いや、二ツ星の段階でも十分自慢できるか? 高校生で二ツ星なんてほとんどいないだろうしな。今回の収入だって、宝石を抜いても踏破報酬で三十万、魔石の換金で五万と三十五万も稼いでいる。これに、道中で得たFランクカード数十枚とEランクカード十数枚、ガッカリ箱から出た魔道具も入れればさらに金額は上がる。
偶然の産物だったカーバンクルと、本物かどうかはわからないアムリタ(仮)を抜いてこの収入だ。そんじょそこらのサラリーマン以上の月収を、一発で稼いだ形になる。
こんな額を一発で稼げる高校生が他にいるか? これを言えば、クラスのみんなも俺を憧れの眼で……いや、やっぱ駄目だな。
収入でのアピールは、嫉妬を招く。たかってきたり、足を引っ張ろうとしてくる奴も出てくるだろう。
人から評価されるには、収入ではなく実力や名誉で選ばれなくてはならない。
ギャンブル染みたFX取引で数億稼ぐのと、金メダリストがCMで数億稼ぐのでは全くイメージが異なる。
やはり、三ツ星だ。収入ではなく、三ツ星という箔が俺には必要だ。
そんなことを考えていたからだろうか。
エレベーターから出てきたその人物に、俺は気づくことが出来なかった。
「——あれ? ……もしかしてきたじ、じゃなくて北川君やない?」
「!?」
ギョっとしてそちらを見ると、そこには柔和な笑みを浮かべた小野が立っていた。
「いや奇遇やな〜。どうしたんこんなところで。ここはギルド、市役所は違う階やで」
「あ、ああ……」
ヤバイ。こんなところで小野に出会うとは。なぜ? コイツはいつも南山と立川の方に行っているんじゃなかったのか。もしかして南山も来てるのか? しまった、八王子ではなくもっと遠いところにすべきだった。考えてみりゃ、立川と八王子じゃ近すぎる。最寄り駅がここだからとか言ってないで、三ツ星になるまではもっと離れたところにすべきだった。いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。小野の質問に答えないと。
「あれ、もしかして自分も冒険者になりに来たん?」
小野が笑いながら言う。いや、眼が笑っていない。
俺のあからさまに動揺した様子を見て、何かに感づいている。今からでもフォローできるか? 冒険者ってどんなもんか気になってちょっと寄ってみたんだよ。……駄目だ、言い訳としても苦し過ぎる。それに、下手に誤魔化したら、カミングアウトの時どう影響するか。とりあえず、俺は今日冒険者になりに来たわけじゃあない。これは本当だ。首を振り、言葉少なに答えた。
「いや」
「あ、もしかして、自分も冒険者なん? へぇ、一体いつから!」
バレた! 小野の口調は断定的だった。カマかけですらない。俺の態度から、完全に冒険者になっていることを確信している。もはや、誤魔化せない。浮かべた笑みは、自分でもわかるほど引き攣っていた。
「ちょっと前から、かな」
「なんや、それならそうと言ってくれればよかったんに。他に誰かこのこと知ってるんか?」
探りを入れられている? いや、自分だけが知らない可能性が不安なのか? もし他のリア充グループが知っていたら、小野だけが情報操作されていることになる。小野も、リア充グループの地位を維持するのに必死なのか? そう言えば、コイツはなぜ急に冒険者になったんだ? 単に南山に影響されたものとばかり思っていたが。
「いや、皆には言ってない」
「……へぇ、じゃあ僕だけなんか」
「!!!」
背筋が総毛立った。一瞬、本当に一瞬だが、小野が酷薄な笑みを浮かべた気がしたのだ。
「そうかそうか、北島君も冒険者やったんか、これからよろしゅうな」
そう言って踵を返す小野に、俺は反射的に問いかけた。
「小野は、どうして今日ここ?」
「ん〜?」
小野は振り向かずに答えた。
「なんとなく、なんとなくや。でも、来て良かったわ」
「………………………………」
俺は、去っていく小野の姿に嫌な予感を感じずにはいられなかった。
【Tips】アムリタ
ポーションの中には、傷や病を癒すだけではなく若返りや長寿をもたらすモノも存在している。アムリタのその一つで、死んでさえいなければ脳みそだけの状態からでも五体満足に治してくれる治癒の力と、一歳ほどだが若返りの力を持つ。
似たようなものとして、万病を癒し寿命を十年長くしてくれるエリクサー、最高の美酒であり呑めば十年年を取らないソーマ酒、不老長寿となる仙丹などが存在する。
かつて仙丹が発見されその効果が鑑定された際、オークションに出され十兆円の値が付いた。落札したのはアメリカの大富豪だったが、その日の内に暗殺され仙丹は何者かに奪われた。また、仙丹を発見した冒険者も幸福にはならなかった。
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