第324話 捲土重来

火月と三日魔が扉に入った同時刻、

別の場所でも傷有り紅二の扉の気配を察知した藤堂志穂は、

ちょうど出現場所に到着したところだった。


四隅の水晶が二つ紅色に点灯していることから、

今のところまだ誰も手をつけていないらしい。


『早く中に入らないと……』


そう思いつつも、

いざ扉を目の前にすると自分の足が全く言うことを聞かないことに気づく。


ふと、先日の傷有り紅三の修復の件が頭をよぎった。


より強い相手を求めて単身で扉に入ったものの、

その結果は酷い有様だった。


懐中時計の能力が切れて意識を失ったところまでは

かろうじで覚えているが、

その後病院で目を覚ました志穂は全てを察した。


それは自分が足手まといになった……という事実だった。


お見舞いに来た水樹さんから話を聞いた限り、

山内と名乗る男性に加えて中道先輩が助けに入ってくれたらしい。


二人とは病院で何度か顔を合わせて会話をしたが、

扉の中で何があったのかについては詳細に語ろうとしなかった。


ただ、「三人だったから扉を修復できた」という雰囲気を感じ取った志穂は、

悔しさやら不甲斐なさで胸がいっぱいだったのは言うまでもない。


扉を修復したのはあの二人であって、自分は何の役にも立っていない。


戦力外の人間を庇いながら怪物と戦う行為がどれほど危険なのかは、

修復者なら誰でも知っているだろう。


だからこそ、二人の気遣いは志穂の修復者としてのプライドを傷つけた。


そして、今度は失敗しないようにと堅く決意し、

リハビリも兼ねて傷有り紅二の扉を修復しようと思って今に至る……のだが、

まだ志穂は扉に入ることを躊躇していた。


まさか、たった一度のミスがここまで自信を喪失させるなんて

誰が予想できただろうか。


今までの人生において志穂は何でもそつなくこなすタイプだったので、

こんなところで躓いている暇は無かった。


そう、自分は上手く立ち回らなければならないのだ……。

そうでなければ―――



「あれ?藤堂先輩じゃないっすか?」


扉の前で待機している志穂に、誰かが声をかける。


「式島君……」


街頭に照らされながら目の前に姿を現したのは、

この地域の修復屋の一人、式島しきしま かなめである。


「右手から血が出てるみたいっすけど、大丈夫ですか?」


「えっ」


ふと右手に視線を送ると、

自分が強く握りこぶしを作っていることに気づく。


爪が手のひらに食い込んでおり、ツーと鮮血が流れ落ちていた。


「さっき手を擦りむいちゃったんです。

 でも、見た目の割には大した怪我ではないのでご心配なく。

 式島君は扉の修復をしにここへ?」


「そうっすね、

 自分が一番だと思ってたんすけど藤堂先輩に先を越されちゃいました」


頭をかいて答える要をじっと見据えていた志穂は、

それは今の自分にとってどうしても必要不可欠なことだった。


「式島君、実は一つお願いが……」


志穂の真剣な表情に、ただならぬ雰囲気を感じ取った要は

若干困惑しつつも彼女の依頼内容に耳を傾けざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る