第368話 影響

会社の休憩スペースのテーブルでうつ伏せになっていた火月は、

誰かに肩を揺すられていることに気づき、むくりと顔を上げる。


「うわっ、凄いくま……。

 最近ずっとこんな感じですけど寝不足ですか?」


藤堂志穂が興味津々といった様子で顔を覗き込んでくる。

その行為は単に自分のことを心配しているのか、

それともおちょくっているのか分からなかったが、おそらく後者だと思われる。


ここ数日、火月は仕事から帰った後も深夜まで例の人物の情報収集を続けており、

その影響もあって連日寝不足気味だった。


自分一人でできることには限界があることを頭の中では理解しつつも、

何か行動をし続けなければならない……という焦りのようなものが

今の火月を動かす原動力となっていた。


「ちょっと調べ物があってな」


口に手を当て、欠伸を隠しながら火月が手短に答える。


「へぇ~、調べ物……。

 それって例の修復者を襲う怪物に関する情報とかだったり」


「……どうだろうな」


「今、一瞬返答が遅れましたよね。絶対そうじゃないですか」


寝不足の影響で頭がちゃんと回っていない火月は、

自分の反応が遅れたことを後悔する。


「仮にそうだったとしても、これは俺の問題だ。

 藤堂が気にすることじゃない」


「その様子じゃ、情報収集も上手くいってないように見えますけどね」


図星を突かれて火月が黙りこくる。


「ずっと思っていたんですけど、中道さんって結構意固地なタイプですよね。

 特に自分のこととなると絶対に他人を頼ろうとしないじゃないですか」


「別にそんなつもりはない。

 ただ、自分のことは自分で何とかしようと思っているだけだ。

 それに俺だって分からないことがあれば誰かを頼ったりすることもある。

 ついこの間も水樹さんに助けてもらったばかりだしな」


「中道さんの場合、

 頼るっていうよりも相手を利用するって言った方がしっくりきますけどね。

 まぁいずれにせよ、その結果今も寝不足が続いているなら、

 そろそろ仕事にも影響が出てくるんじゃないですか?」


「……」


藤堂の指摘に対し、火月は反論できなかった。

というのもここ最近、

仕事で細かいミスが増えてきていたのもまた事実だったからだ。


「別に私や式島さん、水樹さんに相談をしろとは言いません。

 むしろ中道さんは身近な人だからこそ、

 頼りっぱなしにしたくないタイプに見えますし……。

 こんな時に北大路さんがいてくれたら良かったんですけどね」


「北大路だって身近な人間になるんじゃないのか?」


「確かに身近な人かもしれませんが、同じ修復者じゃないですよね。

 別のコミュニティ……同業者じゃない人の視点って結構大事だったりしますから」


一呼吸おいて藤堂が話を続ける。


「ここで一つ、面倒見の良い後輩から提案があります。

 もし良かったら話だけでも聞いてみませんか?」


右手の人差し指をピンと立て、

悪戯いたずらっぽく笑う彼女が何を考えているのか、

火月は皆目見当がつかなかった。

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