第303話 学食

豆腐生活が始まって数日が経過した頃、

結局自分一人で考えても仕方がないと思ったねぎしおは、

かなめの通う大学に足を運んでいた。


「―――という訳なんじゃ」


閑散とした学食の一番端っこのテーブル席で

対面に座っている要に今までの経緯を説明する。


「大体の事情は察したっす」


「そうか! して、我はどうしたら良いのじゃ?」


顎に手を当てて、神妙な面持ちをした要が静かに口を開く。


「そうっすね……

 正直なところ問題を直ぐに解決できる特効薬は無いと思うっす。

 何せあの中道先輩がブチ切れてるわけっすから」


「師匠……一体何をしたんっすか?」


心配そうな表情で要がこちらを見てくる。


「べ、別に何もしておらんわっ!

 我は普段通り過ごしていただけじゃ!」


「つまり、ブチ切れ原因を作った自覚がないってことっすよね?」


「まぁ……そうじゃな」


ねぎしおの返答を聞いた要の表情がけわしくなる。


「もしから、これといって明確な理由は無いのかもしれないっすね。

 あくまでも一つの可能性の話になるっすけど、

 実は師匠の普段の行いが

 少しずつ中道先輩の怒りゲージを増やす原因となっていて、

 プリンの一件がちょうどブチ切れのボーダーラインを超えた

 ってことかもしれないっす。

 あまり怒らない人がブチ切れる時って、

 大体このパターンが多いってばぁちゃんが言ってたっす」


「要よ、我の普段の行いはそんなに無神経か?

 どちらかと言えば、紳士的だと思うんじゃが……」


ねぎしおの問いに、要はただ沈黙を貫くことしかできなかった。


「正直に答えてもらって構わん。

 そもそもお主に相談したのも、

 忌憚きたんのない意見をもらえると思ったからなんじゃ。

 どんな言葉でも我は受け入れようぞ」


「わかったっす……」


そう言って一度姿勢を正した要と視線が交錯する。


「まず……」


『まず……? 一つだけではないのか』

とねぎしは嫌な予感がした。


「師匠は結構棘のある発言が多いと思うっす。

 自分はあんまり気にしない方っすが、

 人によってはストレスに感じることもあるかと」


「なるほど……それは盲点じゃったな。

 今度から言葉遣いに気をつけるとしよう」


「あとはそうっすね、

 師匠って自分本位に動きがちって言うんすかね。

 空気の読めない自己中心的な行動を取る事が多いと思うんすよ。

 もし、異界でも同じような振る舞いをしているなら、

 中道先輩の気苦労も相当なものになるんじゃないっすか?」


「う、うむ……そうじゃな、

 まずは自分のことを見つめ直す必要がありそうじゃ」


思いの他、要がストレートな意見を言ってくるので、

若干狼狽えたねぎしおだったが、

そのまま要の意見に耳を傾ける。


「更に言うと、人と接する時の態度も改めた方がいいかもっすね。

 師匠って誰に対しても上から目線じゃないっすか。

 高圧的な態度は対人関係を築く上で、あまり良くないと思うっす」


「……貴重な意見じゃ、参考にさせてもらうぞ……」


「あー、今思い出したんっすけど―――」


「もう結構じゃ!」


身体を震わせながら、ねぎしおが叫ぶ。


「要よ、いくら本当のことだったとしても、

 伝え方というものがあるのではないか?

 お主の言葉は全部鋭利な刃物のようじゃ!」


「一応、忌憚のない意見を言ったつもりだったんすけど……」


そう、要は何も悪くなかった。

原因は全部ねぎしおにあった。


自分が紳士的な振る舞いをしていたと思っていたら、

真逆の意見が次々と出てきたのだから

耳を防ぎたくもなるというものだ。


結局、その意見を受け入れるだけの覚悟がまだできていなかった……

ということなんだろう。


「急に声を荒げてすまなかった。

 要の意見を全部取り入れることは難しいかもしれぬが、

 我は我なりにできることからやってみるとしよう」


そう言い終えて、テーブルからぴょんと飛び降りたねぎしおは、

トボトボと学食の入り口の方へ歩いていったのだった。

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