第308話 素顔

三日魔との出会いから数日が経過したある日。


会社を定時退社できた火月はいつもの様に最寄り駅へ向かうと、

駅構内がやけに騒がしいことに気づく。


電車遅延でも起きているのかと思い、

人集ひとだかりができている改札付近を凝視した火月は、

その光景に思わず目を見張る。


「あれは……」


そこにいたのは、オオカミの着ぐるみファッションをした人物……

そう、三日魔に他ならなかった。


帰宅途中の学生たちに囲まれて一緒に写真を撮っている様子から、

何かのイベントのマスコットキャラとでも思われているのだろう。


こんな人通りの多い場所で、

あんな目立つ格好をしていれば誰だって嫌でも目に付く。


もしかしたら、自分のことを待ち伏せしていたのかもしれない……

とも一瞬考えたが、

流石に正体バレバレの格好をして待ち伏せをするほど間抜けじゃないはずだ。


どんな理由があってアイツがここに来たのかは分からないが、

関わらないことが一番だと考えた火月は人混みに紛れてしれっと改札を抜ける。


「あっ、兄貴!ちょっと待ってくだせぇ!」


後ろの方で三日魔の叫ぶ声が聞こえたような気もするが、

ちょうどホームに電車が到着したタイミングだったので、

そのまま電車に飛び乗り帰路に着いた火月だった。



―――


――――――



そんな出来事から更に数日が経ったある日の会社帰り。


何となく外食をしたい気分になった火月は、

行きつけのつけ麺屋「七七四屋」の前に立っていた。


やっぱりこの店は何時来ても人がいないのが良いよなと思い、

入り口のスライド式扉に手をかけて店内に入ろうとした……が、

直ぐに動きを止める。


別に、つけ麺の気分じゃなくなったからという訳ではない。


火月が店に入るのを躊躇ためらったのは、

ガラスの扉越しに見知った人物の姿が見えたからである。


「またあいつか……」


店内の一番奥のカウンター席に座っているのは、

白いオオカミの着ぐるみファッションをした不審者……三日魔である。


よく店主が入店を許可したなと感心していたが、

そもそもほとんど客が来ないので、

あんな姿でも一応客として扱われているのだろう。


つけ麺を食えないのは残念だが、

今日は大人しく自宅に帰ろうと扉から離れようとした火月は

直ぐに足を止める。


『……』


それは単なる好奇心だった。


三日魔はいつも被り物をしているので本来の素顔を火月は知らない。

流石に飯を食べる時くらいは外すだろうと踏んで、

今この瞬間こそあの不審者の素顔を暴く絶好のチャンスかもしれないと考えたのだ。


今か今かと扉の外で注文が来るのを待ち続け、

ようやく三日魔の前にモクモクと湯気をまとった麺とスープが置かれる。


小さく一礼をした三日魔は割り箸を勢いよく割ると、

そのまま麺を掴んでスープにくぐらせる。


『そろそろか……』


期待の眼差しで店内の様子を見守る。

ここだけの話、火月はちょっとだけドキドキしていた。


それは見てはいけないものを覗き見している背徳感に近いもので、

こんな感覚を味合うのは随分と久しぶりだったからかもしれない。


三日魔が右手の箸で掴んだ麺をゆっくりと口元へ持って行くと同時に、

左手を首の付け根にあてがう。


すると次の瞬間、

被り物の口元付近が自動ドアのようにバシュっと開いた。


「そこが開くのかよ!」


思わず店の前で一人ツッコミをしてしまった。


どうやら、

自分が思っていた以上にあの着ぐるみファッションはハイテクらしい。


それにしても、飯を食う時でさえ被りを脱がないなんて

余程他人に素顔を見られるのが嫌なんだろう。


そこまでして隠すことを徹底しているのなら、

これ以上の張り込みは野暮というものだ。


この前は会社の最寄り駅、今日は自宅近くのつけ麺屋……

三日魔の出現場所に妙な胸騒ぎを覚えつつ、

「まさかな……」と自分に言い聞かせた火月は静かに店の前から姿を消した。

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