第350話 無力の力

「探し物を取りに戻っている間に、とんでもないことになってますねぇ」


真後ろから声が聞こえる。


「ちょっと手荒な真似になってしまいますが、我慢してくださいね。

 別にねぎしおの兄貴を嫌っているわけでは無いのであしからず」


そう誰かが言い終えたかと思ったら、背中に強い衝撃を感じる。


例えるなら、思い切りてのひらで押し出される感覚……

とでも言えば良いのだろうか。


そのあまりの衝撃にくわえていた悠久のともしびを落としそうになるが、

必死に咥え直す。


そして、自分が蛇の怪物に呑み込まれるところを

誰かに助けてもらったのだと瞬時に理解したねぎしおは、

今まさに閉じられようとしている怪物の口の中を凝視する。


狼のマスクに鎧を纏った人物……

あんな変な格好をした人物を見間違うはずがなかった。


「ここは自分に任せて下さい。

 囮の一番有効的な使い方ってやつをお見せしましょう」


そう三日魔が宣言すると、蛇の怪物に一瞬で呑み込まれた。



――――――


――――――――――――



何が起こったのか状況が把握できずにいた火月だったが、

地面に着地し、怪物の包囲網から解き放たれたことを確認すると、

直ぐに短剣を拾いに向かう。


走りながらつい先ほど起こった出来事を思い出す。


怪物はねぎしおに狙いをつけたはずだ。

なのに今、ねぎしおは火月の方に向かって飛んできていた。


それはまるで別の力によって跳ね返されたかのような動きだった。


ただ、確かに怪物は何かを呑み込んだはずだ、

それは間違いないだろう。


『詳しく話を聞いてみる必要がありそうだな』


姿勢を低くし、水路に落ちている短剣を拾い上げると、

そのままねぎしおの落下予測地点まで一直線に向かう。


『間に合ってくれ!』


走るスピードを落とさず、前方にスライディングする。

両手でねぎしおをキャッチすると水飛沫を上げながら停止した。


「火月よ、三日魔がまだおったのじゃ!

 あやつが我を救ってくれたのじゃ!」


腕の中で一羽の鶏が騒ぐ。

ねぎしが動揺しているのは一目瞭然だった。


「一旦落ち着け、それで三日魔はどうした?」


ハッと我に返ったねぎしおが、数秒後に重々しく口を開く。


「あやつは……三日魔は……、我の代わりに食われたのじゃ」


「……っ」


ねぎしの発した言葉に思考が追いつかず、言葉を失う。


『食われた……だと?』


喉がカラカラになり、じんわりと背中に嫌な汗をかく。


三日魔とねぎしおを逃がそうと行動していたつもりだったが、

結局、火月の作戦は全部裏目に出てしまっていた。


「早く三日魔を助けに行かねばならぬ!

 さっさと我を放すのじゃ!」


ねぎしおが腕の中でジタバタと暴れる。


「気持ちは分かるが、一旦冷静になれ」


「そんな悠長なことを言ってる暇なんて無い!

 一人の命がかかっているんじゃぞ!」


「そんなことはわかってる!

 けど、今お前が怪物に挑んでどうなる?

 三日魔と一緒に怪物の腹の中に収まるのが関の山じゃないのか?

 勇気と蛮勇をはき違えるな!」


「じゃったら、お主も一緒に手伝ってくれれば――」


「俺とお前で何とかなる相手なら、最初から撤退なんて考えていない!」


火月のこれ以上ない正論に、ねぎしおは何も言い返せなかった。


二人の間に沈黙が訪れる。


…………


……………………


「無力というのはこんなにも苦しいものなんじゃな」


先に口を開いたのはねぎしおだった。


「……あぁ。ようやくお前もこっち側の気持ちが分かるようになったか」


「そうじゃな……。

 まさか、こんなにも惨めな気持ちになるとは思っていなかったぞ。

 じゃが、おかげで


そう言い放ったねぎしおは、

明らかに今までと異なる雰囲気を漂わせていた。


ほんの一瞬だったが蛇の怪物よりも遙かに強い気配を感じ、

全身に緊張が走る。


「火月よ、頼みがある。

 ここは一度、我の作戦に乗って見ぬか?」


ねぎしおと視線が交錯する。


その瞳にはまだ煌々と闘志を燃やしており、

この状況でも修復を諦めない……という強い意志を感じさせた。

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