第312話 交渉

「兄貴、よくこの場所が分かりましたね」


現在の時刻は午後十一時過ぎ。

静まり返った市民体育館の裏口付近で、胡座あぐらをかいていた三日魔が腰を上げる。


「最初に手紙を読んだ時は、送り主が誰か分からなかったがな。

 これが封筒の近くに落ちてたんだ」


親指と人差し指で、糸のようなものを摘まんだ火月がこちらに向けてくる。


それは月明かりに照らされた瞬間キラキラと輝き出し、

より白みが増しているように見えた。


「これはこれは。

 うっかり最大のヒントを残してしまったようですね」


「お前が俺を試すために、

 意図的に置いていった可能性も十分有り得るがな」


「まさか。単に自分の毛が落ちることまで考慮できていなかっただけですよ。

 私がそこまで配慮できるような人間に見えますか?」


「……さぁな」


三日魔と直接会話をするのは今回で二度目になるが、

相変わらず真意が分かりかねる発言をする奴……という印象は変わらなかった。


「お前と世間話をするためにここへ来たわけじゃ無い。

 約束は守ったんだからさっさとねぎしおを返してくれ」


「約束……はて、何の事でしょう?」


「ここに来てまだとぼけるつもりか。

 相棒を帰して欲しければ、

 初めて会った場所に来いって手紙に書いてあっただろう」


「あぁ……そう言えばそんな内容を書いた気がするような、しないような」


そう話す三日魔は本当に忘れているのか、

それとも、とぼけた演技をしているのか判断がつかない態度をとる。


「でも、ちょっと待って下さい。

 その手紙には相棒としか書いてないんですよね。

 じゃあ、兄貴の探しているねぎしおさんとは限らないんじゃないですか?

 そ・れ・に、そもそもその手紙の送り主は本当に私なんでしょうか?

 今日たまたま偶然、兄貴と私は出会ったとも言えますよねぇ?」


『こいつ……』


確かに三日魔の言い分も一理あった。

今の状況は、自分の勘違いと偶然が重なった産物と言えなくもない。


さっきの発言と物的証拠からほぼ間違いなく三日魔からの手紙と言えるのだが、

相手を納得させる決め手に欠けているのもまた事実だった。


「いやはや、情報の扱いというのは本当に難しい。

 何たって、受け手の取り方次第でいくらでもその姿を変えてしまう代物ですから。

 そう考えると、

 本当に正しい情報なんてこの世には存在しないのかも知れませんねぇ」


「御託はいいから、さっさと要件を話せ」


「そう焦らずとも、依頼内容は変わっていませんよ。

 兄貴が私を弟子にしてくれる……

 この条件を呑んでくれるなら、貴方の相棒を解放しましょう」


「……」


「この状況でも即答はできませんか……まぁ予想通りではありますがね。

 なら、私も譲歩するとしますか。

 あくまでもという話では如何でしょう?」


「期間限定?」


「えぇ。

 そうですね……例えば直近で扉が出現したら、

 私がその扉に入って情報収集をする。

 その後、私が持ち帰った情報を貴方に精査してもらい、

 改善点の指導もやっていただくといったイメージです。

 この流れを三回繰り返したら弟子じゃなくなるってことにすれば

 多少気が楽になるんじゃないですか?」


「……わかった。その条件で問題ない。

 ただ、連続で扉に入るのは危険だから一日一回を限度としてくれ」


「もちろんです、それじゃあ本格的な指導は明日以降……ということで」


要件は済んだと言わんばかりに三日魔が歩きだしたと思ったら、

ふと足を止める。


「そうだ、貴方の相棒はその裏口のドアを開ければ見つかると思いますよ。

 ちなみに、鍵はかかっていないのでご安心を」


市民体育館の方を一瞥した三日魔が呟く。



その台詞は、弟子が教えを請う……というよりも

人の弱みを握った人間が相手を脅す時に使う常套句にしか聞こえなかった。

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