第329話 百孔千瘡

ハッキリとしたことはまだ何も分からないが、

何者かの血が混じったことでこの水路が薄い赤に変色している

というねぎしおの指摘は完全に否定できるものではなかった。


だが、もし仮にそうだとするならば

これは怪物のものなのか、それとも―――。


そこまで思考が進んだタイミングで、火月はふと水路右側の壁面を見つめた。

というのも、怪物の気配が徐々に強くなってきたからだ。


今の場所から大して動いていないのに怪物の気配が強くなるということは、

当然相手がこちらに向かって来ているということになる。


「何か、嫌な予感がするのぅ」


「怪物が物凄い勢いでここを目指しているようだ。

 壁を突き破ってくるかもしれないから、壁面から距離を取るぞ」


「うむ」


なるべく反対側の壁面に向かって移動を開始した火月とねぎしおだったが、

直後に壁面が破壊される音が聞こえ、

火月達の向かおうとしていた反対側の壁に何かが衝突した音が響き渡る。


パラパラと石の破片がこぼれ落ち、何者かのくぐもった声が聞こえた。


『到着が早すぎる。

 まだ移動する時間があると思っていたんだが、予想が外れたか』


腰の短剣を引き抜き、壁面の衝突箇所に全神経を集中させていた火月だったが、

相手が動く気配は一切なかった。


というより、そもそも怪物の気配を感じなかった。

むしろ怪物の気配はまだ壁の奥の方からしており、

こちらに向かって来ている最中のように思える。


とするならば、今ここに飛んできたものは一体何なのか?

ランタンを手に持ち、恐る恐るといった様子で近づいてみると、

そこには全身に鎧のようなものをまとい、

頭に狼のマスクを被った人物が壁に背中を預ける形で倒れ込んでいた。


鎧は所々にひびが入っており、

損傷が激しい箇所は完全に外装が砕けていて、人の腕らしきものが見える。


また、狼のマスクの隙間から何かがポタポタと零れ落ちており、

それが流血だと気づくのにそう時間はかからなかった。


そして、この人物の正体にも何となく予想がついていた火月は

ねぎしおに声を掛けられて我に返る。


大分だいぶ損傷が酷いようじゃ。こやつ、三日魔か?」


「おそらく……な。

 かなりダメージを受けているようだし、生きているか怪しいところではあるが」


この鎧のような外装は三日魔の時計が変化した姿か、能力に起因するものだろう。


そして、壁を突き破ってきたところから推測するに

怪物と遭遇したのは、ほぼほぼ間違いないと思われる。


戦闘の末、怪物に吹き飛ばされた三日魔が壁を突き破ってここまで来た

と考えるのが妥当な気がするが、

それにしたってどれだけの威力の攻撃を受けたら、

ここまで吹き飛ばされるものなんだろうか……

と怪物への警戒を強めた火月は、直ぐに次の行動を起こす。


「とにかく、応急処置だけでもやっておこう。

 鎧を脱がすのを手伝ってくれ」


「了解じゃ」


頭部の流血を止めるため、まずはマスクを外そうと右手を伸ばした火月だったが、

だらんと垂れていた三日魔の左腕が突然火月の腕を掴んだ。


「……ちょっとばかし、気を失っていたみたいです。

 兄貴たちと無事に再会できて何よりですぜ」


そう言って顔を上げた三日魔は、普段と何ら変わらないトーンで話しかけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る