第327話 渦巻

「どうなっておるんじゃ!?全く身動きが取れぬぞ!」


暗闇の方からねぎしおの困惑した声が響き渡る。


「少しは退屈凌ぎになったんじゃないか?

 これに懲りたら異界の情報収集にもう少し協力的になるんだな」


悠久の燭を拾い直した火月は、ねぎしおの声のする方へゆっくりと歩いて行く。


「周りが暗すぎて何も見えぬ! さっさと我を助けに来るが良い!」


「助けるも何も自分の足でこっちまで歩いてくればいいだろう。

 ランタンの明かりがあるんだから方向は分かるはずだ」


「だから身動きが取れぬと何度も言っておるじゃろうが!」


このタイミングで、火月はねぎしおの発言内容に違和感を覚えた。


身動きが取れない状況というのは、一体どういうことなんだろうか?


ここは水路が真っ直ぐ続く一本道のはず。

地面に水が張っているので、多少の歩き辛さはあるかもしれないが、

足を取られて身動きがとれないレベルのものではない。


にも関わらず、ねぎしおが動けないと騒ぐ理由が火月には全く理解できなかった。


「もしかして、足の骨でも折ったのか?

 お前のモチモチボディなら、簡単に受け身が取れると思っていたんだがな」


「勝手にモチモチボディに分類するでないわ!

 それに、どちらかと言えば我はゆるふわマシュマロ系じゃ!」


正直どちらでも良かったのだが、

あれだけ元気よく返事が出来るということは

身体を負傷しているわけでは無さそうだった。


とすれば、ねぎしおの身に何が起こっているのかは大体予想がつく。

大方、トラップのようなものにでも引っかかっているのだろう。


確か以前もトリモチトラップの餌食になっていた気がするので、

何かとトラップに縁がある体質なんだろう。


ただ、一歩間違えていたら自分がトラップに引っかかっていたかもしれないので、

ねぎしおを投げ飛ばした行為は、間違っていなかったと言える。


そう、あの行為は決して日頃の憂さ晴らしのために、

衝動的にやったものではないのだ。


情報収集のため、先遣隊としてねぎしおに仕事を依頼した……

ただそれだけの話である。


誰に話すわけでもないが、そんな言い訳を頭の中で考えていた火月は、

ねぎしおの声の発生源近くに到着した。


「どこにいるんだ?」


「ここじゃ、ここにおるぞ!」


足元付近をランタンで照らしていた火月は、

ねぎしおの声が自分よりも高い位置から発せられていることに驚いた。


ランタンを高くかざし、周囲を注意深く見渡すと、

斜め右前方にオブジェのような物体が置いてあることに気づく。


何もない道がずっと続くかと思っていたので、

ここで異界の新たな情報を得ることができたのは僥倖だった。


明かりを照らしながら、その物体をよく観察をした火月は、

それが渦巻き状の大きな塊であることを理解する。


サイズは水路の横幅の半分以上を占めており、高さは全く予想がつかなかった。


試しにその塊の表面を短剣でつついてみると、

ボロボロと剥がれていったので、そこまで強度のある物ではないらしい。


例えるなら、ボロボロの巨大なホースがとぐろを巻いているといったイメージだ。


ただ、火月が見た範囲ではねぎしおの姿を視認することができなかったため、

おそらくもっと高い位置にいるのだろう。


この塊をよじ登ることも一瞬考えたが、

あの強度では何時崩れ落ちてもおかしくないので、

一旦別の案を試してみることにした。


「お前の居場所を特定するために、これからこのランタンを真上に向かって投げる。

 もしくちばしで掴めそうなら掴んでくれ」


「了解じゃ。その位置から投げるなら少し斜め前の方向で頼むぞ!」


ねぎしおの指示もあり、なんとなく投げる方向に当たりがついた火月は

手に握っていたランタンを勢いよく放り投げた。

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