第343話 方針

無駄話は済んだか?と言わんばかりに蛇の怪物が大きく口を開けて、

こちらを威嚇している姿を目にした火月は、

相手が再度火炎放射を放ってこないことに違和感を覚える。


『もしかしたら、一定の時間を空ける必要がある攻撃なのかもしれない……』


その間隔がどのくらい必要なのかまでは分からなかったが、

時計の残り時間も五分を切り、検証している余裕が無かったので、

一端そういうものであることを頭の中にインプットする。


「おそらく怪物は、攻撃が当たるまで突撃を繰り返してくるだろう。

 そして、ある程度の時間が経過したら、

 再度火炎放射を仕掛けてくる可能性は高い。

 三日魔の仮説を信じるなら、

 悠久のともしびが炎を吸い込めるタイミングは残り一回、

 白から青に変わる時ってことになる」


「うむ、じゃから我はお主の傍にいることにしよう。

 炎を防ぐ役割は任せておくがよい」


ねぎしおが火月の肩にと飛び乗る。


とりあえず、怪物の突撃は時計の能力で回避でき、

火炎放射もランタンのおかげで一度は無効化できる状況であることは理解した。


だが、それは結局のところ時間稼ぎにしかならない行為だった。


現時点において、怪物の情報も程度集めることができたので、

ここで身を引くのも選択肢としては十分視野に入る。


いや、むしろ有効な攻撃手段が無い以上、

戦闘を長引かせて能力切れになるくらいなら、

今から撤退した方が遥かに生存率が高いだろう。


……


…………


もう迷っている時間は無かった。


撤退の方針を固めた火月は、ねぎしおに声をかける。


「そういえば、三日魔はどうした?」


「鎧の修復が終わり次第、合流すると言っておったぞ」


「そうか……」


こちらに向かってくる姿が見えないので、まだ鎧を修復している最中なのだろう。だったら、三日魔の待機している場所へ向かい、

情報共有するのが一番手っ取り早い。


「ねぎしお、今からやるべきことを簡潔に伝えるぞ」


「何でも我に任せるがよい」


「とりあえず、この異界での情報収集は終わりだ。

 怪物を倒す方法が見出せない以上、全力で生き残る方法を優先させる」


「当然じゃな」


「そこで……だ。

 撤退の方針を三日魔に伝える必要があるんだが、

 瓦礫の山までは若干距離があるから、ここで叫んだとして声が届かないだろう。

 よって、これから蛇の攻撃を回避しつつ、三日魔のいる場所へ向かうことにする」


「それは構わぬが、

 結果的に三日魔のいる場所へ怪物を連れて行くことにならぬか?

 攻撃を避けながらじゃと、落ち着いて情報共有できるとは思えぬぞ」


「あぁ、そうだな。

 だから瓦礫の山に近づいたら一度別れて、お前が撤退の旨を三日魔に伝えてくれ。

 その間、俺が怪物の注意を引く」


「やるべきことは分かった。

 じゃが、我が離れたら―――」


「怪物の火炎放射を防ぐのは難しいだろう。

 ランタンを預かっておくこともできるが、

 突撃の回避に専念したいから、手荷物はあまり増やしたくないんだ。

 それに、怪物はまだ火炎放射を出せないはずだ。

 根拠はないが、そこは長年情報屋をやってきた俺の勘を信じてくれ」


「うぅむ……」


火月の提案は至極真っ当なものであり、

その役割分担も適切なものであることはねぎしも重々理解していた。


だがそれは火月自身のリスクを度外視しての話である。


自分の事となると途端に無頓着になるその性格は相変わらずだなと内心呆れつつ、

ねぎしおが返事をする。


「致し方あるまい。じゃが一つ条件がある」


「条件?」


「三日魔に撤退の旨を伝えたら、直ぐにお主の元へ戻るからな。

 助けられてばっかりじゃ我の気が収まらん」


「もちろん、そのつもりだ。

 お前がいなかったら俺も生きて帰れないからな。

 兎にも角にも、三日魔を先にこの異界から逃がすことで、

 ようやく俺たちの撤退が可能になるってことだけは覚えておいてくれ」


「了解じゃ。これは久々の大仕事になりそうじゃな」


一人の修復者と一羽の鶏による脱走劇が今、始まろうとしていた。

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