第361話 通達

『人型の怪物……』


水樹の口から発せられた言葉が頭の中で反芻はんすうする。


そして、直ぐに人物のことが頭に浮かんだ火月は、

久城伊紗くじょういすずの方へ視線を向ける。


緊張した面持ちでぎゅっと口を結んでいた彼女と目が合うと、

小さく頷き合う。


おそらく水樹さんの言う人型の怪物とは、のことで間違いないだろう。

彼が修復者で無いことは把握していたが、

ごく普通の一般人に該当するとも思えなかった。


なので組織としては便宜上、人型の怪物……という扱いにしたのだと思われる。


「へぇ、そんな怪物がいるんすね」


初めて聞く情報に、要は興味津々といった様子だった。


「かなり珍しいケースだとは思うけどね。

 でも、最近その怪物の出現報告が増えているの」


水樹さん曰く、

各地域の修復者たちがその怪物に襲われる事例が後を絶たないんだとか……。


何でも、扉の修復をしている最中に急に姿を現しては、

無差別に攻撃を仕掛けてくるらしい。


話を聞いた限り、見た目の情報も火月が出会った包帯の男と合致していた。


「ちょっと待って下さい、

 その怪物は修復対象の扉に出現する怪物とは別物ってことですか?」


藤堂が水樹に質問をする。


「うん、実はそこが一番厄介なところでね。

 みたいなの。

 だから足取りを掴むのが中々難しい状況なんだ。

 それに、必ずしも毎回姿を現すわけじゃないみたいでさ、

 まさに神出鬼没って感じだね」


「うわぁ……最悪ですね」


藤堂は心底嫌そうな顔をしていた。


それもそうだろう。

今の話をまとめると、

扉と扉を自由に移動できる怪物が常に修復者を狙っている……

ということであり、

こちらとしてはその怪物と接触することも想定して

動く必要が出てくるからだ。


「時計の能力が切れた状態で、一番遭遇したくない相手かと思います……」


久城伊紗が小さい声で呟く。


「こっちが弱っているところを狙ってくるなんて、随分セコい怪物っすね。

 どうせなら最初から正々堂々来て欲しいっす!」


要はやる気に満ち溢れていた。


「そうだね。

 でも怪物はこっちの事情なんて考慮してくれないからさ、

 これ以上被害者を出さないように組織から各地域担当者に向けて通達がきたの」


四人が顔を上げ、カウンターに立っている水樹の言葉を待つ。


「人型の怪物との接触は控えるように。

 もし遭遇しても、即座に現場を離れ、退避に専念すること……ってね」


「扉の修復途中でも逃げろってことっすか?」


「うん……そういうことなんだと思う」


あの男を前にして無事に逃げ切れるとは到底思えなかったが、

真っ向から戦いを挑むよりは遙かに生存率が高いはずだ。


組織としてもそれだけあの男を危険視している……ということなんだろう。

なら、今の自分にできることは―――。


「水樹さんの話だけじゃ今一ピンときてない人もいるかも知れないから、

 ここは一つ、俺と久城さんの実体験を聞いてくれないか?」


そう切り出した火月は、包帯の男との出会いについて話し始めたのだった。

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