第345話 責務

「三日魔よ、どこにおるんじゃ!?」


瓦礫の山の近くまで来たので一度火月と離れたねぎしおは、

自身の任務を果たすため、三日魔の姿を探していた。


「おかしいのぅ。

 さっき話をした場所はこの辺りだと思ったんじゃが、

 我の勘違いじゃったか」


これだけ探しても見つからないということは、

もしかしたら、先に帰ったのかも知れない。


念のため穴の開いた水路壁面の辺りまで

探索範囲を広げてみることにしたねぎしおは、

その視線の先に鎧をまとった狼人間の後ろ姿を発見する。


「そんな端の方におったのか。

 全く、居るなら返事の一つくらいしてほしいもんじゃ」


三日魔に近づき、ねぎしおが不満を漏らす。


「すみません、怪物にバレないように集中していたもんで

 声が出せなかったんですよ。

 中道の兄貴がせっかく注意を引いているのに

 自分たちの方に怪物が来たら意味がないですからね」


「う、うむ。それもそうじゃな」


意外に周りのことをよく見ているなと感心しつつ、

一度咳払いをしてねぎしおが仕切り直す。


「とにかく……じゃ。我はお主に大事な事を伝えに来たのじゃ」


「大事なことですかい?」


「うむ。お主ももう分かっていると思うが、あの怪物は我らの手に余る。

 火月の短剣では傷一つ付けることができなかったらしい」


「並みの斬撃じゃ、相手にすらならないようですね」


「他の有効打を検証するのも悪くないが、

 あの巨体とスピードに対応していたら、

 情報収集できたとしても生きて帰ってくるのは難しいじゃろう。

 ならば、現時点で集めた情報をもって撤退するのが賢明……とのことじゃ」


「なるほど。実に中道の兄貴らしい判断ですね」


「お主もそれが分かっておったから、ここまで撤退して来たんじゃろう?」


「まぁ、一応私も情報屋の端くれですからね。

 一目見れば、ある程度相手の力量を予想できます。

 だから、兄貴たちの提案には賛成ですぜ」


「そうか、ならさっさとここから離れるがよい」


「自分が先に尻尾を巻いて逃げてもいいんですかい?」


少し驚いた様子で三日魔が聞いてくる。


「無論じゃ。

 むしろ、お主が先に逃げてもらわねば、

 我と火月も撤退できぬから困るのじゃ」


「そうですか……。

 ちなみに、お二人は大丈夫なんですかい?

 あの怪物から逃げ切るのは容易ではないと思いますがね」


「そのことなら心配無用じゃ。

 火月の能力で怪物の攻撃は回避できておるし、

 仮に火炎放射が来てもお主から借りたランタンがあるからな。

 後一回くらいは防げるじゃろう」


ねぎしおが咥えていた悠久の燭の炎は白色に変化しており、

色温度の推測が当たっていたことを察する。


「三日魔よ、

 お主は我らのことよりも、まず自分のことだけを考えていればいいのじゃ。

 何、弟子の面倒を見るのが師匠の役目みたいなもんじゃからな、

 大船に乗ったつもりでいるが良い」


「それは頼もしい限りですね」


「伝えたかったことは以上じゃ。

 では、そろそろ我も火月の元へ戻るとしよう。さらばじゃ」


「……」


火月と怪物がやりあっている場所に向かって、

ねぎしおが何の躊躇も無く戻っていく姿を凝然ぎょうぜんと眺めていた三日魔は、

程なくして、穴の開いた水路壁面の暗闇に姿を消した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る