第302話 豆腐
「これが、今日の夕飯か?」
ねぎしおが、目の前に置かれた豆腐一丁を見てぽつりと呟く。
「あぁ、何か不満か?」
普段と何ら変わらないトーンで火月が返事をすると、
同じようにテーブルの上に置かれた豆腐を食べ始める。
あまりにも突然の出来事にねぎしおは困惑していた。
自分が気づかない内に、
何か火月を怒らせるようなことをやってしまったのだろうか?
いや、きっとやってしまったのだろう……
そうでなければ夕食が豆腐一丁だけになるわけがない。
しかし、自分のどの行動が彼をここまで怒らせてしまったのか……
心当たりが多すぎて原因を特定できなかったねぎしおは
軽いジャブを入れてみることにした。
「そういえば今日、テレビをつけっぱなしで寝てしまってたようじゃ。
今度からは気をつけよう」
「あぁ、そうしてくれると助かる」
スマホの画面を見ながら生返事をする火月の様子から、
どうやらこの件ではないらしい。
となれば……ねぎしおが次の一手を打つ。
「実は昨日、お主がよく使っているガラスのコップを割ってしまったのじゃ。
すまぬ……」
もしコップの場所を聞かれたら、
知らぬ存ぜぬで通そうと思っていたのだが、
やはり火月には全てお見通しだったということなんだろう。
最初から素直に謝っておけば良かったと後悔しつつ、
ねぎしおが白状する。
「そうか、安物だから気にするな」
先ほどと同じように火月が興味無さげに返事をする。
どうやらこの件でもないらしい……。
となれば、もうあの件しかあるまい。
緊張のあまり、ゴクリと唾を飲み込んだねぎしおは
意を決して口を開く。
「一週間くらい前の話になるんじゃが、
冷蔵庫の中を物色していたら、たまたまプリンを見つけてな。
その……あれじゃ、
プリンがあまりにも我に食べて欲しそうにしておったから、
食ってしまったんじゃ」
恐る恐るといった様子で、ねぎしおが事の
「冷蔵庫……」と火月が呟き、突然テーブルから立ち上がる。
完全にこの件で怒っているのだと確信したねぎしおは、
冷蔵庫に向かった火月の後ろ姿を、身を震わせながら見守る。
そういえば、この前テレビのワイドショーで
食の恨みは身内でも通用する……そのくらい罪の重いことなんだと
主婦のお便りコーナーでやっていたのを思い出す。
その時は他人事だと思ってあまり実感が湧かなかったが、
実際に当事者になってみると、
あの火月がぶち切れるほどのことなんだと
今になって事の重大さに気づいた。
もしかしたら、今後ずっと自分のご飯は豆腐だけになるかもしれない……
そんな絶望的な未来を想像し、
半分魂が抜けかかっていた状態のねぎしおだったが、
冷蔵庫から戻ってきた火月に声をかけられて我に返る。
「醤油だけじゃ物足りないかもしれないからな。ほら」
差し出された手の中には
おろし
プリンの件については一切触れてこないので、
相当怒っているのかと思っていたが、
そんな人間がこんな気配りをしてくれるだろか?
そもそも、自分のやったことに対して本当に腹を立てているのだとしたら、
火月が一緒になって豆腐を食べる必要性は何処にもない。
『何がどうなっておるんじゃ……』
結局、夕飯が豆腐になった原因が特定できず、
ねぎしおは何とも奇妙な豆腐生活を送ることになったのだった。
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