第339話 可能性

「三日魔よ、生きておったら返事をするのじゃ!」


火月に依頼され、三日魔の様子を見に来たねぎしおは

コンクリート片が散らばっている瓦礫周辺を散策していた。


ぱっと見た感じ、この瓦礫の下敷きになっていたらまず助からないだろう……

そう思わせるくらい損傷が激しい有様だった。


その後も何度か呼び掛けをしつつ、

場所を変えながら三日魔を探していたねぎしおだったが、

これといって目ぼしい成果は得られなかった。


『これは……最悪のケースも考えなければならぬのぅ』


突如、水路の壁面が崩れるような音が聞こえてくる。

方角から察するに、火月が怪物の注意を惹いているのだろう。


これ以上、ここで時間を潰しても意味がないと判断したねぎしおは、

火月の加勢に入るため、歩いてきた方角に戻ろうと後ろを振り返る。


すると、瓦礫の一部から

薄っすらと黄色い光が漏れている場所があることに気づいた。


『あれは一体……』


妙な胸騒ぎを覚えたねぎしおは直ぐにその場所へ移動すると、

くちばしと翼を使ってコンクリート片を一つずつ退かしていく。


次第に薄い光が強くなっていき、目の前に黄色の光源が姿を現した。


『確か、混滴イストルムという代物じゃったか』


瓦礫の中に埋まっていた光の正体は、

この異界に入った時に三日魔が貸してくれたランタン……

悠久のともしびに他ならなかった。


『もしや―――』


ハッとしたねぎしおは、はやる気持ちを抑えつつ、

正確に周りのコンクリート片を取り除いていく。


瓦礫が崩れ落ちてこないように気を遣い、

ある程度のコンクリート片を取り除いた先にいたのは、

うつ伏せに倒れている三日魔だった。


状況から察するに、

ちょうど瓦礫と瓦礫の間に隙間ができていたようで、

運良く下敷きにならずに済んだのだろう。


「おい、こんなところで寝ている場合ではないぞ!」


くちばしで狼のマスクをつつきながら声を掛け続けていると、

くぐもった声と共に三日魔が意識を取り戻す。


「んん、ここは?」


「言っておくが、あの世ではないぞ」


「……ねぎしおの兄貴?」


頭を上げてねぎしおを視界に捉えた三日魔がポツリと呟く。


「まさか本当に生きておるとはな。

 きっとお主にはまだやるべきことが残っているんじゃろう」


「やるべきこと……。あぁ、色々と思い出してきました。

 二回も意識が飛ばされるなんてお恥ずかしい限りですぜ」


三日魔は、ようやく自分の置かれている状況を理解したようだった。


「して、まだ身体は動けそうか?」


「鎧を修復すれば何とか……ってところですかね」


「そうか……。実は今、火月が怪物とやりあっていてな。

 何とか加勢したいとは思っているんじゃが、

 如何いかんせん良い案が思い浮かばんのじゃ。

 じゃからお主の指示を仰ごうと思ってな」


「なるほど、確かに今の状況で我々が加勢したところで

 何の役にも立たないでしょうね」


二人の間に沈黙が流れる。


「そういえば、お主に言われた通り第三者視点で戦闘を見ておったが、

 有益な情報らしい情報なんて得られなかったぞ。

 気になったことを強いて上げるとするなら、

 そうじゃな……そのランタンくらいじゃろう」


「悠久の燭……ですかい?」


こくりと頷いたねぎしおが、悠久の燭を咥えて三日魔の目の前に置く。


「このランタン、お主から借りた時はオレンジ色に光っておった。

 じゃが、今は黄色に光っておる。ただ、それだけの違いじゃ」


『オレンジから黄色に……』


確かに自分がこのランタンを渡した時は、オレンジ色に光っていた気がする。

では、一体どのタイミングで色が変わったのか?

過去の記憶を辿っていた三日魔は、程なくして一つの可能性に辿り着く。


「ねぎしおの兄貴は、中道の兄貴を助けたいですかい?」


「いきなり何じゃ?」


質問の意図が分からず、ねぎしおが思わず聞き返す。


「正直、勝ち目が薄いこの状況で生き残る方法ってのを考えてみたんですがね。

 一番確実なのは、中道の兄貴が囮になってくれている内に

 ここから逃げるってことだと思うんですよ」


「お主、それは本気で言っておるのか?」


ねぎしおがジッと三日魔を見据える。


「ねぎしおの兄貴だって死にたくないですよね? 

 自分もこんなところで死ぬなんてまっぴらごめんですぜ。

 お互いの利害は一致しているかと」


「なるほどのぅ……」


ハッキリ言って三日魔の提案は悪いものではなかった。

生き残ることを最優先に考えるなら、むしろベストな選択と言えるだろう。


一人の命と引き換えに二人の命が助かるなら、

それも仕方のないことなのかもしれない。


「火月はな、色々細かくてうるさい奴なんじゃ。

 大きい音量でテレビを見るなとか、水樹や要に迷惑をかけるなとか、

 飯を食いすぎだとか言ってきてな。

 つい最近は豆腐しか食わせてもらえなかったんじゃ。

 全く、我に対する敬意が足りていない……そんな無礼極まりない奴なんじゃ」


ねぎしおが一呼吸おいて話を続ける。


「じゃが、何だかんだ言ってあいつは面倒見が良いタイプなんじゃろう。

 最初こそ信用できないやからだと思っておったんじゃが、

 過去に何度も窮地を救ってもらったこともある。

 その恩を忘れるほど我も落ちぶれてはおらん。

 それに、火月と出会ってから割と退屈しない日々を送れておるんじゃ。

 仮に我が良いように利用されているとするのなら、我も奴を利用するだけじゃ。

 むしろ、そのくらいの関係性がちょうど良い。

 まぁ、今まで一緒に暮らしてきた我だから分かることよ。

 確かにお主の言う通り、死にたくないという点において

 お互いの利害が一致しているのは紛れもない事実じゃ。

 じゃが、裏を返せば、利害が一致しなくなった時、

 お主は簡単に我を切り捨てそうに見えるのぅ」


「自分は、そんな薄情な人間に見えますかい?」


三日魔が冗談交じりに答える。


「いや、見えぬ。

 じゃから思ってもないことを口にするのは止めろと言っておるのじゃ。

 年端としはも行かぬ若輩者が我をたばかろうなんて百年早いぞ」


「これは手厳しい。いやはや、流石ねぎしおの兄貴です。

 お詫びと言っては何ですが、

 中道の兄貴の手助けになるかもしれない案をちょうど今思いついたので、

 お教えしましようか?」


「何じゃと!それはまことか?」


ねぎしおが羨望の眼差しで三日魔を見つめる。


「えぇ、本当です。

 ですが、これは確実性の低い、

 非常にリスクの高い案であることを覚えておいて下さい。

 それほどの危険を冒す覚悟があるのなら、全てお話しましよう」


今までの三日魔とは全く異なる雰囲気を感じ取ったねぎしおは

ゴクリと喉を鳴らすと、ゆっくりと頭を縦に振ったのだった。

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