第344話 自覚
「はぁ、はぁ……」
右腕に装着された
肩で息をしていた藤堂志穂は、目の前で横たわっている怪物をじっと見下ろす。
その腹部には爪で切り裂かれたかのような傷跡が深く刻まれており、
たった今怪物との戦闘が終了したことを
血の混じった唾を吐き出し、ようやく呼吸が落ち着いてきた志穂は、
今回の修復が自分の期待した結果にならなかったことに憤りを感じていた。
「……くそっ」
口の周りについた血痕を左手の甲で
怪物を始末し、扉を修復した……という意味では、
修復者としての仕事を完遂できたので、
これ以上ない成果と言って差し支えないだろう。
だが、藤堂志穂は結果よりも、その戦闘過程に納得できていなかった。
それは、自分が思っていた以上に怪物に苦戦した……という事実だった。
傷有り紅二の怪物は過去に何度も一人で対処してきた、
そのはずなのに、何故自分はこんなにも疲弊し切っているのだろうか。
「入院してたから身体が
自分の得物と怪物との相性はもちろんある。
もちろんあるのだが、それにしたってこの有様は酷いとしか言いようが無い。
怪物の身体から白い光が漏れ出ていく様子をただボーッと眺めていると、
あまりにも自分が惨めで笑えてくる。
薄々感じてはいたが、
もう気づかないふりを続けるのは難しい時期に来たのかもしれない。
要するに……だ。
これが今の限界ってことなんだろう。
自分の非力さを認める行為は、
負けず嫌いの志穂にとって何事にも代えがたい屈辱である。
だからこそ、ずっと足掻いてきたつもりだったが、
流石に今回の修復で自分の実力をまざまざと見せつけられてしまったからには、
もう受け入れる他なかった。
怪物が完全に消滅し、異界の崩壊が始まる。
出口の扉が姿を現したと思ったら、不意に後ろから声をかけられた。
「やっぱり、自分の思ったとおりになったっすね」
「どういう意味?」
志穂が聞き返す。
「藤堂先輩の実力なら自分の助けは必要ないってことっすよ。
約束した時間内に修復できたから、嬉しそうにしてたんじゃないっすか?」
「嬉しそう? 私が?」
頬に左手を当てると、
「時間内に修復は終わりましたが、別にそれが嬉しかった訳じゃないんです。
むしろその逆で―――」
「そうなんすか?
よくわかんないっすけど、扉に入る前よりも随分満足気な表情をしてたんで、
よほど今回の修復が上手くいったのかと」
自分の表情の変化に心当たりがあるとするならば、
それは己の弱さを認めたこと以外あり得ないだろう。
今までずっと感じていたプレッシャーのようなものが無くなったことで、
志穂の心は比較的穏やかになっていた。
「結果的に上手くいったけど、私的には上手くいってなくて……。
でも、きっとそれが良かったのかもしれません」
そう言い終えると、
志穂が先行して出口の扉の方へゆっくりと歩いて行く。
「それってつまり、どういう意味っすか?」
彼女の後ろ姿を追いながら、理解できないといった様子で質問を繰り返す要の声が、崩れ行く異界の中で響き渡っていた。
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