第328話 流転

ねぎしおがランタンを掴んだ音が聞こえたので、

真上を凝視した火月は、その光景を目にして思わず息を呑む。


見たままの状況を説明すると、

ねぎしおは約六メートルの高さがある渦巻きの塊の真ん中に

すっぽりと


おそらく、元々中心部には小さい穴が開いていたのだろう。

まさか、適当に投げたねぎしおが

あんな場所にピタリととは思っていなかったので、

火月はちょっとだけ自分のコントロールの良さに感動していた。


『これは、芸術点が高いな……』


そんなしょうもないことを考えながら、

一つのアートとしてまじまじと目の前の塊を観察していると

カランカランと頭上でランタンの揺れる音が聞こえてくる。


油を売ってないで早く自分を助けろとねぎしおが主張しているのだろう。

確かにあの状況では身動きが取れないのも納得だった。


救出に時間をかけすぎると、お得意の嫌み攻撃が炸裂するので、

ねぎしおの場所からやや下方向に狙いをつけて

勢いよく短剣を投げ飛ばした。


「ザシュッ」


何かがり切れるような音が聞こえたと思ったら、

ランタンと共にねぎしおが中心部から転がり落ちて来る。


「ぬおおおおおおお!」


山の斜面を転がる石のような勢いで、ねぎしおがこちらに迫ってきていたが

どちらかと言うと火月は一緒に転がっているランタンへの方へ注意を向けていた。


少し横に移動し、ランタンの落下予測地点で待機していると

火月の真横をねぎしおが通り過ぎ、ズサーと音を立てて停止した。


程なくして、カラカラと転がってきたランタンを拾い上げた火月は、

そのまま渦巻の塊の裏側に周り、先ほど投げ飛ばした短剣を回収する。


「全く、お主のせいでとんだ酷い目に遭ったぞ」


ねぎしおが不満げな様子で話しかけてくる。


「あんなことになるとは思っていなかったんだ。

 お前、逆に運が良いぞ」


戯言ざれごとを抜かすで無いわ!

 お主に投げ飛ばされる時は、

 大体ろくなことにならないと相場が決まっておるんじゃ」


「頻繁に投げ飛ばしているつもりは無かったんだがな……」


「自覚が無いとは、なおたちが悪い。

 とにかく、今後何か行動を起こす時は事前に話を通すことじゃ。

 報連相は社会人の基本なんじゃろ?」


その後も文句が言い足りないのか、

プリプリと怒りながらねぎしおが抗議を続けていたが、

火月はその内容が全く耳に入っていなかった。


というのも、

ねぎしおの腹部がいつもと違う色に染まっていることに気づいたからだ。


「ねぎしお、お前の毛の色ってそんなに赤かったか?」


「話題を逸らす作戦には引っ掛からぬぞ」


そう言いつつも自分の腹部をちらりと一瞥したねぎしおは、

直ぐに驚いた声を上げる。


「何じゃこれは!?

 我の純白の羽毛が薄い赤に変色しておるではないか!」


どうやら、火月の見間違いではなかったらしい。

しかし、一体どのタイミングで赤くなったのか?


少なくとも異界に入る前までは白だったはずだ。

変色した箇所は身体全体に広がっている訳では無く腹部のみ。


そして、その場所からはポタポタと水滴が落ちており、

つい先ほどねぎしおが転がり落ちてきた時に床の水面に触れた影響と推測される。


『床の水面……』


ふと、その場にしゃがみ込んだ火月は手に持っていたランタンを水面に近づける。

すると、その色が無色透明ではなく薄い赤色になっていることに気づいた。


普通に歩いている状態ではまず気がつかないレベルの変化だろう。

それこそ、こうやって間近で確認するか、

水を手ですくってみてようやく色の違いが分かるといった具合だ。


どうしてこんな色になったのかは分からないが、

この異界で何かが起きているということだけはねぎしおも理解したようだった。


「火月よ……これは血ではないのか?」


その一言で、

場の空気が張り詰めたものになったのは言うまでもない。

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