第307話 誠意

空気の澄んだ夜空に浮かぶ満月を見上げていた火月は、

目の前で土下座をしているオオカミの不審者に視線を落とす。


「これは一体何の真似だ?」


「相手にお願いをする時に一番効果が期待できる

 礼儀作法というやつです。

 兄貴に弟子入りさせてもらうからには、これくらいやってみせますぜ」


三日魔の突然の三下さんしたムーブに困惑する。


「兄貴……というのは俺のことか?」


「えぇ。

 中道の兄貴なんで、兄貴と呼ばせてもらいます」


まだこちらは何の返答もしていないはずなのに、

完全に弟子になったていで話が進んでいることに危機感を覚えた火月は、

一旦話の流れを中断させる。


「おい、そもそも俺はお前を弟子にするつもりなんて全くないぞ」


「そんなこと言わずに、頼みますよ」


「お前と関わったらろくなことにならない気がするからな。

 他の情報屋に頼んでくれ」


そう言い放ち、歩き出そうとした火月の左足を三日魔が咄嗟に掴む。


「はるばる遠方からやって来たのに、

 こんな仕打ちをするなんてあまりにも酷すぎる!

 兄貴には人の心がないんですかい?」


絶対に放すまいと、三日魔が足にしがみついてきた。


「うるさいやつだな、勝手にお前がやってきただけの話だろ。

 それに、そもそもお前の願いを聞いてやる義理は何処にもない!」


掴んだ手を振り払うため、ぶんぶんと足を動かしていた火月だったが、

三日魔のホールドを引き剥がすのは容易ではなかった。


そんなしょうもない問答を繰り返していると、

ねぎしおが会話に割り込んでくる。


「ここは一つ、私に仕切らせてもらえませんか?」


コホンと咳払いをしたねぎしおに火月と三日魔の動作がピタリと止まる。


「三日魔さん……でしたか。

 貴方が中道さんの弟子になりたいと言うのなら、まずは誠意を見せるべきかと」


「誠意……ですかい?」


掴んでいた火月の足を放し、三日魔がねぎしおの方へ向き直る。


「そうです。兄貴分のために弟分ができること……何か分かりますか?」


首を横に振る三日魔を見て、ねぎしおが爽やかな笑顔を浮かべる。


「なら、教えて差し上げましょう。

 それは兄貴への絶対忠誠です。

 要するに、中道さんを満足させる行為を続けるということです」


「満足させる行為……」


「まだピンと来ていないようですね。

 でも、どうかご安心を。

 手っ取り早く誠意を示すことができる方法を、

 このが特別に伝授しましょう」


「中道さん、今お腹が空いてませんか?」


「……ん? まぁ、小腹は空いてるが」


急にねぎしおから話題を振られた火月は適当に返事をする。


「三日魔さん、聞きましたか?

 


そうねぎしおが言い終えると、ハッとした様子の三日魔が急に立ち上がる。


「なるほど、そういうことですかい。

 ちょっくらコンビニに行ってきやす!」


「焼きそばパンと牛乳はマストですからね」


ねぎしおの助言を聞き入れ、

もの凄い勢いで走って行く三日魔を見送った火月は

「それじゃあ、今の内に帰るか」とぽつりと呟いたのだった。

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