第331話 昏昏

水路の壁を突き破る音と共に、地面が大きく揺れる。


直ぐに三日魔と同じ方角へ振り向いた火月が最初に見たのは、

暗闇の中で一瞬光り、直ぐに消えるオレンジ色の煙だった。


その煙は、つい先ほどねぎしおが渦巻の塊と

同じくらいの位置にあるようで、

逆に言うとそれ以外の情報は周りが暗すぎて何も得ることができなかった。


「三日魔、もう怪物は目の前にいるんだよな」


「えぇ、ご覧の通りですよ。

 私の見立てでは幅二メートル、全長八メートルといったところでしょうか」


やはり三日魔は、この暗闇の中でもちゃんと怪物を視認できているようだった。


一方で、火月はこのランタンが照らす僅かな範囲しか見えないので

相手がどんな姿なのか把握できずにいた。


「怪物が近くにおるのは分かるんじゃが、

 暗すぎてよく分からぬ。

 火月よ、お主も見えておらんのじゃろう?」


「……あぁ。これじゃあ、戦力どころか足手纏あしでまといにしかならないな」


怪物の気配は感じることができるので、

近接攻撃なら姿が見えなくても避けることが出来るとは思うが、

防戦一方になるだけだろう。


それに、この暗闇では怪物の情報収集をするのにも一苦労しそうだった。


「そういえば、兄貴たちはランタンが照らす範囲しか見れなかったですね。

 でも、安心して下さい。元々自分一人で怪物の情報収集をするつもりだったので」


「……」


情報屋の指導の一環として、この異界に入って来たのは間違いないが、

あのボロボロの状態を一度見てしまっている以上、

全部を全部三日魔に任せるのは気が進まなかった。


水路を抜けた先に、比較的明るい場所でもあればとは思っていたのだが、

その前に怪物と出遭ってしまったので、この暗闇での戦闘は避けられないだろう。


「お二人さん、なるべく姿勢を低くしてもらってもいいですかい?」


突然三日魔が火月たちの目の前に移動したと思ったら、

両手を広げるようなポーズをとって立ち塞がる。


何事かと思った火月だったが、

三日魔の後方……高さ六メートルの位置に向かって

周りの空気が吸い込まれていくような音を感じた。


直後、集まった空気を吐き出す勢いでオレンジ色の煙が視界一杯に広がる。


それが広範囲のだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


手元のランタンを投げ捨て、近くにいたねぎしおを掴んだ火月は

三日魔の指示通り、身体を丸めて低い体勢をとる。


水路全体を包み込むような勢いで炎が迫ってきていたが、

三日魔が盾になってくれたおかけで、火月たちは最悪の事態を逃れることができた。


「おい、大丈夫か?」


怪物の火炎放射が収まったのを察知した火月は、

顔を上げて三日魔の様子を窺う。


鎧の一部が黒く変色しており、

シューと音を立て、全身から白い煙が上がっていた。


「ご心配なく。こう見えて火には強い方なんですぜ。

 それに、今の攻撃はむしろ有難かったかもしれないですねぇ」


鎧を修復しながら三日魔が周りを見渡していたので、

火月もそれにならう。


『これは……』


所々まだ火が残っていたが、それよりも水路に大きな変化が起きていた。


「何じゃ、ずいぶんと明るくなったのぅ」


腕に抱いていたねぎしおが驚いた様子で声を上げる。


そう、先ほどの火炎放射により、

水路の壁面に等間隔で配置してあった燭台に火が灯ったのだ。


まさかこの水路に

光源の役割を果たすものが備わっているとは思っていなかったので、

それを知れただけでも十分な成果と言えるだろう。


多少の薄暗さ感は否めないものの、真っ暗の状態よりも遥かにマシである。


「これくらいの明るさなら、何とかなるかもしれない」


「それは重畳ちょうじょう

 実を言うと、兄貴に私の活躍をお見せできないのは

 残念だなぁと思っていたんですよ」


「十分見せて貰ったと思うがな。さっきは助かった、ありがとう」


「いえいえ、これくらいのことお安い御用ですぜ」


「借りっぱなしってのは、どうも性に合わなくてな。

 この借りは必ず返させてもらう」


そう言いながらゆっくりと立ち上がった火月は、

水路の壁面付近でを巻いている

赤黒い巨大な蛇の怪物を睨みつけたのだった。

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