第349話 誤算

怪物に呑み込まれる覚悟を決めた火月が違和感に気づいたのは、

ねぎしおを投げ飛ばしてからそう時間が経過していないタイミングだった。


というのも、あの蛇の怪物の勢いなら、

とっくに呑み込まれていても何らおかしくないはずのに、

依然として火月は自由落下を続けていたからだ。


違和感の正体を確かめるため空中で何とか頭を捻り、

怪物の頭部を視界に捉えた火月は、その光景に思わず目を見張る。


『どういうことだ?』


ついさっきまで自分に狙いをつけていたはずの怪物は

大きく口を開けていたものの、

その動きは


そして何より気になったのは,

怪物が火月の方では無く別の方角に頭を向けていた……という点である。


まるで別の獲物を狙うかのような動きがどうして気になり、

怪物の視線の先を追った火月は、

今も空中に投げ飛ばされているねぎしおの姿を目にする。


『こいつ、まさか……』


火月が違和感の正体に気づくのと同じタイミングで

怪物がねぎしおに向かって突撃を開始する。


「くそっ、巫山戯ふざけやがって!」


正直、ねぎしおに狙いが行くとは思っていなかった。


先に始末するべき対象として選んだのが

修復者である自分ではなく、何故ねぎしおなのか?という疑問は残ったが、

とにかく今は怪物の注意を自分が引かなければならない。


腰のホルダーから短剣を一気に引き抜くと、

そのまま怪物に投げつける……が硬い身体で弾かれてしまう。


もう相手の勢いを止める術は残されていなかった。



――――――


――――――――――――



有無を言わさず空中に放り出されたねぎしおは、

火月に対する怒りで頭が一杯になっていた。


「何か秘策がありそうな物言いじゃったのに、

 やることが結局自己犠牲とは……。

 火月よ、心底見損なったぞ」


ねぎしおは、何だかんだ言って中道火月という人間に対し、

結局最後には何とかしてくれるんじゃないか?という気持ちを抱いていた。


確かに今回の怪物は、火月一人では手に余る相手なのは理解できる。

理解できるが、だったら一人で抱え込まず、

最後まで一緒に戦う選択肢を選んでくれても良かったじゃないか。


頼りない戦力かもしれないが、

それでも頼ってほしかった……というのがねぎしおの本音である。


火月への怒りやら自身への不甲斐なさやらで、

感情がぐちゃぐちゃになっていたねぎしおだったが、

ここで自暴自棄になる訳にはいかなかった。


『とにかく今は、火月と合流するのが先じゃ』


水路壁面に近づいてきていたものの、

ねぎしおは自分一人でここを離れるつもりはなかった。


あの男が勝手に作戦を変更したというのなら、

こちらも勝手にやらせてもらうだけだ。


「火月よ、全部お主の思い通りになると思うでないぞ」


次に自分がすべき行動を考えていたねぎしおは、

突如全身に悪寒が走る。


それは野生の勘……一種の防衛本能に近い感覚だった。


『まずい……!』


両翼をパタパタと動かし、咄嗟に後ろを振り返る。


ねぎしおの目に映った光景……

それは蛇の怪物が口を大きく広げ、自分を丸呑みしようとしている姿だった。



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