第319話 思い込み

火月とねぎしおは、

十分ほど時間をかけて白い壁に沿って散策を続けてみたものの、

壁の向こう側へと通じる入り口を見つけることができずにいた。


「本当に入り口なんてものが存在するんじゃろうか?」


「さぁな。三日魔の情報の精度が不安定である以上、何ともいえない」


もしかしたら、

情報をもらうときに追加で料金を払えば何か教えてくれたのかもしれないが、

火月は料金を払ってまで情報を得ようとは思わなかった。


理由は二つあり、一つ目の理由は

自分が依頼されたのは三日魔の持ち帰った情報の精査及び指導で、

扉の修復が目的ではないからだ。


三日魔から基本的な情報しか貰えないというのなら、

自分が精査する範囲もそこまで……ということになる。


二つ目の理由は、単に情報屋としての意地だった。


今までファーストペンギンの仕事をやってきた火月にとって、

三日魔から貰った情報だけを頼りにしたくなかったのだ。


もちろん、貰った情報の精査はするが、

それが終われば後は自分で情報を集めることになるわけで、

やはり同じ情報屋としては

己の力でこのギミック型の扉を修復したいとさえ考えていた。


おそらく三日魔は、

自分がこの扉を修復出来るとは思っていないはずだ。

だったら、その予想を裏切るのも悪くない。


「ここは一旦初心に戻るとするか。

 俺もよく忘れがちになってしまうことなんだがな、

 異界に来て最初に気をつけるべき事は何だと思う?」


「何じゃ、藪から棒に。そんなの怪物がいるかどうかに決まっておろう。

 あやつらほど危険な存在はそういないぞ」


「確かに、怪物の存在に注意することは重要だ。

 だがな、俺はまず自分の常識、

 思い込みを無くすことが一番大事だと思っているんだ」


「ほぅ……」


ねぎしおが火月を一瞥する。


「三日魔からもらった情報によると、

 この白い壁の何処かに謎解き部屋へと通じる入り口があるらしい」


「うむ」


「ねぎしお、お前は入り口……という言葉を聞いた時に

 どんなものをイメージした?」


「そうじゃな……扉とかドア、もしくは通路みたいなもんかのぅ」


「俺も似たイメージだ。

 だが、それっぽいものは見当たらなかったし、

 入り口を出現させるようなボタンも壁にはなかった。

 だから、本当に入り口なんてあるのか?と三日魔の情報を疑っている訳だが……」


そう火月が言い終えると白い壁の一番端まで移動し、

短剣を右手で構えて、壁に剣先をぶつけながら走り始める。


最初の内はガリガリと音が聞こえていたのだが、

ある特定の位置にきた瞬間、

その異音が鳴り止み、壁にぶつかっていたはずの短剣から手応えが無くなる。


「どういうことじゃ!?」


驚いた様子でねぎしおが後ろから駆け寄ってくる。


目の前には確かに壁が見えているはずなのに、

腕を伸ばすと手が壁をすり抜けている状況を火月が披露する。


「つまり、俺たちが知っている実界での常識は異界では通用しない……

 むしろ、視野を狭めかねないものなんだ。

 このことをよく頭の中に叩き込んでおかなきゃならないんだが、

 これが結構難しくてな。

 今回も入り口……というキーワードにまんまと踊らされたってわけだ」


「そう言えば、

 かなめと初めて会った異界でも似たような経験をしたことがあったのぅ。

 全く、最近は怪物にばかり目が向いてしまって

 更に視野が狭くなっていたようじゃ。

 それにしても、あのオオカミ風情……

 絶対に分かっていてこのことを言わなかったのじゃな」


ねぎしおが怒りを露わにする。


「十中八九そうだろう。

 だが、それが三日魔という情報屋のやり方なのさ。

 結局入り口は見つかった訳だから、あいつの情報は正しかったってことになる」


「何とも、歯痒い気分じゃ」


もしかしたら、三日魔の情報の評判が悪いのはこれが原因なのかも知れない。


よくよく確かめてみると、その情報が正しいことに気づけるのだが、

他の修復者たちはその情報を精査している余裕が無いので、

結果的にガセ情報をつかまされた……と思ってしまうのだ。


何故、そんな誤解を招くような行為をやっているのか?

については見当がつかなかったが、

三日魔が回りくどい、面倒な奴……ということだけは自信をもって断言できる。


「どうしたのじゃ?そんな難しい顔をして」


「いや何、情報屋ってのは変な奴が多いもんなのかと思ってな」


「今更何を言っておるんじゃ、お主も三日魔も十分変人じゃぞ」


「……そうか」


ねぎしおの指摘を受けて、

火月は自分が三日魔とは違う一般的な常識人……

という思い込みをまず無くす必要があると思ったのはここだけの話である。

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