第326話 振る舞い

「しかし、一体いつまでこの水路を歩けばいいんじゃ?」


三日魔と別れてからも暗闇の中を道なりに沿って歩いていた火月たちだったが、

先に沈黙を破ったのはねぎしおだった。


「退屈を満喫できるのは今のうちだけだぞ」


「そんなことは分かっておるわ。

 ただ、こうも同じ景色が続くと飽きがくるのも仕方がないと思わぬか?」


確かにねぎしおの言う通り、先ほどからずっと暗闇の道が続いていた。


この異界に到着した時との変更点を強いて挙げるとするならば、

天井の高さが分からなくなった点くらいだろう。


直径三メートルの管のような道がずっと続くのかと思っていたが、

足元や目の前を照らすので精一杯だったので、

どのタイミングで高さが変わったのかは不明である。


本当に自分が前に進んでいるのか不安に思い始めた火月だったが、

怪物の気配をより強く感じていたのもまた事実なので、

後は自分の感覚を信じる他なかった。


それに、そもそも火月は

この先が見通せない状況を退屈だと感じる余裕はなかった。


いくら怪物が近くにいないからといって安心できるわけでは無い。

なぜなら、気配を消すことができる怪物が潜んでいる可能性も十分有り得るからだ。


なので、不意の奇襲に備え、

全神経に意識を集中させている状態を維持していた火月だったが、

その疲労度は想像以上のものだった。


『これじゃ、怪物と出会う前に精神力が削り切れそうだな……』


そんな余裕がない状況に自分が陥っているときに、

この鶏は「飽きた」と来たもんだ。


随分と吞気な奴だなと思いつつ、

そんなに暇なら肩に乗ってないで自分の足で歩けば何か発見もあるだろうに……

と思った矢先、火月は妙案を思いつく。


「退屈ってのは、身の安全が保証されているから感じるものなんだ。

 だが、その安全を当たり前だと思ったら駄目だ。

 俺はお前に、日頃から平穏な日常にも

 感謝できるような人間になって欲しいと思っている」


「いきなり何を言っておるんじゃ?

 というか、そもそも我は人では無い。もっと高貴な存在なんじゃ」


「なら、もっと民草の気持ちを理解できるようにならないとな」


そう火月が言い終えると同時に、

左肩にのっていたねぎしおの頭部を右手でガシッと掴む。


「火月よ、一体何を……」


「退屈を凌ぐ一番手っ取り早い方法はな、

 自分から未知の領域に飛び込むことなんだよ。

 お前が高貴な存在だと言うなら、まずはそれを証明するために態度で示してみろ。

 人の上に立つ者は、それ相応の振る舞いが求められるってことを覚えておけ」


「嫌な予感がするぞ。お主、まさか―――」


気づいた時にはもう遅かった。


足元に悠久の燭を置いた火月は、野球の投球フォームを取ると

目の前に広がる暗闇に向かってねぎしおを投げ飛ばす。


ねぎしおの抗議も虚しく、水路内に一羽の鶏の悲痛な叫び声が響き渡った。

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