第316話 不発

傷有り紅三の怪物と戦った時のように

自分の得物と能力が変化することを期待した火月だったが、

短剣はその姿を変えること無く沈黙を貫いていた。


足元に浮かび上がっていた文字盤もいつの間にか消えて失せており、

これから何かが起こるような気配は一切感じない。


『やはり、駄目か……』


薄々感じてはいたが、こうやって実際に試してみたことで

あの時の能力変化が一時的なものだったのだと理解する。


冷静に考えてみれば、そもそも他の修復者の能力を使えた……

という時点でおかしな話である。


とりあえず、現時点において間違いなく言えることは

分の悪い賭けに負けた……ということだった。


地面から短剣を引き抜くと、即座に防御の構えを取る。


ここで時計の能力を使うことも一瞬考えたが

あの大群を全部避け切れるとは到底思えなかったので、

今は発動しないことにした。


「ガキン!」


先陣を切って走っていた怪物の角と火月の短剣が衝突し、

周りに火花が飛び散る。


傷有り紅一の怪物なので、

まだ自分の得物で相手の突撃を耐えることができたものの、

地面から土煙が上がり、後方に押され気味になる。


『一体だけでもなかなかのパワーだな』


単純に人とバッファロー?が正面衝突しているので、

力負けするのは当然かもしれないが、

こちらも懐中時計によって身体能力が強化されているのだ。


そう簡単に負けるわけにはいかない。


すると、これ以上力押しができないと判断したのか、

怪物があっさりと攻撃をやめて引き返していく。


『何だ……?』


相手のとった行動の意味が分からず考えを巡らせていると、

間髪入れずに二体目三体目の怪物が土煙の中から突撃してくる。


「ガキン! ガキン!」


咄嗟に短剣で角の攻撃を防ぐと、

その二体も最初の怪物と同じように引き返していく。


『一撃で仕留められなかったら、潔く身を引くってことか』


数は大量にいるので、他の仲間が倒せば良い……ということなんだろう。

深追いして多くの犠牲を出させない、

ある種のチームワークのようなものを感じさせた。


もし相手がこの戦略をとっているのだとしたら、

単純に残りの怪物の攻撃を全て受けきれば生き残れることになるが、

現時点で腕にかなりの負荷がかかっているため、

どう考えても耐えられそうになかった。


とにかく今は受けれるところまでやってみて、

これ以上無理だと思ったら時計の能力を発動することに決めた火月は

再び防御の構えを取ると、今度は土煙の中から三体の怪物が突撃してきた。


「ガキン! ガキン!」


一体目、二体目と連続で攻撃を防ぎ、

三体目の怪物の正面に短剣を構えようとした火月は、

ふと自分の右腕に違和感を覚える。


『っ!? 腕が動かない!』


直ぐに右腕へ視線を向けると、

まだ二体目の怪物がその場に留まっていた。


ついさっき相手の攻撃を防いだはずなのに……と思いながら

二体目の怪物をよく観察すると、

他の個体よりも角が歪んでいるせいで短剣が引っかかり、

容易に抜けない状況になっていることに気づく。


「くそ、このままじゃ―――」


そう思った時にはもう遅かった。

三体目の怪物の角が火月の腹部に勢いよく突撃する。


「ぐっ!」


口から血を吐き出した火月は、

その衝突の弾みで勢いよく後方に吹き飛ばされる。


意識が一瞬飛びかけたが、

まだ耐えられるレベルのダメージだったので何とか持ちこたえる。


結果的に短剣を引き抜くことに成功したものの、

そのまま為す術もなく飛ばされて行った先にいるのは、

前を走る一羽の鶏……ねぎしおだった。


「何か、嫌な予感がするのぅ」


第六感的なものを感じ取ったねぎしおが不意に後ろを振り返った直後、

怪物に吹き飛ばされた火月と衝突する。


「ぐふっ」


声にならない叫びと共に、ねぎしおも火月と一緒に吹き飛ばされ、

そのまま入り口の扉へ吸い込まれていく。


それはまるで

ボウリングの玉がピンを巻き込んでレーンの奥に入っていくかのような

見事な光景だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る