第325話 妥協案

傷有り紅二の扉の前で胡座あぐらをかき、

目をつぶっていた要はゆっくりとまぶたを開ける。


手に握っていた青竹色の懐中時計を確認すると、

時計の針は十九時三十分を回ろうとしていた。


『そろそろ約束の時間っすね……』


扉の紅水晶の内、一つはまだ蒼色に点灯していた。

おそらく、現在進行形で怪物との戦闘が続いているのだろう。


だが、約束は約束だ。

自分は自分のやるべきことを果たさなければならない。


その場から静かに立ち上がった要は、扉の中へ足を踏み入れた。



――――――


――――――――――――



さかのぼること三十分前。


志穂からお願いされた内容が直ぐに理解できなかった要は、

確認の意味も込めて聞き返す。


「この扉は、藤堂先輩一人だけで修復したいってことっすか?」


真っ直ぐな眼差しでコクリと頷く姿を見て、

彼女が冗談を言っている訳ではないことを理解する。


「扉の修復をするなら、二人で入った方が絶対に効率が良いと思うっす。

 もし、修復後の報酬を独り占めできないのが嫌なら、

 今回の自分の報酬は先輩にお譲りするっすよ。

 何せ色々とお世話になってるっすから」


要にとって何より重要なのは、扉を修復するという行為そのものだった。


確かにアルバイトの一環として修復者の仕事を始めたのは紛れもない事実だが、

実界に危険が及ぶリスクを未然に防ぐことができるのなら、

自分の目的は達成されたも同然である。


多くの人の手助けができる……

それこそが、要が活動を続ける大きな原動力だった。


「報酬の問題じゃないんです。

 どちらかと言えば、私もお金にはあまり興味がないので」


「それなら、なおさら二人で扉に入った方が―――」


「それじゃ、駄目なんです」


要の言葉を遮って志穂が話を続ける。


「式島君の言う通り、

 迅速に扉の修復をすることが目的なら二人でやった方がリスクも低いですし、

 効率が良いのは間違ないと思います。

 でも、今回の扉はどうしても私がやらなきゃいけないんです……

 一人でやることに意味があるんです」


どれだけ早く扉を修復できるか?を最優先に考えてきた要にとって、

志穂の発言は理解に苦しむものだった。


お金にも興味が無いのに、

そこまでして自分の身を危険に晒す必要がどこにあるのかはなはだ疑問ではあったが、

彼女の口ぶりから、きっと自分とは違う目的や信念があるのだろう。


修復者の活動を続ける理由は修復者の数だけ存在する……

何が正しくて何が間違っているということはない。


だったら、今の自分にできることは……。


「藤堂先輩が一人で扉を修復したいって気持ちはよくわかったっす。

 でも、自分も早く扉を修復したいって気持ちがあります。

 正直、このまま話し合いを続けてもどちらかが折れるとは思えないので、

 ここはお互いの妥協案を探るってのはどうっすか?」


「妥協案……?」


要の急な提案に、志穂は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。


「例えば、藤堂先輩が扉に入ったら自分はここで三十分待機してるっす。

 もし、他の修復者がここに来たとしても

 中に入らないように何とか頑張って時間を稼ぐっすよ!」


要の言いたいことを志穂は直ぐに理解した。


「つまり、一人で修復できるタイムリミットは三十分ってことですね」


「そういうことになるっすね。

 三十分経過したら問答無用で自分も扉に入るのであしからず。

 この案なら藤堂先輩のやりたいことも

 自分のやりたいことも叶えられると思うんですが、どうっすかね?」


制限時間付きではあるが、

確かにこの案なら自分の目的が達成できそうだった。


むしろ、リハビリついでなら

多少のハンデがあった方が、やりがいがあるというものだ。


「ありがとうございます!その案でお願いします」


「決まりっすね!」


話をして緊張がほぐれたなのか、

言う事をきかなくなっていた足が動くようになった志穂は扉に入る直前、

要に再度声をかける。


「それじゃあ、行ってきます!」


「藤堂先輩のスピードなら自分が助太刀に入る隙もないと思うっすけど、

 どうかお気をつけて」


「期待に応えられるよう、やってみますね」


そう言って扉の中へ姿を消した志穂を見送った要は、

その場で胡坐をかいて座り込む。


一瞬、彼女の表情が何か追いつめられているように見えたが、

多分気のせいだろう。


とにかく今は約束を果たすことに集中しようと決めた要は、

静かに瞼を閉じたのだった。

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