第315話 一か八か

「あんなのまともに相手できる数じゃない。撤退だ!」


そう言い放った火月は直ぐに扉の出現場所を目指して走り始める。


慌てた様子でねぎしおもついて来たが、

怪物の群れとの距離はどんどん縮んでいく。


「火月よ! あの怪物は一体だけではなかったのか!?」


「俺もそう思っていたんだが、

 よくよく考えたら、あいつの情報に怪物の数は書いてなかったかもしれない!」


ねぎしおと併走している火月が叫ぶ。


「そもそも、お前があんな安っぽい挑発をしなければ、

 こんな事にはならなかったんじゃないのか!」


「情報には大人しくて動きが遅いと書いてあったから、

 いくら挑発しても問題ないと思ったんじゃ!

 仲間を呼んで、こんなに動きが機敏になると知っておったら、

 あんな馬鹿な真似はしておらん!」


「とにかく、あの岩場まで死ぬ気で走れ!」


入り口の扉は目的地である岩場の近くに出現したので、

怪物の群れに追いつかれる前に辿り着きたいところではあったが、

どう頑張っても間に合いそうになかった。


『くそっ、こうなったら一か八かやってみるしかないか』


走るのをやめた火月をねぎしおが追い抜く。


「火月よ、逃げるはずでは無かったのか?」


追い抜きざまにねぎしおが叫ぶ。


「そのつもりだったが、ちょっとだけ予定変更だ。

 いいから早く先に行け!」


「じゃが……」


「頼りないかもしれないがな、ここは俺に任せてくれ」


火月の能力では

あの怪物たちの猛攻を避け切るのは難しいと思っていたねぎしおだったが、

そこまで言うのならきっと何かしらの策があるのだろう。


自分が今ここに残っても何の役にも立たないことは一番よくわかっていた。

だからこそ、この場は火月の指示に従うことにした。


「武運を祈っておるぞ」


「あぁ」


短いやり取りを済ませ、

ねぎしおが扉に向かって一直線に進んでいく姿を見届けた火月は、

押し寄せる怪物の大群の方へ向き直る。


正直、勝算なんて無かった。


だが、このまま二人で走っても逃げ切れないのは火を見るより明らかだった。

だったら、少しでも生き残れる可能性がある方へ賭ける他無い。


分の悪い賭けだとは思うが、やれるだけのことはやってやる。


大きく深呼吸をし、腰のホルダーに右手をあてがうと短剣に意識を集中させる。

足元にローマ数字の文字盤が浮かび上がり、グルグルと回転を始めた。


短剣を一気に引き抜き、文字盤の中心に向かって突き刺すと

うろ覚えの言葉を口にする。


「我が契約を結びし、懐中時計よ。

 彼の者の力を以て、銅牆鉄壁どうしょうてっぺき楼門ろうもんとなれ!」


怪物の大群は、もう目前に迫っていた。

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