第362話 真の目的

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「中道さんの話を聞く限り、相当な手練れのようですね」


包帯の男に関する情報を話し終え、周りの反応を窺っていると、

藤堂が最初に口を開く。


「その認識で問題ない。

 俺も久城さんがいなかったら逃げ切れなかっただろう」


久城伊紗が慌てた様子で首をブンブンと横に振る。


「中道先輩の時計の能力をもってしても、

 逃げるのに苦戦する相手となると、

 自分含め他の修復者は尚更退避が難しそうっすね」


「……」


かなめの何気ない指摘に、場の空気が一瞬で凍り付く。


皆、薄々感じてはいたが、

それを言ってしまったらもうどうしようも無いからだ。


「俺の能力は戦闘向きじゃ無い。

 だが、藤堂と要の二人掛かりなら、

 相手と互角にやり合える可能性は十分あると思う。

 無理して勝ちに行く必要は無いが、

 相手の隙を作る事が出来れば退避もそう難しくないはずだ。

 何にせよ、用心だけはしておいて損はないってことさ。

 それに、そもそもの話として

 しばらく扉に入るのを控えることだって視野に入れてもいいんじゃないか?」


火月が水樹に目配せする。


「うん、そうだね。

 最終的な判断は皆に任せることになっちゃうけど、

 私も今は無理して扉の修復をしに行く必要はないと思ってるよ」


時間経過によって状況が好転する問題かどうかは分からなかったが、

あの男が意図的に修復者を襲っているのだとしたら、

扉に入る機会を減らす方針は効果があるように思えた。


「実は、一つだけ気になったことがあります……」


あまり会話に参加していなかった久城伊紗が口を開く。


「人型の怪物が無差別に修復者を狙う理由が分からないんです……。

 初めて会ったときの印象から、

 あの人は戦闘狂のようなタイプだとは思うんですが、

 自分より弱い相手には興味すら無いような素振りをしていたので」


包帯の男と直接対峙したことがあるからこそ感じた違和感に、

久城伊紗は警戒心をあらわにしていた。


「言われてみれば確かに……。

 そもそも、あの男が狙うとするならのはずだ」


火月の独り言に藤堂が反応する。


「何で中道さんとにわとりちゃんが狙われるんですか?

 恨みでも買うことしちゃったなら分かりますけど」


「さぁな。

 ただ、ねぎしおに強い執着を持っていたのは紛れもない事実だ」


追偲ついさいエレクシオという用語は出さず、できるだけ真実のみを伝える。


「我も相手のことを全く覚えておらんのじゃ。

 じゃから、自分が狙われる理由については皆目見当もつかぬ」


「うーん、元々の狙いがお二人だとするなら、

 尚更なおさら他の修復者を狙う意味がわからないっすね」


情報収集が目的なら、わざわざ修復者を倒す必要はないはずだ。


実際、久城伊紗は包帯の男と最初に出会った際に、

ねぎしおに関する情報を持っているかどうかを聞かれただけで、

戦闘にはならなかったらしい。


「目的が変わったのかもしれないね」


成り行きを見守っていた水樹が顎に手を当て、思案顔で呟く。


「今まではねぎしおちゃんの情報を集め、

 接触することが目的だったってだけの話で、

 今は修復者を始末することでその人の目的が達成されるんじゃないかな」


「人型の怪物にとって、

 修復者を襲う行為そのものに意味はないってことですか?」


「あくまでも私の予想だけどね」


単純に考えれば修復者の数が減っていくことになるわけで……

そこまで考えた火月は、ある一つの仮説に辿り着く。


確証は無かったが、もしそれが正しかった場合のことを考えると、

他の人間に自分の仮説を話す気になれなかった。


『随分と回りくどいやり方をしてくれる……。

 ただ、ゴールには確実に近づいてるってことか」


これ以上被害を出さないために、

今後自分が修復者としてどう立ち回るべきなのか、

一旦整理する必要があると判断した火月は、カウンター席から腰を上げる。


「もし、人型の怪物と接触する機会があっても、

 俺とねぎしおの事は知らぬ存ぜぬでお願いします。

 アイツに目をつけられる人間は出来るだけ少ない方がいいですから」


そう火月が言い終えると、

小さく会釈して店の出口の扉に向かって歩き始める。


「何やら我と火月のせいで迷惑をかけてるようじゃな。

 すまぬ……。

 じゃが、面倒事にわざわざ首を突っ込む必要はないぞ。

 お主らはお主らのやるべきことを最優先に考えておればよい」


テーブルからぴょんと飛び降りたねぎしおが、

火月の後を追いかけていく。


店内に残された四人は

困り果てたような、少し呆れた様子でお互いの顔を見合わせたのだった。

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