第352話 功労者

睨み合いの末、蛇の怪物が取った行動はだった。


怪物は火月とねぎしおに背を向けると、

暗い水路の方へ移動を開始する。


ずっと攻めの姿勢を続けていた怪物が逃げ出すほどの力を

この炎は持っている……ということなんだろう。


「何をほうけておる! 

 早くあやつを始末して、三日魔を助けるのじゃ!」


「わかってる!」


ねぎしおに言われるまでもなく、火月は怪物を追いかけていた。


だが、その移動スピードには圧倒的な差があり、

距離は縮まるどころか、どんどん離されていく。


『ここまで来て、何もできないのか?』


負の感情が心の中を支配していく。


ようやく反撃ができると思ったのに、

その力を発揮できなければ何の意味もない。


人が一人で出来ることには限界がある。

ならば、その限界を超えるためにはどうしたらいいのか……。


答えは簡単だ、

他の誰かの力を借りれば良い。


「おい三日魔!いい加減目を覚ましたらどうだ!

 お前の能力ならそう簡単に消化されないはずだろ!」


火月の叫び声が水路に響き渡る。


次の瞬間、怪物の移動スピードが急に遅くなった気がした。


それはまるで自分の意思とは関係なく、

重りをつけられたかのような動きだった。


走りながら怪物の胴体を注視していると、

異常に膨れ上がっている箇所を発見する。


『これは……』


明らかに中で何かが起きていた。


その後も異常な腫れは数カ所で発生し、

結果怪物はほとんどその場で動けなくなる。


そして最後に一カ所だけ、

黒い氷柱つららのようなものが怪物の身体を突き破って出てきた。


ほんの僅かに先端が露出しているだけの状態だったので、

怪物に致命傷を与えるようなものでは無かったが、

あの硬い身体に傷がついたという事実の方が重要だった。


「やれるだけのことはやってくれたみたいだな」


このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


怪物に追いついた火月は、

三日魔が傷をつけた場所に向かって大きくジャンプすると

両手で短剣を握りしめ、思い切り振り下ろす。


「我が契約を結びし懐中時計オルロージュよ、

 その身にまといし青き炎をもって、全を呑み込む忌火いみびとなれ!」


そう火月が叫ぶと、

短剣を中心に群青色の炎が一斉に広がって行き、

あっという間に怪物を覆い尽くした。


火の手が回ったことを確認した火月は、

直ぐに怪物と距離を取り、成り行きを見守る。


怪物はその身をよじらせ、何とか炎を振り払おうとしていたが、

群青色の炎はどんどんその勢いを増していった。


怪物が最後の悪あがきでこちらに顔を向けると、

口を開けて火炎放射の態勢を取る。


もう相手の炎を防ぐすべが無かったので一瞬身構えた火月だったが、

怪物の口元に現れたオレンジ色の炎は直ぐに青い炎に呑み込まれる。


『火を以て、火を制す……か』


程なくして、怪物が青い炎の中で完全に消失したのだった。




……………………



…………………………………………



全身が鉛のように重くなった火月は、

何とか体に鞭打って、先ほどまで炎が燃えていた場所に向かう。


時計の能力切れによる倦怠感で直ぐにでも倒れ込んでしまいそうだったが、

その視線の先に丸焦げの鎧を纏った人物を見つけたので声をかける。


「どうだ、目は覚めたか?」


鎧がガチャリと動き、火月の顔を見上げる。


「えぇ、おかげさまで。

 誰かさんのせいで危うく永遠に目を覚まさなくなりそうでしたが」


シューと白い煙を出しながら三日魔がくぐもった声で答える。


「お前は火に強いって言ってたからな。

 遠慮無くやらせてもらったよ」


「なるほど。最後まで信用して貰えたようで何よりです」


そう言い終えると三日魔が独りでにクククと笑い声を漏らす。


「気でも狂ったか?」


「いやぁ、そうですね。

 正気じゃ生き残れない展開だったのは間違いないかと。

 まさに生死をかけた戦いって奴です。

 こんな無茶苦茶な修復は、我々情報屋がそう経験するものじゃないですからね、

 生き残ってる今の状況がつい面白くて」


「……違いない」


三日魔の発言に火月も同意する。


「早くねぎしおの兄貴を迎えに行ってあげましょう。

 何たって今回の修復で一番の功労者ですからね」


「そうだな」


異界の崩壊が始まり、出口の扉が姿を現す。


その扉付近から

一羽の鶏が慌てた様子でこちらに向かってきている姿を捉えた二人は、

小さく頷き合うと、ゆっくりと出口の扉に向かって歩き始めた。

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