第355話 笛

「つまり、悠久の燭の本来の使い方を思い出したねぎしおの兄貴の助言によって、

 あの群青色の炎を中道の兄貴があやつっていた……ということですかい?」


ねぎしおの話した内容を三日魔が簡潔にまとめる。


「まぁ、そういうことになるかのぅ」


「何となく怪物の炎とは系統が違ったので、もしやとは思っていましたが、

 普通中に人が残っている状態で全部燃やしますかね」


「しょうがないだろ、あれしか方法が思い浮かばなかったんだ」


バツが悪くなり、火月が視線を逸らす。


「大体の事情は察しました。

 それで結局、悠久の燭はどうなったんですかい?」


「破壊したぞ」


間髪入れずにねぎしおが返事をしたので、思わず火月が額に手をあてる。

もうちょっとオブラートに包んで発言して欲しかったのだが、時すでに遅し。


「破壊……」


三日魔がポツリと呟く。


「うむ、悠久の燭の中に閉じ込められた炎の力を解放するには

 それしか方法が無かったんじゃ。

 跡形も無く、綺麗さっぱり破壊じゃ」


追い打ちをかけるかのようなねぎしおの発言に、三日魔はただ呆然としていた。


『流石にまずかったか……』


混滴イストルムの希少性の高さについては、

火月も重々理解しているつもりだ。


だから、三日魔の反応も至極当然のように思えた。


ここまで来たら、もう素直に謝るしかあるまい。

腹を括り、イスから立ち上げると三日魔に向かって頭を下げる。


「いくら怪物を倒すためとは言え、

 大事な借り物を壊してしまったのは紛れもない事実だ。

 本当に申し訳ない」


「悠久の燭を壊すように言ったのは我じゃ!

 火月は指示に従っただけじゃから、責任は我にあるぞ!」


ねぎしおも慌てて頭を下げる。


「お二人とも、顔を上げて下さい。

 別に怒っていませんから」


予想に反して、三日魔の声は比較的落ち着いていた。


「本当か?」


ねぎしおが恐る恐るといった様子で顔を上げる。


「えぇ、そもそもお二人が怪物を始末してくれなかったら、

 こうして生き残ることができなかったはずです。

 混滴を一つ壊されたくらいで

 命の恩人に怒りを覚えるほど度量は狭くないですぜ」


「そう言って貰えると助かる」


三日魔の許しを得てホッと胸をなでおろした火月が顔を上げると、

ちょうど三日魔も席を立ったところだった。


「それじゃあ用事も済んだことですし、そろそろお暇させてもらいましょうかね。

 この数日間、本当にお世話になりました。

 情報屋としての仕事振り、しかと学ばせてもらいましたぜ」


三日魔が一礼をすると、玄関に向かって歩き始める。


「ちょっと待ってくれ、最後に聞きたいことがある」


火月が三日魔を呼び止める。


「この数日間、情報屋としての動きを見せてもらって気づいたんだが、

 お前が不用意に情報を伝えないのは、相手の力量を測っているからじゃないのか?

 自分の伝えた最低限の情報を正しく読み取れるかどうか……

 つまり、今回の依頼は俺が三日魔を指導するっていうのは建前で、

 本当は三日魔が俺たちの実力をテストしてたんじゃないのか?」


数秒間の沈黙の後、三日魔がゆっくりと話し始める。


「どう解釈するかはお任せしますよ、それもまた個人の自由ですから。

 ですが、私は貴方たちから確かに学ぶべきものがあり、

 それは私の期待していた以上のものだった……

 ということは、ここで明言しておきましょう」


「……そうか、ならいいんだ」


答えを有耶無耶にされたような気もするが、

三日魔が今回の依頼内容に納得しているなら他に言うことはなかった。


「では、またお会いできる日を楽しみにしています」


パタンとドアの閉まる音が聞こえ、騒がしかった室内に静寂が訪れる。


「……全く、嵐みたいな奴じゃったのぅ」


「あぁ」


ドアの鍵を閉めるため、玄関に向かった火月は何となく扉を開けて外に出る。

少し肌寒い風が頬を切り、思わず身をすくめる。


来週から四月に入るというのに、春の訪れはまだ先のように思えた。


ふと足元に視線を送ると「今回の報酬」と書かれた白い巾着袋を発見する。


会社から帰って来たときに置いてあったら絶対に気づくはずなので、

三日魔が残していった物なのは間違いないだろう。


不審に思いつつも袋を手に取り、中身を取り出す。


『これは……笛か?』


袋の中には、手のひらサイズの縦笛のようなものが一つ入っていた。

全体的にシルバーで統一された作りになっていて、ずっしりとした重みを感じる。


「寒いから早くドアを閉めるのじゃ!」


笛をマジマジと観察していると、後ろからねぎしおがやってくる。


「何じゃそれは?」


「今回の依頼の報酬らしい」


「なるほどのぅ。犬笛ならぬ、狼笛といったところじゃな」


何の用途で使用するのか分かっていなかったので、

ねぎしおの指摘に思わず納得する。


「ってことは、これを吹けばアイツが飛んでくるのか?」


「その可能性は高いじゃろう」


三日魔と出会ってから今日までの日々を走馬灯のように思い出していた二人は、


「使う予定は無さそうだ」

「使う日が来るとは思えぬな」


と口を揃えて呟いたのだった。

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