第293話 覚醒

怪物の熱光線に耐え切れず、盾全体に亀裂が広がっていく。


いよいよ破壊されるかと思った次の瞬間、

後方からはしばみ色の鞭が伸びてきて、

火月の盾にグルグルと巻き付いた。


『この得物は?』


何事かと思い、盾を構えた状態で咄嗟に後ろを振り向いた火月は、

その光景に思わず目を見張る。


その視線の先にいたのは、


『どうして……』


様々な疑問が頭の中を巡り、混乱状態にあった火月だったが、

彼の背中に藤堂がいないことに気づく。


さらに視線を奥に向けると、

扉の近くの床に彼女が横たわっている姿を発見した。


なるほど、そういうことか……と一人納得する。


どうやら彼は扉を目の前にしてこの異界から脱出せず、

藤堂を残してこちらに戻ってこようとしたらしい。


といっても火月との距離はまだ十メートル近くあり、

やっとの思いで鞭を伸ばしたといった様子だった。


何故彼が自分を助けに来たのかは分からなかったが、

鞭が包帯のように盾全体に巻き付ついたおかげで、

盾が完全に破壊されるのを防いでくれていた。



――――――


――――――――――――



「だから、すまない……藤堂さん」


背中に背負っていた彼女を地面に下ろした山内は、

歩いて来た道を引き返す。


きっと、あのまま入口の扉に入ってこの異界から脱出すれば

少なくとも私と藤堂さんの命は助かったのだろう。


だが、もし仮にそうしたら

今戦ってくれている彼はどうなるのだろうか?


人の心配をしている場合じゃ無いのは重々理解している、

理解しているが、

私はやはり最後までこの異界での出来事を見届ける義務があると思ったのだ。


だから、そんな自分勝手な我儘に藤堂さんを巻き込んでしまったことに対して

罪悪感を感じつつも、

私は彼の元へ向かうことを決めた。


杞憂ならそれでいい。

だが、もしそうじゃなかったら、きっと一生後悔することになる。


今の自分に何ができるかなんて考えてる暇はなかった。

一刻でも早く助けに入らねばという思いだが自分を突き動かしていた。


彼との距離がちょうど半分まで来たところで、

盾に亀裂が入り始めていることに気づいた山内は、

このままじゃ間に合わないと思い、右手に握ったはしばみ色の鞭を勢いよく伸ばす。


「頼む!」


鞭がグルグルと盾全体に巻き付き、

何とかその崩壊を防ぐ。


すると、得物を構えていた彼がこちらを振り向いていた。

二人の視線が交錯する。


お互いボロボロの状態ではあったが、

山内は最後まで付き合う意思を伝えるために小さく頷く。


すると、こちらの思いが伝わったのか、

彼も小さく頷いて再度正面を向き直った。


『年配者の役割は、若い人の道を作ることだ。だから―――』


最後の力を振り絞って得物を強く握った山内は、

その瞳に闘志を燃やす。


同時に盾に巻き付いていた鞭が淡い光を放ち始める。

そして、その輝きは次第に大きくなっていく。


「そうか……そういうことだったのか」


このタイミングになって、

山内はようやく自分の時計の能力に気づいたのだった。

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