第347話 八方塞がり

「火月よ、ちょっと待つのじゃ!」


ねぎしおの叫び声に即座に反応した火月は、

急ブレーキをかけて走り出した足を止める。


「いきなり何だ?」


早速撤退を開始したというのに、

突如としてその勢いを静止させられたので、

火月が怪訝そうな表情でねぎしおを見つめる。


「どうやら、こちらの考えはもう読まれているようじゃぞ」


ねぎしおが睨む視線の先を追うと、

そこには巨大な蛇の怪物が火月たちの行く手を阻むかのように佇んでいた。


「あいつ、いつの間に……」


「少しお喋りが過ぎたようじゃな」


蛇の怪物は長い舌を出し入れし、こちらの様子を窺っている。


それはまるで火月たちに戦闘の意志が無いことを察し、

先回りしたかのような動きだった。


そういえば、少し前に怪物が三日魔の挑発に乗っていたことを思い出す。


『まさかな……』


感情を読み取る怪物……なんてキーワードが一瞬頭をよぎる。


「三日魔には悪いが、ルート変更だ。

 蛇の怪物を正面突破できない以上、

 あいつが逃げたルートを俺たちも使わせてもらおう」


破壊された水路壁面を目指すため、反対側へ移動しようとした火月だったが、

今度はねぎしおに言われる前に足を止める。


「うむ……完全に囲まれておるな」


怪物はその身体の長さを生かし、

円を描くように火月たちの周りを取り囲んでいた。


長い尻尾がゆらゆらと揺れており、

その動きは「ここから逃げてみろ」と挑発しているようにも見える。


「八方塞がりってことか」


背中に冷や汗をかいた火月は、一人呟く。


こちらが作戦を考えている間、

相手も同じように作戦を考えていたということなんだろう。


「火月よ、何をしておる?

 お主の能力ならこの状況でも問題なかろう?

 さっさとここから逃げるのじゃ」


「無茶を言うな、あの怪物はに気づいているんだぞ」


「弱点じゃと?」


ねぎしおが驚いた様子でこちらを見てきたので、ゆっくりと首を縦に振る。


「回避ってのは相手の攻撃有りきの行動だ。

 言い方を変えるなら能動的に使えない……受け身の能力ってことになる」


「怪物が攻撃を仕掛けてこないから、何もできないということか?」


「攻撃をしてきていないように見えるかもしれないが、

 徐々に囲んだ円がせばまってきている。

 つまり、じわじわと追い詰められているからこそ、俺は何もできないんだ」


「じゃったら、こんなところでぐずぐずしている暇はないのではないか?

 相手がゆっくり攻めてきているなら、

 さっさとこの円の中から飛び出して行けば良かろう?

 そのくらいのことは修復者なら簡単にできるはずじゃ」


「あぁ、そうだな。お前の言う通りだ。

 だが、この怪物の身体を飛び越えるということは、

 一定の時間、空中で無防備になるってことだ。

 いくら俺の能力があったとしても、

 空中でできる回避行動なんてせいぜい身体を捻ることくらいだろう。

 そしてそんな絶好の攻撃チャンスをあの怪物が黙って見逃してくれると思うか?」


ねぎしおがハッとした様子で一人納得する。


「我慢できず、

 こちらが動き出す瞬間をあやつは今か今かと待っている……ということじゃな。

 ずいぶんと趣味が悪い奴じゃのう」


「正直、ここまで完璧に自分の弱点を責められるとは思ってなかったな。

 まさに万事休すだ」


怪物はただ本能的に火月への突撃を繰り返していたわけではなかったのだ。

ちゃんと相手の能力を観察、分析し、そして対策を打ってきた。

情報屋に対する意趣返しとしてこれ以上のものはないだろう。


今の状況は、例えるならボードゲームで攻めの手ばかりに気を取られ、

逆に自分が追い詰められていたことに気づかない指し手と言ったところか。


「まさか、このまま何もせず、野たれ死ぬつもりじゃなかろうな?」


「相手の思惑通りに事が進むのは面白くないからな。

 俺は俺のやり方でこの舞台の幕を下ろしてみせるさ」


そう返事をした火月の横顔を見たねぎしおは思わず息を呑む。


それは喜びなのか悲しみなのか、それとも執着なのか諦観なのか。


ずっと一緒に暮らしてきたはずなのに、

その表情から中道火月という人間が何を考えているのか、

ねぎしおは全く予想できなかった。


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