第289話 共鳴

怪物の挙動が停止したのを確認した火月は、

恐る恐る周囲の状況を確認する。


至る所に熱光線が通過した形跡が残っており、

壁や天井には何ヶ所も大きな穴が空いていた。


建物がいつ自壊してもおかしくない損傷具合から、

もう一度怪物が暴走状態になったら、

全てが破壊し尽くされる未来は容易に想像できた。


また、身を隠そうと思っていた装置は

そのほとんどが光線によって溶かされており、

火月が予想していたよりも早く地形が真っ平らになってしまっていた。


『この状態で四本の光線を避け続けられるだろうか……

 いや、さっき五個目の珠が黄色になったから、計五本になるのか』


圧倒的に不利な状況になり、

どうやって怪物を対処すべきか頭をフル回転させていた火月は、

変化した地形の中でも、一際ひときわ損傷が激しい箇所を発見する。


そこは地面が一直線にえぐれており、

距離にして百メートル近くはありそうだった。


『あそこまで攻撃が……』


何気なくそのえぐれた地面を眺めていた火月は、

その視線の先に何かが動いている姿を目にする。


『あれは……』


それは紛れもなく、

一人の男性が藤堂を背負ってゆっくりと前に進んでいる姿だった。


彼の向かう先には入口の扉が見える。


あの歩くスピードだと

扉に到着するまでにまだ時間はかかるかもしれないが、

彼ならきっとやり遂げてくれるはずだ。


それまでは、何としても怪物の注意をかなければならない……

そう思って動きが止まっていた怪物を一瞥すると、


黄色に点灯した五つの珠が、

中心の白色の珠に向かってそれぞれ光の線を伸ばし、

まるでエネルギーを一ヶ所に集めているような動きを見せる。


その挙動は、

まるで火月は眼中に無いといった雰囲気を漂わせていた。


怪物が光を集め、狙う先……

それは紛れもなく、男性が藤堂を背負って歩いている場所に他ならなかった。


火月に攻撃が当たらないのなら、負傷している相手を確実に仕留める……

ということなんだろう。


その的確な判断能力に反吐が出る。


「ふざけやがって!」


地面を蹴った火月は、直ぐに移動を開始する。


自分の攻撃では怪物の光線の軌道をズラすことは難しい、

そんなことは重々理解している……

ならば、今の自分にできることは、

この危険な状況を彼らに知らせることくらいだろう。


えぐれた地面をただ一直線に突き進む。


五本分の光線のエネルギーが中心に集まるまでの時間なんて分かるはずも無い。

ただ、今までとは比べ物にならないほどの攻撃がくる

ということだけはハッキリしていた。


自分が危険を知らせたところで、

何の意味もないのかもしれないとも一瞬考えたが、

それでも動かずにはいられなかった。


男性はこちらを振り向くことなく、

ただ確実に歩みを進めていた。


その後姿うしろすがたから察するに、彼の体力ももう限界に近いのだろう。


このままじゃ、三人とも―――最悪のシナリオが頭をよぎった。

心臓の鼓動が早くなる。


『俺はまた、何もできないのか……』


回避専門の自分の能力が嫌になる。

だってそうだろう?

いざという時、その能力は誰かを守る盾にすらなれないのだから。


男性との距離があと半分まで来たところで、

後ろを振り返る。


ヒトデの怪物の腕に埋め込まれていた五個の珠は、

その色を白色に戻していた。


代わりに中心の珠は赤黒い色に点灯しており、

今まさに熱光線を照射したところだった。


「……もう逃げるのはめだ」


急ブレーキをかけて、その場で移動を止めた火月は、

迫り来る光線の前に立ちふさがる。


この状況で自分に何ができるかなんて、全くわからなかった。

だが、それでも、何とかしなきゃいけないと思ったのだ。


あの時、何もできなかった過去の自分と決別するために。

そして、そんな無力な自分を受け入れるために。


「これ以上、目の前で誰かを失う訳にはいかないんだよ!」


火月が叫ぶと同時に、足元にローマ数字の文字盤が浮かび上がる。


「だから―――」


地面でグルグルと回転していた文字盤の中心に向かって、

自身の短剣を突き刺す。


すると、紅葉色の竜巻のようなものが火月を包み込んだ。



「我が契約を結びし、懐中時計オルロージュよ。

 ものの力をもって、銅牆鉄壁どうしょうてっぺき楼門ろうもんとなれ!」



頭に浮かんだ言葉を口にした次の瞬間、

巨大な熱光線が竜巻に衝突したのだった。

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