第314話 レアケース

「火月よ! あの怪物は一体だけではなかったのか!?」


三日魔の情報をもと

傷有り紅一の扉に飛び込んだ火月とねえぎしおは今、

荒野のような場所でバッファローに似た怪物の群れに追いかけられていた。


「俺もそう思っていたんだが、

 よくよく考えたら、あいつの情報に怪物の数は書いてなかったかもしれない!」


ねぎしおと併走している火月が叫ぶ。


「そもそも、お前があんな安っぽい挑発をしなければ

 こんな事にはならなかったんじゃないのか!」


「情報には大人しくて動きが遅いと書いてあったから、

 いくら挑発しても問題ないと思ったんじゃ!

 仲間を呼んで、こんなに動きが機敏になると知っておったら、

 あんな馬鹿な真似はしておらん!」


「とにかく、あの岩場まで死ぬ気で走れ!」


そう叫んだ火月は息を切らせて走りつつも、

異界に到着した時のことを思い出していた。



――――――


――――――――――――


傷有り紅一の扉を潜り、荒野のような場所に降り立った火月とねぎしおは、

三日魔が集めた情報を精査するため暫く周囲を散策していた。


すると、程なくしてバッファローに似た怪物一体が、

地面に生えた草を食べている姿を発見した。


事前にもらった情報通りなら、

今回の怪物はかなり大人しいタイプらしい。


今まで出会った怪物は、そのほとんどが好戦的だったので、

三日魔の情報に疑心暗鬼になっていた火月だったが

実際、こちらから近づいても相手が襲ってくる気配は一切無く、

基本動作もとしており、

活発に動き回るタイプには見えなかった。


例えるなら野山で放牧されている牛といった印象だ。


なので、こんなタイプも存在するんだと少し感動していた火月だったが、

この情報はあくまでも見た目から得た情報でしかない。


扉を修復するためには、その原因を取り除く必要があり、

それが怪物だった場合は相手との戦闘は避けられない。


つまり、今回の扉で最も必要とされる情報は怪物との戦闘データである。

しかし、三日魔が集めてきた情報には、その戦闘データが含まれていなかった。


正直なところ、異界でこんなにまったりできる機会なんてほとんどないため、

この怪物とやり合うのは気が引けるが、

傷有りの扉が出現している以上、情報集めをしないわけにもいかなかった。


とりあえず、最初は石でも投げて相手の出方を観察しようと思い、

ねぎしおにその話をしたところ

「この程度の相手なら、我に任せるが良い」

という謎のやる気に満ちた発言に気圧されて、成り行きを見守っていた。


「おい、そこのお主。我の呼びかけに応じよ」


ねぎしおが怪物に向かって何やら話しかけていたが、

相手は見向きもせず草をむしゃむしゃと食べていた。


すると、ねぎしおがぴょんと怪物の背中に飛び乗り、

首の近くまで移動して再度声をかける。


「我の声が聞こえぬほど、それは旨いものなのか?」


バッファローに似た怪物は、何の反応も返さず食事を続けていた。

それは最初からねぎしおが眼中に無いような態度で、

周りを飛び回るハエ程度にしか思っていないように見えた。


「そうかそうか。

 お主がそういう態度を取るというのなら、我にも考えがあるぞ」


ねぎしおが怪物の背中から飛び降りたと思ったら、

草の生えている場所に移動して勢いよく草をついばみ始めた……が、

直ぐに嘴から吐き出す。


「どんなに旨いものかと思って食って見れば、

 よくこんな味のない草を食えるのぅ」


荒野ということもあり、

そもそも草の生えている場所が少ないこの異界で、

あっという間に怪物の食事場がなくなってしまった。


怪物は。ねぎしおが吐き出した草をただじっと見つめており、

その目は何処か悲しそうに見えた。


「おい、流石にちょっとやりすぎじゃないのか」


火月がねぎしおに忠告する。


「怪物に同情するなんて、お主……随分と優しくなったものじゃな」


ねぎしおに反論されて何も言い返せなくなっていた火月だったが、

突如怪物に異変が起きる。


「ムモォーーーーーン!」


それは、異界中に響き渡るんじゃないかと思うほどの凄まじい叫びだった。

そのボリュームの大きさに思わず耳を塞いでしゃがみ込んだ火月とねぎしおは、

怪物の叫びが鳴り止んだタイミングでゆっくりと立ち上がる。


「何事じゃ!?」


「さぁな、攻撃ってわけでも無さそうだが……」


これといって怪物の身体に変化は見えなかったが、

相変わらず悲しそうな表情をしてこちらを見ていた。


ただの咆哮かと思い、怪物の情報集めを再開しようとした火月は、

ふと荒野の果ての方から土煙が上がっていることに気づく。


「あれは……」


目を凝らしてその土煙を観察していると、

程なくしてドドドド……という地響きが聞こえてくる。


「火月よ、何かこちらに近づいて来ている気がするんじゃが……」


「あぁ、きっとこの怪物の仲間だ」


ざっと見た感じ百体以上はいるだろう。

角を振り回し荒ぶった様子のバッファローに似た怪物が

火月たちのいる場所を目がけて向かって来ているのは一目瞭然だった。

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