第346話 撤退

「ぐっ……!」


ねぎしおと別れ、怪物の突撃をすんでところで回避し続けていた火月だったが、

そろそろ体力の限界が近づいていた。


というのも、怪物をなるべく瓦礫の山に近づけないように立ち回る行為は、

普通の回避行動を取る時以上に考えることが多く、

肉体的にも精神的にも疲労の蓄積スピードが早かったからだ。


ねぎしおあいつが戻ってくるまで体力は温存しておきたかったが、

 そうも言ってられないか』


今の自分の役割は、

ねぎしおが三日魔に撤退の旨を伝え終わるまで時間稼ぎをすることである。


故に、こんなところでくたばる訳にはいかなかった。


何度目になるかわからない怪物の突撃を回避した火月は、

一端瓦礫の山から距離を取るため反対方向へ大きくジャンプしようとしたが、

突如左肩がズシリと重くなる。


「……意外に早かったな」


「ふん、見くびってもらっては困る。我の手にかかれば直ぐに終わる仕事じゃ」


左肩に飛び乗ったねぎしおが自慢げに答える。


「お前が戻ってきたってことは―――」


「皆まで言う必要はない。さっさとここから撤退じゃ」


「……わかった」


三日魔の撤退が済んだことに安堵しつつ、

これでようやく自分の事だけに専念できる。


「おそらく、三日魔は壊れた水路の壁面から戻っているはずじゃ」


「なら、同じルートを使うのは止めておいた方が良さそうだな。

 ねぎしお、俺たちは来た道を引き返す形で戻るぞ」


火月が見つめる視線の先には、

怪物の攻撃がまだ及んでいない暗闇の水路が真っすぐ伸びていた。


「帰り道は覚えておるのか?」


「覚えているわけがない。だが、ほとんど一本道だったから問題ないだろう」


それに……と火月が付け加える。


「ルートが正しいかどうかよりも、

 あの怪物のスピードから逃げ切れるかどうかの方が心配だ」


「相手がどんなに早かろうが、お主はただ避ければ良いだけじゃろう?

 よもや、ここまできて避ける自信がないと戯言を抜かすわけではなかろうな?」


「……。まぁ、そのために体力を残しておいたんだ。必ず逃げ切って見せるさ」


「それが虚勢でないことを祈るばかりじゃな」


とにかく今は暗闇の水路の方へ戻ることが最優先事項である。


壁面の燭台に明かりがともっていない範囲なので、

光源は手持ちのランタン頼りになってしまうが、

火炎放射の攻撃を水路一面に放たれるよりはマシだろう。


それに、悠久のともしびが炎を吸い込める回数が残り一回だとするなら、

ここぞという時以外はあまりその力を使いたくないという気持ちもあった。


「振り落とされるなよ」


そう火月が呟くと、

両足に力を入れて暗闇の水路の方へ向かって移動を開始したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る