第321話 混滴

「ポチャン……ポチャン……」


水滴が水面みなもに落ち、反響する音が周囲に響き渡る。


今回の異界は水が近くにある場所なのかと思い、

ゆっくりとまぶたを開けた火月の眼前に広がっていたのは、

漆黒の世界だった。


扉に入る前の実界も大分暗いとは思っていたが、

この異界の暗さはそれ以上のような気がする。


何にせよ、今の状況では下手に動くことができないので、

どうしたものかを考えていると、前方から三日魔の声が聞こえる。


「これは、また随分と動きにくそうな場所に来ましたね。

 古い地下水路……といったところでしょうか」


「すまない、まだ暗闇に目が慣れていなくてな。

 この異界がどんな場所なのか分かってないんだ」


「あぁ、失念していました。

 私は夜目が利くのでてっきり他の人も見えているものかと」


ゴソゴソと何か物音がしたと思ったら、

薄暗いオレンジ色の光が視界に入ってくる。


つまみを回すような音が聞こえると同時にその光が大きくなり、

うっすらと周囲を照らす光源となった。


「それはランタンか?」


「えぇ。ただ、これは普通のランタンじゃないですぜ。

 燃料を必要としないランタン、謂わば悠久ゆうきゅうともしびって奴です」


『……悠久の燭』


それは確かに初めて聞く言葉のはずなのに、何処か聞き覚えのある……

デジャヴの耳バージョンに近い感覚だった。


何とか思い出そうと記憶を辿っていると

自然と口から次の言葉が零れる。


混滴イストルム……」


「おや、兄貴も混滴イストルムの存在をご存じで?」


三日魔が少し興奮した様子で火月に問いかける。


「知ってる……とは思うんだが、あまり自信が無い。

 まるで、夢で見た記憶みたいにもやがかかってるんだ」


人伝に聞いたのか、それとも本で呼んだのか定かではないが、

火月は混滴イストルムというキーワードが妙に引っかかっていた。


「その混滴イストルム……とは一体何なのじゃ?」


いつの間にか、火月の右肩に飛び乗っていたねぎしおが質問をしてくる。


混滴イストルムってのは、異界で希に見つかるですぜ」


「不思議な道具と言われてものぅ……」


ねぎしおは、今一ピンと来ていない様子だった。


「さっき兄貴が言ってたように、

 この混滴イストルムに分類される代物ですぜ。

 仕組みは分かりませんが、燃料不要で照らし続けるランタン……

 なんて普通はあり得ないですから」


「なるほどのぅ」


「まぁ、混滴イストルムがその効果を発揮するのは異界の中だけなので、

 実界に持ち帰ったところで高く売れないのが難点ですがね」


混滴イストルムでさえも商品の一つとして考えている三日魔は、生粋の商売人なんだろう。


だが、混滴イストルムそのものを見つけること自体かなり難しいはずだ。

それこそ、扉に入る回数が多い人や本当に運の良い人しか出会えない代物……

といっても過言ではない。


「確か、混滴イストルムを見つけても不用意に持ち帰らないってのが

 組織の決まりじゃなかったか?」


「兄貴、馬鹿正直にルールを守ってたら商売なんて出来ないですぜ。

 如何にグレーゾーンを攻めれるか?が商売人の腕の見せ所ですから」


それに―――と三日魔が付け加える。


「兄貴だって、ねぎしおの兄貴を異界から連れ帰ってるじゃないですか?

 そっちの方が問題は深刻だと思いますがねぇ」


「それは……」


自分が意図的にねぎしおを連れ帰った訳ではないが、

結果だけ見ればそう捉えられても仕方が無かった。


「とりあえず、混滴イストルムの話はここまでにしておきましょう。

 そろそろこの暗闇に目も慣れてきたんじゃないですかい?」


三日魔に指摘されて周囲を見渡した火月は、

確かに自分が古い地下水路のような場所に立っていることに気づく。


直径三メートルほどの管の様な道が真っ直ぐ続いており、

足元には高さ数センチの水が張っていた。


「このランタンは渡しておきます。

 それじゃあ、私が先行するので後ろから着いてい下さい」


悠久の燭を受け取った火月は、

ピチャピチャと音を鳴らしながら

暗闇の中へ進んで行く三日魔の後ろ姿を追ったのだった。

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