第3話 例えるなら目の前で電車のドアが閉じたような気分
「フンフ〜、フンフフン〜♪」
翌日、俺は鼻歌交じりで学校へと向かっていた。
制服の内ポケットには、冒険者ライセンスと数枚のモンスターカードを忍ばせてある。
そのうちの一枚は、もちろん昨日手に入れたばかりの座敷童ちゃんだ。
「……ふふ」
思わず小さな笑みが零れる。
みんなこれを見たらどんな反応をするだろうか。
Cランクカード、それも相場の数倍はする女の子カードだ。
間違いなく学生で持っているものはまずいないといっていいレアカード。
それを見せびらかした時のみんなの顔を想像すると……どうにも顔がにやけるのを我慢出来なかった。
「おーっす。マロ、今日は早いじゃん」
後ろから俺の肩を叩かれ振り向くと、そこには見慣れた友人の顔があった。
「おお、東野! おはよう!」
「おう、な、なんか朝からテンション高いな。なんかあった?」
「そうか? 別にいつも通りだと思うけど」
そう惚ける俺だったが、やはり顔のにやつきは止まらない。
「んだよ、ニヤニヤして。いつも以上にキモいぞ」
「うるせぇよ」
ポカリと軽く肩を殴る。
てかいつも以上ってどういうこと? 言外にいつもキモいって言ってない?
「なんだよ、なにがあったん? 教えてくれよ、友達だろ?」
「ん〜」
そう言って肘で突いてくる東野に、俺は昨日のことを一足先に教えるかどうか一瞬迷った。
この先俺が冒険者でレアカード持ちであることを明かしたら、おのずとクラス内での俺の扱いも変わってくるだろう。
というか、クラスカーストで上位になるために頑張ってきたのだから変わってもらわなくては困る。
問題は、その時これまでの友人関係がどうなるかだ。
南山は、スクールカーストの成り上がりに合わせて俺たちを切り捨てた。
それは奴が真正の屑野郎であるから仕方ないが、俺はできればリア充グループの仲間入りをしつつも、東野たちとの友人関係もキープしておきたかった。
やはり友人というのは簡単に切り捨てることが出来るもんじゃあないと思うし、なにより東野たちとは気も合う。学校では皆に一目置かれつつ、放課後や休日は今まで通り東野たちとも遊ぶというのが理想の展開だった。
となると、東野たちにはあらかじめ冒険者であることをカミングアウトしておいた方がいいかもしれない。
よし。
「実は————」
「おーう! おはよう」
「おっ! 西田。登校中に三人揃うのって珍しいな」
「アタシ達、運命の糸で結ばれてるのよ、きっと」
「俺の運命の相手はお前らじゃなくてまだ見ぬ素敵なお姉さんだから」
「ヘッ(嘲笑)。おっと、マロもおはよ」
「お、おお……おはよう」
「ん? そういやさっきなんか言いかけてた?」
「い、いやなんでも……」
「そうか?」
西田の登場に出端をくじかれた俺は、思わず誤魔化してしまった。
う、こうなるとなんでか言い辛くなるんだよな。
そのまま言い出すタイミングを窺っていた俺だったが、西田が昨日プレイしたギャルゲーの話を聞いているうちに教室へと着いてしまい、結局冒険者になったことをカミングアウトすることはできなかった。
うーん、今日中になんとか二人に話を通しておくことはできるか? 最悪出来なかったら明日に延期するのもアリ、か?
「お?」
そんなことを考えていると、ふいに東野が立ち止まった。
「どうした急に立ち止まって。早く中入れよ」
急に止まったせいで東野にぶつかった西田が、教室へ入るようにうながす。
「いや、なんか中が騒がしくて」
ん? なんかあったのか?
東野の肩越しに中を覗くと、クラスの半数以上に囲まれた一人の男子生徒の姿があった。
少し低めの背丈に、不快感を与えない程度のぽっちゃり体型、天パー気味の黒髪……カーストトップグループの小野だ。
みんなに囲まれた小野は、心なしいつもよりテンション高めに見えた。
またいつものように身内しかわからない冗談を飛ばしてるのだろうか。あいつのお笑い、俺らみたいなのを弄ってくるから微妙に嫌なんだよな。
「なに、小野?」
「また身内にしか受けないコントでもやってんのか?」
「あいつのお笑いって俺らみたいなのを弄ってとってくるから微妙に嫌なんだよな」
東野と西田が小野を見てこそこそと言い合っている。俺の考えていたことをまんま言っていてちょっとほっこりした。
「とりあえず中入ろうぜ」
「おう」
二人をうながして教室に入る。クラスの連中は俺らが入ってきたことも気づかず、小野の話に夢中のようだった。
と、その時だった。俺の耳に信じられない言葉が飛び込んできたのは……。
「————しっかしこれで小野も冒険者か〜。一クラスで二人も冒険者いるのなんてうちくらいだぜ」
……なん、だと?
