第310話 誘拐

『やけに静かだな……』


現在の時刻は午後九時三十分過ぎ。


残業をして帰宅時間が遅くなった火月は、

自宅の鍵を開けてドアを開けた瞬間、室内に違和感を覚えた。


というのも、火月が会社から帰ってくると

決まってねぎしおがリビングでテレビを見ており、

そのテレビの音声が玄関の方まで聞こえてくるのが

いつもの日常風景だったからだ。


しかし、今はその音声が全く聞こえてこない。


スリッパに履き替えてリビングへ向かった火月は、

そもそも部屋の明かりが一つも点いていないことに気づく。


『もう寝たのか?』


電気をつけて寝床を確認するも、そこにねぎしおの姿はなかった。


あいつが日中帯に外へ出歩いているのは知ってたが、

こんな時間まで帰ってこないケースは初めてだった。


可能性として考えられるのは二つ。


一つはアタルデセルで水樹さんの世話になっているかもしれないということ。

もう一つは要がねぎしおの相手をしてくれているかもしれないということ。


ただ、いずれの場合だったとしてもあの二人なら事前に連絡をくれるはずだ。

一度スマホを確認してみるも、二人から連絡は入っていない。


『となると……』


第三の可能性について考えていた火月は、

ふとリビングのテーブルに視線を移す。


すると、そこには鶏?のスタンプが押された無地の横型封筒が置いてあった。


見覚えのない封筒を不審に思いつつも、

中身を開けて便せんを取り出し、内容に目を通す。


『大切な相棒を返して欲しくば、深夜零時までに初めて会った場所へ来たれ』


文面は非常にシンプルなものだった。


この手紙の内容を信じるなら、

ねぎしおは誰かに誘拐された……ということなんだろう。


ただ、一体誰が何の目的でこんなことを?

と考えを巡らせていた火月は、

ねぎしおのことを狙う人物に一人だけ心当たりがあった。


全身に黒いロングコートを纏い、

右目が包帯で覆われた好戦的な目つきの男……

あの人物なら確かにねぎしおを誘拐したとしても何ら不思議な話ではない。


だが、再びあの男と正面からやり合うのは正直気が進まなかった。


緊張で背中に嫌な汗をかいた火月は、

手紙に書かれている『初めて会った場所』についても考察を進める。


あの男と出会ったのは、当然異界の中である。

ということは、深夜零時までに扉が出現したら、

そこに入って来いという意味なんだろうか?


扉の出現予報ができるなんて今まで聞いたことないが、

あの男に関しては未だ未知数な部分が多いため

可能性を完全に否定することはできなかった。


兎にも角にも、ねぎしおをこのまま放置するわけにはいかないので、

これから自分がどう動くべきか慎重に決めることにした火月は、

テーブルの上に置いてあった封筒の近くに

キラリと光るを発見したのだった。

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