第348話 秘策

大きく息を吸っては、ゆっくり吐く動作を繰り返し、

頭の中を空っぽにするため静かに目を閉じる。


心の中に映し出すのは漆黒の夜空で輝く金色こんじきの満月。


月輪観がちりんかんという瞑想方法を知ったのは、

数ヶ月前たまたま朝のラジオを聞いていた時だった。


瞑想のやり方が本当に正しいのか、そもそも効果のあるものなのか

の判断はつかなかったが、

自分の心を落ち着かせたい時、火月は決まって月輪観を試していた。


最初の時こそ疑心暗鬼になりながらやっていたものの、

回数を重ねていく内に、

ある時点で自分の心が完全に無になるコツをつかめるようになり、

今では短時間で心を落ち着かせることができるようになっていた。


『……よし、やるか』


思考がクリアになり、

自分のすべき事を思い出した火月は閉じていた目を開く。


両足に意識を集中させ、蛇の怪物の尻尾付近を飛び越えようと地面を強く蹴る。

火月の身体が空中に舞った。


「おい!飛び越える作戦はリスクが高いのではないのか!?」


肩に乗っていたねぎしおが叫ぶ。


それもそうだろう、

さっきコイツには空中での回避が如何に無謀であるかを説明したばかりなのだから。


だが、この方法しか思いつかなかった。


蛇の怪物が待ってましたと言わんばかりにこちらを目がけて突撃を開始する。


「さっき肩を慣らしておいて正解だったな」


そう火月が言い終えると同時に、

左肩に乗っていたねぎしおの頭部を右手でガシッと掴む。


「お主まさか……」


ねぎしおも火月のやろうとしていることを察したようだった。


「全力で走れば三日魔と合流できるかもしれない。だから先に行っててくれ」


返事を待たず、

穴の開いた水路壁面をめがけて火月がねぎしおを思い切り投げ飛ばした。


…………


……………………


これでいい。


ねぎしおが確実に生き残れる保証はないが、

ここで一緒にやられるよりは遙かにマシだろう。


それに現時点において自分が怪物の注意を引く囮役となったからには

その責任を最後まで果たさなければならない。


まぁ、あの怪物なら一羽の鶏と一人の修復者……

どちらを先に始末すべきかは考えるまでもないはずだ。


「さぁ、こっちにこい」


真後ろに迫り来る怪物は、空中で無防備になった火月を丸呑みにしようと、

その口を大きく開いたのだった。

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