第309話 仄聞

三日魔みかまLリドゲート・ブランカ……。

 中道君、厄介な奴に目をつけられたね」


アタルデセルのカウンター席でぐったりしている火月の目の前に

レモンスカッシュを置いた水樹が同情の眼差しを向けてくる。


ここ数日、三日魔のストーカー紛いの行為は更にエスカレートし、

とうとう昨日は自宅の前で待機している姿を発見した。


遅い時間だったということも有り、

最初に奴を見たときは腰を抜かすかと思ったほどだ。


結局、直接コンタクトを取りたくなかった火月は、

生まれて初めて警察に通報し、三日魔を連行してもらった。


あの後アイツがどうなったのかは知らないが、

もう二度と目の前に姿を現さないことを祈るばかりである。


そんな素性の知れない修復者とのイベントを

自分一人で対処するのは無理だと判断した火月は、

水樹に相談するためにこうしてアタルデセルへ足を運んでいる……

というわけである。


「三日魔のことを知ってるんですか?」


テーブルからゆっくり顔を上げた火月は水樹に問いかける。


「まぁ、噂程度にはね。

 あの子は蜃気楼パルチダの中でも結構有名な修復者だと思うよ。

 といっても、悪い意味で……だけどね」


「悪い意味……ですか?」


「うん。もしかしたら既に知っているかもしれないけど、

 三日魔は中道君と同じ情報屋なんだ」


「そう言えば、そんなことを言っていたような……」


「ただ、君と同じ情報屋でも三日魔が持ってくる情報の評判は凄く悪いの」


「評判が悪い……全くのデタラメ情報ということでしょうか?」


「そこが微妙なラインでね。

 必ずしも毎回デタラメな情報を持ってくるわけじゃないんだ。

 たまには良い情報が入ってくることもある。

 あるんだけど、ムラがあるというか、

 良いときと悪いときの幅が凄くてね。

 少なくとも現時点においては信憑性の低い情報の方が多いかな」


「信憑性の低い情報が多いなら、

 そもそも買わなければ良いだけの話じゃないですか?」


「うん、だから組織としては三日魔の情報を買い取らないようにしているの。

 中道君みたいに信憑性の高い情報なら

 私が買い取って他の修復者に共有できるんだけど、

 三日魔の場合は、

 過去にその情報が他の修復者を命の危険に晒したこともあったからさ」


カウンターに立っていた水樹がマグカップを片手に火月の隣に座ると、

ほのかにコーヒーの香りが鼻腔に広がる。


「でもね……組織が情報を買い取らなくなった結果、

 三日魔は修復者個人に対して情報を売るようになったんだ」


「当然の流れかと……。

 ですがそんなに悪評が広まっているなら

 結局誰も情報を買わないんじゃないですか?」


「普通、そう思うでしょ?

 でもこれが面白いことに意外と情報を買い取る層がいるみたいでね。

 さっきも言ったけど、偶には良い情報を持ってくることがあるからさ、

 その時に美味しい思いをした修復者がギャンブル感覚で買ってるみたい」


「ギャンブル感覚で買う情報……」


ファーストペンギンの仕事をしてきた火月にとって、

その考え方は衝撃的なものだった。


「ちなみに、修復者の間では……なんて言われてるらしいよ」


基本的にダメ元の情報だが、

ガチャだから当たりがあるかもしれないってことなんだろう。


「そんなわけだからさ、本当は関わらないのが一番って言いたいんだけど、

 中道君の話を聞いた感じじゃ、もう手遅れそうだね」


「……ですよね」


半ば諦めモードになっていた火月に対し、水樹が慌ててフォローを入れる。


「でも、三日魔は結構飽きっぽい性格って聞いたことがあるから、

 中道君への興味も次第に無くなるんじゃないかな」


「そうであることを願うばかりですね。

 気は重いですが、もう少しだけ耐え忍ぼうと思います」


目の前に置かれたレモンスカッシュを一気に仰いだ火月は、

代金をテーブルの上に置いて席を立つ。


「今日は話を聞いてもらってありがとうございました。

 もし、三日魔に関する追加情報があったら教えて下さい」


「了解だよ。中道君も気をつけて帰ってね」


店を出た火月は、その場で大きく息を吐く。


問題が解決したわけではないが、

誰かに話を聞いてもらうというのは思った以上に効果があるらしい。


多少気持ちがリセットできたので、今日は店に来て正解だった。


『遅くならないうちに帰るか……』


家に着いたら、ねぎしおに「帰りが遅い」と文句を言われるだろうが、

今夜だけは適当に聞き流せそうな、そんな気がしていた。

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