俺は思わず立ち止まり、小野を凝視した。
「いやぁ、冒険者言うても駆け出しの一ツ星やけどな。カードもしょぼいし」
「いやいやいや、冒険者ってだけで凄いって。しかも自分でバイトして金貯めたんだろ? マジですげぇわ」
「もう迷宮にはいったの?」
「いやまだ。今日南山君といっしょに行く予定なんすわ。いやぁ、やっぱ顔見知りが先輩やと心強いわ〜」
「俺も友達が同業になってくれてめっちゃテンション上がってるわ!」
ワイワイと盛り上がる彼らを、俺は呆然と見ることしかできなかった。
……………………………………や、やられた! 先を越された!
ど、どうする? 俺もあそこに飛び込んでいって冒険者になったことを明かすか?
いや、駄目だ。あそこはもう完全に小野のお披露目の場になってる。そこに飛び込んでいってもリア充グループの仲間入りはできない。むしろ空気読めない奴のレッテルを張られるだけだろう。
では一旦時間をおいて俺もカミングアウトするか? ……いや、それももはやインパクトが薄い。
二匹目の泥鰌とか二番煎じが許されるのは、文字通り二番目までだ。三番目四番目は、もはや有象無象の後追いに過ぎない。
実のところ二番目すらも怪しいが、それは一番目にない武器があれば許される。俺がCランクカードか女の子カードに拘ったのはそのためだ。ただ冒険者になるだけでは自慢にならない。それが許されるのは先駆者である一人目だけ。小野の場合は元からリア充グループだったというのが大きい。
もちろん、今でも座敷童のカードは十分なインパクトを与えられるだろう。Cランクカードで女の子カードというのはそれだけの価値がある。
しかし、それをプラスの印象に持っていくのが難しい……。
突然割り込んできた俺を小野は面白く思わないだろうし、南山も小野の側につくだろう。
——ふぅん、北川君も冒険者になったんだ。しかもレアカード持ってるんだ、すごいね。で、今はボクが話してるんやけど。
おそらく、こんな感じになるんじゃないだろうか。そしてクラス連中も他の者たちを出し抜いて成り上がろうとした俺を徹底してこき下ろすに違いない。
バイトして頑張って冒険者になった小野君が話してるところに強引に入ってきて、高額カードを見せびらかしてきた成金の北川君……てな感じのレッテルを張られる可能性がある。
となると、どうあってもこの場での発表は下策。だが、後日ライセンスとレアカードを見せびらかしたところでインパクトは薄く、クラスカースト上位に食い込むことはできないだろう。
ではどうすればいいか。武器だ。更なる武器が必要だ。冒険者ライセンスとレアカードだけじゃない、さらなる武器が……。
……だが、どうする。どうすれば奴らと差別化して個性を持つことが出来る?
「んだよ、小野の奴も冒険者になったのかよ」
「うちの学校に冒険者ブームとか来たりしないだろうな。そんな金ねぇぞ」
「つか冒険者って言ってもどうせ駆け出しだろ? モンコロにも出れない三ツ星未満とか……ねえ?」
「確かに、一ツ星とか金だけでなりました感強いわ」
ッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
その時、俺の背筋に電流が走った。
それだ! それしかない!
教室の隅っこでコソコソと小野達にケチをつける東野たちの会話を聞いた時、俺は閃いた。
南山も小野も所詮三ツ星にもなっていないアマチュアクラスだ。
冒険者はライセンスにつけられた星の数によって六段階にクラス分けされており、四つ星からプロと見なされる。
一ツ星と二ツ星は完全にアマチュア扱いだが、三ツ星ともなるとセミプロ扱いでモンコロ——モンスターコロシアムに出ることもできる。
モンコロに出れるということはつまり、TVに出れるということだ。
TVに出れるくらいの実力者ともなると、それはもはや他の学生とは一線を画す存在と言って良い。
そのネームバリューは、校内においてはちょっとした芸能人にも匹敵するだろう。
これだ……。学生でありながら数千万円のレアカードを持ち尚且つTVに出れるくらいの実力派。この路線で行くしかない。
本当は、冒険者になった後は適当に迷宮に潜る程度で割の良いバイトをするぐらいの気持ちだった。
俺にとって冒険者とはなるまでが重要なのであって、なってからはどうでもよかったのだから。
しかしこうなっては仕方ない。なんとしても三ツ星冒険者になる。できれば来年のクラス替えの前までに。
俺は小野達を……いや、その傍らで笑みを浮かべる彼女を見ながら、そう決意するのだった。
【Tips】冒険者
迷宮の登場により新しく生まれた職業の一つ。初期投資に金がかかり命の危険がある反面、収入は高い。近年の冒険者ブームにより、その危険性を理解せず冒険者になる若者たちが増加している。
一ツ星から六ツ星の六段階でランク分けされており、三ツ星までをアマチュア、四ツ星からをプロと見なす風潮がある。
プロ冒険者は、迷宮攻略の収入の他に、TV出演によるタレント業や動画投稿による広告収入、モンスターコロシアムへの出演料と賞金など様々な収入源があり、荒稼ぎしている。
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