第363話 説得

「して、これからどうするつもりなんじゃ?

 よもや、勝算のない相手に真っ向から挑む……

 なんて戯れ言を抜かすわけでもあるまい。

 まぁ、向こうからしたらそれを狙っているのかもしれぬがな」


アタルデセルを後にし、

駅に向かっている火月の後ろをねぎしおがちょこちょこと付いてくる。


「さっき、お主が言っておったように、

 しばらく扉に入るのを控えたらどうじゃ?

 他の修復者がどうなろうと、お主の知ったことではなかろう」


「以前の俺だったら、間違いなくそうしていただろうな。

 だが、ここ一年近くで修復者の知り合いが増えすぎた。

 もし、自分たちのせいで包帯の男が無差別に修復者を襲っているのだとしたら、

 無視できない問題だ」


「ふん、随分と生真面目な奴じゃのぅ。

 その考え方がのちおのれを苦しめることにならぬと良いがな」


おそらく、ねぎしおも包帯の男の目的に気づいたのだろう。

無差別に修復者を襲うことで、扉の修復に来れる人間を間引く行為……

それ即ち、


時間のかかる方法ではあるものの、確実性の高いやり方だ。


もし自分に、あの男と対等に渡り合える力が備わっていたのなら、

直ぐにでも真っ向勝負を挑んでいただろう。


だが、現実はそう甘くない。

ねぎしおの言う通り、自分の能力では相手にすらならないはずだ。


現時点で言えることは、戦う相手の情報も、自身の力も

何もかも不足している……ということだった。


「とにかく今は包帯の男の情報を集めることが最優先事項だ。

 ねぎしお……お前は暫くの間、俺と一緒に扉に入ることを禁止する」


「何故じゃ!この後に及んで、まだ我を足手まとい扱いするのか!?」


「そういう意味で言ったわけじゃ無い。

 あの男の狙いがお前である以上、

 今後一緒に行動していても俺が守り切れる自信が無いからだ」


「別にお主に守ってもらわなくても―――」


「絶対に大丈夫と言い切れるか?」


突如歩みを止め、後ろを振り返った火月と視線が交錯する。


包帯の男と火月の戦闘シーンがフラッシュバックしたねぎしおは、

緊張で思わずゴクリと唾を呑み込む。


怪物との戦闘で今まで何度も修羅場をくぐり抜けてきたが、

それは常に火月がいたからこそ出来たことだった。


ねぎしおも、自身の危険察知能力は決して低くないものと自負しているが、

果たして自分一人だけであの包帯の男から逃げ切れるか?と問われれば、

首をかしげざるを得ない。


ついカッとなってしまい、勢いで抗議してしまったが

冷静に考えれば火月の提案は理にかなっているものだった。


「大丈夫……とは言えなさそうじゃな。

 すまぬ、我の考えが甘かった」


「いや、俺も言葉足らずだった。

 本音を言うと、出来ることなら一緒についてきて欲しいと思ってるんだ。

 お前には何度も助けられてるし、

 俺が一人で出来る事なんてたかが知れてるからな。

 だが、今回の相手は普通の怪物とは訳が違う。

 仮にもう一度やり合うことになったら、

 俺は自分のことだけで手一杯になるだろう」


「じゃから、余計なこと気にしないよう単独で行動したいって事なんじゃな?」


コクリと頷いた火月が付け加える。


「それに、あの男は一応会話が通じる相手だ。

 もし俺が一人で行動しているのを見たら、

 必ずねぎしおのことを聞いてくるだろう。

 その時にお前のことを見逃したとか、始末したって言ってもいい。

 それで諦めてくれれば御の字だが、

 もし戦闘になったとしても、

 ねぎしおの情報を持ってるかも知れない俺をそう簡単に始末するとは思えない」


「……うむ、大方おおかたの事情は理解したぞ。

 そこまで言うのなら、暫くの間お主と扉に入るのは止めておこう」


説得の甲斐あって、ねぎしおをなだめることに成功した火月は小さく息を開く。


『とりあえず一つ目の課題はクリアした。

 後はもう一つの課題を何とかしなきゃな……』


この問題を早急に解決しなければ……とはやる気持ちを抑えつつ、

火月は次に自分がやるべきことについて考えを巡らせる、


「火月よ、何をボーっと突っ立っておるのじゃ。

 早くしないと置いて行くぞ!」


いつの間にか先を越していたねぎしおの呼び声で我に返った火月は、

直ぐにその後ろ姿を追いかけたのだった。

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